第一章・魔術③
「――これで実験と診察は終わり。前の借りはこれで解消だ」
「そいつはよかった」
そう言って、地下に据え置きされているソファーに腰かけ、楓の用意した紅茶を口付ける。
何度も付き合わせたささやかなお礼だということなので、有り難く受け取っている。楓の事だから、それなりのものなのだろうが、良く知らない。
まぁ美味いので良いだろう。拓海としては、何か本を譲ってくれた方がお礼になるんだが、とも思うが口には出さないでおく。バレてるだろうけど。
さて、拓海としてはもう少しくらい休んでいきたいところなのだが……。
「悪いけど、この一杯飲み干したらすぐ帰るわ。もう夜だし、真里華も送らないと」
「ごめんね、手間かけて」
「良いよ、別に。気にならせてしまった俺達のせいだし、むしろ付き合わせたのは俺なんだから」
それに――、と付け足す。
「最近、物騒だしな」
それは一月程前からニュースで持ちきりの事件。少年院から始まって、時々一軒家が被害にあっている事件。
現場に住んでいた者達が挙って行方不明となり、そこには必ず灰のような砂が山となって発見されているという。
奇妙で不可解な事件。しかし、生憎拓海達はその事件のあらすじを読める立場にあった。
「確かに、同志の言う通りだね。ここ最近空気が澱んできてるような気がするから、用心しておくように」
「お前が言うと説得力が増すな」
「それはどうも」
そう会話しつつ、紅茶を飲む。もう少しで底を尽きそうだ。
「それで」
「ん?」
「俺になにかできることはあるか?」
「――――何のことかな?」
「……いや、なんでもない」
暗に必要ないと惚けられ、拓海は暗黙のルールを思い出して引き下がる。一口つけて、カップの中が空になる。
「んじゃ、行くわ」
「あぁ。いつも通り鍵はそのままで良いよ。私もすぐ出るから」
「あいよ」
真里華も亮も来華も飲み干したのを確認して、立ち上がり、玄関へと向かう。――その前に。
「余計なお節介かもしれないが、なにかあったらまた呼んでくれ。今まで散々世話かけてたんだ、少しくらい頼ってくれよ、同志」
言い切って満足した拓海は、三人を連れて地下を上っていく。
「……それが出来れば苦労はしないよ」
その言葉が、四人の耳に届くことは叶わなかった。
***
「それじゃあおやすみ、また明日ね。早く寝るのよ?」
「分かってるって! また明日な」
無事、真里華を送り届けた拓海は、亮と共に帰路を辿る。
空はもはや真っ暗。ガス灯が周囲を照らし、人気のない道はどうにも不気味だ。
「なぁ、拓海。結局どうするんだ?」
そんな空間の中で、無言なのは嫌だったのか、不意に亮が話し掛けてくる。
「なんだよ急に」
「あの事件の話だ。あれは十中八九、同類による仕業。相手は創喚者か、魔術師か。どちらにしても、きっと被害にあった人たちはもう……」
その言葉に、拓海は無言のまま真っ暗な、星々を隠した雲の方を向く。
別に全てを救える等と宣るつもりはない。だけど、なんとかできるだけの力があるのに、それを持て余している現状が恨めしいのは事実だ。
「でも俺は〝ヒーロー〟であって〝正義の味方〟じゃない。外道な奴がいた、だから成敗しにいこう、と思う程俺はもうお人よしじゃないんだよ。周りの奴等だけで手いっぱいなんだから」
「……あぁ、そうだったな」
……だけど。
「まぁ、その周りに手を出すようなら、話は別。ついでにその人達の分まで、ぶっ潰すだけだけどな」
なんて言って再び前を向き、早歩きで亮を追い越す。そんな拓海に笑みを浮かびながら、その背を追いかけて隣に立つ。
「主人公っぽい台詞。結構、板についてきたじゃねぇか」
「うっせ!」
一つ茶化せば拓海は大げさに反応し、そして同時に噴き出す。
そうしてこの話は終わりだと、今日の晩御飯の話をし出し、残りもの三日連続そーめんに亮が嘆く。いつものやり取り。今日のお話し。
「こんばんは」
――それで終わる、はずだった。
「「え?」」
人気のなかったはずのこの場に、第三者の声が二人を呼び止める。
声のする方向へ向けば、そこには黒ローブを羽織った誰かがいて、嗤う口元が浮かんで見える。
「今宵は良い夜だ。こんな人気のないところは、どことなく幻想に潜り込んだように想わせる。そう思わんか?」
「は、はぁ……」
意味不明な事を抜かす『誰か』に、変人だと確信して引き気味に頷いておく。
――いや、待て。そういえばこいつ、どこから……?
拓海と、騎士である亮の思考が重なる。
「どうした?」
「そんな変な顔をして」
「もしかして具合でも悪いのかな?」
それ以上の思考が進まない。視界も曖昧で、感覚がパズルのようにバラバラに散らばって、また浮ついている。
「っ……!」
咄嗟に頭を振った拓海は、一時的に頭がクリアになる。その瞬間。漸くさっきから頭をくすぐる違和感の正体に気付いた。
「……なんで気が付かなかった。夜であろうとも人気がなくなるのはおかしい。少なくとも人がいる筈だ。だってここは――」
人々が闊歩する街のど真ん中なのだから――――!
「おやおや」
「気付いてしまったか」
「凄いな」
「気に入ったよ」
「だから……」
そう思い当たっても、身体が動かない。気が付けば、『誰か』は拓海の顔を覗き視ていて……。
「――〝そのかおを、もっとよくみせておくれ〟――」
拓海と『誰か』の紫の眼が交わり、拓海の頭にナニカが入り込もうとしていた。
鼓動するように強烈な拒否感と異物感に襲われ、脳の端が疼くように痛む。
それを止めたくて咄嗟に『誰か』を振り払い、何故か目を丸くするヤツから一刻も離れたくて、無意識に技能・身体強化を発動。
酷い頭痛を抱えながら呆然とする亮の腕を掴んで跳び上がり、後ろの歩道まで下がっていった。




