プロローグ
創喚者編Ⅲ、始まります。
創喚者編の折り返し地点になります。
引き続き、書いていきますので、よろしくお願いいたします。
御剣市にある展望台から、街の光が真っ暗な空を照らす。
人々の喧騒が、車のエンジン音やクラクションといった環境音が賑わいを演出し、この町の夜を作り出している。
――そこに横槍を入れるように、黒い点々が展望台からの月を覆うように広がっていた。
それは、カラス。正確にはカラスの人形。
赤い目を開かせ、相対するのも同じカラス。しかしその眼は紫に輝いていて、どこか禍々しい。
動きが鈍い赤目の隙を縫って、一体の紫目がその中から抜け出し、その後ろで赤目を使役する黒い短髪を風に靡かせ浮遊する女に向かっていく。
「…………ッ、!」
普段とはまるで別人のように焦燥と困惑を露わにしている彼女は一歩遅れ、紫目のクチバシが左肩を掠らせる。クチバシは黒ローブとその下に着こんでいた白いカッターシャツを破り、その先の柔い肌を裂いて鮮血を飛び散らせる。
「チッ……」
あり得ない失態をした自分に、舌打ちを一つ。左肩を抑えながら、煩わしくも節々にかすり傷を負わせ続けるさっきのカラスに目を向け「〝死ね〟」と呟く。すると紫目のそのカラスは目の光を失わせ、落下しながら灰化していった。
「――〝自滅せよ〟――」
続くようにして、もう一つ呟く。
すると彼女が使役していた赤目の身体が膨れ上がり、連続して爆発する。
その様子に流石に気付いた下の人々は何事かと騒めき、興味本位で見に行こうとする。
――だがそこには誰もおらず、しかし名残として不自然な灰が残っていた。
***
自宅へ戻った彼女――家達楓は黒ローブを脱ぎ、適当に部屋に放り込むと、汗だくになった身体を無理矢理動かして浴室へ向かう。
「う、くっ……!」
その途中で壁に寄りかかりながらスカートを脱ぎ、ホックを外す過程でかすり傷の痛みが大きく響く。
もう面倒になった楓はそのまま浴室に入り、シャワーを浴びる。血と汗を流し、節々の傷がシャワーに当たって痛い。
(今の姿を彼が見ればどんな反応をするだろうか)
シャツが濡れ、黒いブラとパンツが透けて見える今の自分に悪戯心半分期待半分に想像しながら、指先で左肩の深い傷に触れる。
「っ……〝痛いの痛いの、とんでけ〟――――っ、ぁ」
その言葉に魂が宿ったように触れた傷が消えていく。同時に楓の身体に奇妙な熱が巡り始めた。
「〝いたいの、みんな……っ、とんでとんでいっちゃえ……、っ!〟」
続けるように言葉を重ねると身体中の傷も治り始め、微かな快楽が連続して襲い掛かり、思わず後ろの壁に寄りかかる。
「はぁ……はぁ……はぁ……――ン、ふぅ」
しばらくして、身体の修復と異常な色欲の波は終わり、荒くなった息を整える。
シャワーの冷たさが火照った身体に染み渡り、先ほどの動揺と共に心も一緒に落ち着いていく。
(……私としたことが、まさか自分に使う時が来るとは思わなかった)
人生何があるかわからないな、と苦笑する楓はすぐに思考を切り替える。
あの敵対していたカラス。あれは元々楓のカラスだったものだ。散歩がてら魔術・人形劇に使う可愛い人形達と戯れている途中で、急に眼の色を変えたと思えば、ああなっていたのだ。
「それにしても……」
あのカラス達によって遮られていた目前に、逃げる際見かけたその先にいた人影を思い出す。月明りで人相は見えなかったが、どうも違和感に似たものを感じる。
「それに、あの術式」
支配系統のもので、あそこまで優れたものを使えるのはそういない。悪趣味なのもあるし、なによりどこかしら狂人じみてないと使えないから。
「まさか、ね」
〈――創喚者よ〉
サトルからの心話が届き、一旦考えを隅に置く。
〈サトル、首尾は?〉
〈あぁ。事後処理は終えた。今日の事はただの若者の下手な遊び扱いで終わるだろう〉
そいつは良かった。楓はほっと息を吐く。
もしも深入りするものが現れたなら、物理的に排除しなくてはならなくなっていたから、余計な手間が省けるのならそれに越したことはない。
〈それはそれとして、どうする? このまま正体不明者の跡を辿るか?〉
〈……いや、それは良い。このまま追跡し始めたら今日明日では終わりそうになさそうだからね。やるにしても私がやるべきだ。君が出る幕じゃない〉
それに、今まで楓が知らなかった日常というものを、拓海達と過ごす毎日を、疎かにしたくないから。
〈だから、当面は放置で行く。なにかあれば迎え撃つだけさ。今度は油断しない。だから今は、吸血鬼としてのんびり夜を満喫すると良いさ〉
〈……創喚者がそういうのなら従おう。だが――〉
〈分かっている。君の命と私の命は繋がっているも同然。なにかあれば知らせるさ。――じゃ、また〉
そう言い放って一方的に心話の回線を切り、寒くなってきたのでシャワーを止め、バスルームから上がる。
脱衣所に備え置きされているバスタオルを取り、首に巻く。着ていたカッターシャツを捨て、全身の水滴を拭いて、別のカッターシャツを着ると、ゴミが少しだが散乱している私室のベットへ転がる。
(これは私の問題。これ以上の失態は死に直結するけど、それでもサトルを巻き込む時はきっと彼も巻き込んでいる)
それだけは嫌だ。例えかつてを、原点に遡る事になっても――
「……寝よう。明日も学園だ」
なんて呟きつつ、明日の拓海達との時間を思い出しながら、楓は目を閉じ意識を暗闇へ没入させる。
――そう、これ以上の失態は許されないし、するつもりもない。例え相手が誰であろうと仕留めてみせる。
だって彼女は、創喚者である前に、かの魔術師なのだから。
また約10万文字ほど、お付き合いよろしくお願いします。




