第一章・魔術⑤
……まぁ。
「――驚いた」
結局は威力が低い事には変わりない。こうして奴が平然と声を上げている事がなによりも証拠だった。
煙が風に吹き飛ばされ、フードで見えなかった顔が暴露される。
金髪の髪を揺らし、ミア達とは違う意味で人とは思えない程の、まるで妖精の如く端麗な顔だが、そこには焼け跡が付いている。
「神々の玩具も、中々に捨て難い代物だったらしい。我が顔に傷をつけるとは思わなかった」
そういう『誰か』の紫の眼は先ほどと違って冷徹で、それでも愉快だと言わんばかりに口元は歪む。
そっと己の焼け跡をなぞるように触れ、ポツリと一つ。
「〝なおれ〟」
すると指先が光り、小さな魔方陣が展開。
焼けた跡がざわめくように蠢動し、あっという間に傷がなくなっていた。
「まぁでもこの通り、余が良く使うのは支配系統だけど、得意なのは治癒系統でね。この程度は御覧の通り。あぁでも、四肢の一つでも吹っ飛べば、もしかするかもしれない」
「……聞いてもない事をぺちゃくちゃ喋るのは良いが、そういう事言ってると、実際に斬り落とされても知らないぞ――――っと!」
そう言いながら、亮は創作の魔力を用いて自前の身体強化を施すと、縮地で接近し言葉通りカリバーンで斬り落とそうとする。
不可視の壁に接触する寸前、剣は轟っ! と唸りを上げる。纏われた風は剣を回すことで、風は圧力となり、そしてそれは大きな牙と化す。
「オ、ラァッッ!」
自己流剣術が一つ・砕牙を振るい、壁は砕かれる。
最初っからこうすればよかったな、と内心思いながら、そのままその左腕を――斬りおとせなかった。
正確には、その寸前で止まっていたのだ。
「チッ」
「それはそれで、面白そうだが、ただでやらせるほど余も優しくない。まぁ、少し危なかったがね」
嗤う『誰か』はくい、と人差し指曲げ、デコピンをするように勢いよく伸ばす。
すると亮の身体は剣を持つ手に引っ張られ、咄嗟に亮は砕牙の纏った風圧を弾けさせると、強制的な引力はなくなり、事なきを得る。
(今のは、風圧を〝支配〟した、とみるべきか。なんでもあり――)
「正解。思い切りの良さもあり、洞察力もそれなりにあるとは……本気で欲しくなってきたよ」
その瞬間、背筋が凍る。殺気とも覇気とも違う狂気が拓海たちを襲う。心まで読まれたというのも相まって震えそうだ。
「まぁ、それはともかく、攻撃を譲ってばかりでは汝も余もつまらない。だから次は――」
まるでゲームでもやっているような言い草。それで理解した。さっきから説明口調だったのはきっと奴にとってこれは遊びだから。
単なる余興を愉しむように、踊るようにステップを踏み――
「こっちの番だ」
気が付けば奴は拓海の背後にいて、拓海は地面に叩きつけられていた。
「ガ、ぁあ……ッ⁉⁉」
アスファルトは陥没し、ひびは周囲に広がった。腹、胸、背中に激痛。胃液が喉に遡り、目の軸がぶれる。
(まさか、たった一瞬で殴られ……⁉)
さらに遊ぶように軽く振り回し、横に放り投げられた拓海は、その先にあった店の壁に激突する。
「拓海、――ッ⁉」
拓海に駆け寄ろうとした亮の前に、『誰か』が嘲笑うようにその瞬間現れた!
咄嗟にカリバーンを逆手に、胸を守るように盾とすると、気付けば持っていた奴の化石の短剣を防ぐ。
それを振り払うも、流れるように短剣が的確に急所のみに狙いを定め襲い掛かってくる。
一に心臓、二に首、三に鳩尾。そこへ一閃一突!
その捌きは、紛れもなく熟練のそれだ。
しかし剣の腕は亮の方が上。僅かの剣戟は亮に軍配が上がり、払い払い払い続け、隙を見つけたそこに手元へ柄を前に突き出し、短剣を弾き飛ばす。
(よしっ!)
後は、と亮はカラドボルグを薙ごうと狙いを定めようとして――〝目を見てしまった〟
奴は嗤い、命げる。
「〝はずれろ〟」
その瞬間右腕が、左腕が固まったように動かなくなる。剣を離し、宙ぶらりんと力なく垂れる。
――関節が、外れたのだ。
「ッッッッッッ――――――⁉⁉⁉」
肉が伸び剥がれ、神経すらも巻き込み、とてつもない痛みが肩から襲う。思わず声のない絶叫と大粒の涙が零れ、足に力を入れる暇もなくなり、その場で膝を着く。
根性で倒れずにいられているが、痛くて痛くてたまらなくて、身体は小刻みに震えだしている。
「あぁ、すまない。武装を外すように命じたはずなのだが、どうしてか関節がはずれてしまったようだね。お詫びとして……」
そんな白々しい事を宣りながら、優しく外れた肩に触れて――待て。
「やめっ」
「余がしっかり嵌め直してあげよう!」
籠ったような、生々しいくぐもった音とともに、関節は元に戻る。先ほどとは比べモノにならない程の激痛が身を裂くが如く迸り……一瞬、暗転。
プツン、と電源が切れるみたいに気を失うが、未だ続く鈍痛と倒れた時の衝撃によって再起動する。
しかし、身体の痛みが思ったより行動を阻害し、思うように動けない。
「さて、と」
そんな亮を尻目に、奴は落ちてきた短剣を掴み、手の中で遊ばせながら拓海へ目線を向ける。その顔は、どこか子供が玩具を見つけた時のように、獲物を見つけたように笑っていて。
「もう少しでかの者が来る頃、か。なら、そろそろ頂戴するとしようかね」
なんて言いながら、短剣を逆手に持ち、しっかりと握って拓海の元に歩き出す。
「まさか……!」
欲しがっていたのはオレ達自身じゃなく、拓海の命か!
なんで、という疑問が浮かび上がるも、拓海が灰になるイメージがそれを端に追いやる。動くことを拒否する身体を根性で動かし、膝立ちで起き上がると、そのまま出来るだけ震えている手に負担をかけずに立ち上がる。
わざと音を立てるように歩き始め、『誰か』に迫っていく。すると当然、亮の存在に奴は気付き、うっとおしそうに目を向け、
〈拓海ッ!〉
その心話と共に、縮地による接近! 懐に入り込み、その拳は既に握られ、引き絞られている。
隠されていた右目は髪が風でふわりと上がって露わになり、煤で汚れた女子のように可憐な顔は、それに似合わずニヤリと歪んでいる。
花閃流が壱ノ道……!
「椿ッ!」
風圧を纏う一撃。しかし『誰か』は慌てる事無くひらりと避け、短剣を以って薙ぐ――
「オオォッ!」
寸前、亮が駆け出し、雄叫びを上げながら左足を前に突き出す。前蹴りを受けた奴は身体に衝撃が走り、倒れそうになる。
「チッ、ちょこざいなぁ」
ゲームの敵キャラの妨害にあったみたいに、若干眉を顰めながら呟く。態勢は未だ整っていない。
そこを突くように、拳を振りかぶっていた拓海は、その勢いを利用してそのまま左足を軸に回りだす。
「花閃流。弐ノ道……」
花言葉は心変わり。この流派本来の使い道を比喩する技。有り体に言えばフェイント。武道としてはあるまじき行為。
しかし、これは武術であり、そもそも元々殺人剣のもの。
それをいくつか前の師範が修正し、活人剣とした今のカタチになったが、それでも名残はある。その一つが、
「常盤曲がり」
椿の勢いを兼ね備えた回し蹴りが炸裂!
身体強化によって鉄槌のような殺人的な火力は、間違いなく奴に直撃した。
……はず、なのに。
「残念。作戦はまぁ、良かったとは思うがね」
奴は微動だにしていなかった。硬いものを蹴っている感触。
しかも身体強化の力が抜け、短剣が蹴った足に突き刺さっている。
引き抜かれ、血が飛び散り、喪失感に似た感触と激痛が走る。同時に鳩尾を殴られていた亮の胸ぐらを掴み、拓海と並ぶように引き寄せ、短剣で線を引くかのように横に一閃――二つの首が、刎ね飛ばされた。




