第一章・魔術②
この世には、神秘が存在する。
今となってはそうそう人々の目に現れることはなくなってしまったが、確かに存在している。
その最たるモノ。それが魔力。
自然魔力や魔素とも呼ばれるソレは、元々種のようなものだった。
この地球を構築し、支える為のありとあらゆるモノの種だ。
魔素は、些細なことで意味が生まれる。今でこそ効力を失ってただの力と化したが、古の魔素はただ考えるだけで意味を持ち、カタチを成した。
例えば、概念。例えば、自然。
それらは全て、神の思考から意味を持ち、カタチを成したものなのだ。
その名残を残すように、この三つが存在する。
五大元素を操る《魔導》
神秘を魅せ、惑わせる〝魔術〟
そして、魔力本来の在り方を体現する――魔法――
これを生み出し、誕生した魔導師・魔術師・魔法使いは、神秘を守る為に、これを秘匿した。
そしてそれはあらゆる生き物に根付き、また体内魔力へと変換され、今も生命の支えの一端を担っている。
…………はずなのだが。
***
「改めてみても、全く不思議だ」
逢魔が時。
真里華、亮、来華を連れ、拓海は楓の家――の、下に〝魔術〟で増設した地下に来ていた。
三人の観客という名の監視でありもしもの時の為の護衛の視線の中、上半身の服を脱ぎ、魔方陣の中央に座る拓海の背中にナニカ書き込む楓は呟く。
「同志には今もこうして、普通に生きている。だというのに、君は一般人が持つだけの体内魔力すらない。まるで神にでも嫌われているように。どうして生きているんだい?」
「……ひどい言い草だ」
「だってその通りだし」
――そう。拓海にはどうしてか、体の支えをしている体内魔力が存在しない。
なのに比較的健康体の拓海に不思議に思った楓に、初めて会った当初から目をつけられていて、かつての借りをこの部分に対する実験、解明をさせる事で返しているのだ。
命の危険もあるとあらかじめ聞いているし、時々激痛が走ることもあるにはあるが、そこら辺は信頼しているので問題ない。
「まぁ、実際。その神様に喧嘩吹っ掛けてるし、そのせいじゃね?」
「何度聞いても馬鹿としか思えないねぇ。嫌いじゃないけど――っと、そろそろ始めるよ」
返事をすることなく、ただ拓海は緊張感を漂わせつつ、じっと待つ。
「――〝************〟」
それを返事と受け取った楓は、拓海の背中……そこに書き込んだ別種類の魔方陣に手を当て、言語化出来ないナニカを呟く。
すると背中の魔方陣が光を放ち、浮かんで回り出す。何をしているのか、監視者達は理解できない。
「理解できなくて当然だ。あれは貴様らに取って無縁の、現実に置ける神秘が魔術なのだから」
徘徊を終え、戻ってきたサトルが失笑しながら三人に言う。
「……確かにその通りかもしれんが、そんな蔑む程かよ?」
「蔑んだつもりはない。悪いがこれが素だ」
「それ、流石に直した方が良いと私は思うんだけど」
「ふん、そこは我が創喚者に言うんだな」
「いつ見ても厨二全開な性格だなぁ」
若干剣呑な雰囲気を醸し出す騎士達をよそに、真里華はのほほんと呟く。似たような会話をしつつも、結果収まっているので、慣れてしまっているのだろう。
もう、夢現武闘会が始まって三ヶ月と少しなのだから、当然だろう。
「――なーるほど」
一方で。何度目かになる拓海のこの不可解な体質の診査を慎重に、少しずつ少しずつ行っていた楓は、額に汗を滲ませつつ笑みを浮かべる。
「体内に魔力を貯めこめない。……が、貯めこめないだけで、自然魔力は身体の中に入り込んでいるのか。呼吸のように入り込んでは抜けていく。間違いなく魔導や魔術は使えないが……生命維持はしっかりと出来ている」
代わりに得たこの体質は、楓にとっても初のケース。命の心配がないとはっきり分かって安心したが、それ以上に魔術師としての本能がうずうずしている。
「と、いうわけで診察は終わりだ。次はいよいよ実験に入る。良いね」
「……いつでも来い」
では遠慮なく。楓は再び別の言語化できないナニカを唱える。すると背中の魔方陣はギアを変えるように少し回り、中央から外側へ波打つ。
「グッ――――!」
瞬間、拓海の背中から全身に入り込むような違和感と、痛みが走る。
魔方陣を翳している、本来動かす必要のない手で拓海の背を撫でながら、その魔方陣の動きをみる。
「……やっぱり、魔力を貯蔵しないから、かなりの空白がある。それなら!」
そう言いながら、楓はナニカを押し込みだす。
〝ドクン〟〝ドクン〟〝ドクン〟
「グ、ゥゥゥウウ――――ッ⁉」
拒絶反応による激痛が拓海に襲い、そんな拓海に、楓はクッション代わりに魔力を流し込んで出来るだけ安全にソレを埋め込んでいく。
「っ…………!」
苦しむ拓海が見ていられなくて駆けだしそうになる真里華を、来華は肩を掴み止める。
「〝************〟!」
〝 ド ク ン 〟―――ッ!
再びナニカを唱え、ついにソレが拓海に埋め込まれる。同時に背に描かれた魔方陣も消失し、楓はほっと息を吐いた。
「はっ――ぁーっ、疲れた……」
「お疲れ、だね。お互いに」
脱力し、会話し出す二人を見て、途端に真里華が拓海に向かって走りだす。
「拓海! ……お疲れさま。家達さんも」
何の後遺症もなさそうな拓海に安堵した真里華は自然と笑みが浮かび、あれから度重なる訓練と筋トレの末、つき始めた筋肉が浮かび上がる上半身に頬を染め、彼の脱いでいた半袖シャツを渡す。
「お、おう。サンキュー……」
「どーも」
拓海も真里華の綺麗な笑みに若干見惚れながら受け取り、扱いの違いと二人のやり取りに苦笑しながら楓も渡されたハンカチを受け取った。
***




