エピローグ
一ヶ月後。
拓海達は今、合宿という名の文芸部設立祝いに、ナタリアの家の別荘近くの森広場で、バーベキューをしていた。
一応、部活という名目なので顧問の倉沼は勿論。三笠、それに未来と明日葉、浪と言った顔を合わせた創喚者は勢揃いしている。勿論、全員騎士を連れてきている。
人数も多く、しかもそれなりに遠いのだが、帰りはミラーナの転移を利用すれば日帰りが可能なのである。
「紫苑くん部長ー、ちょっと良いですかー?」
「……はーい」
顧問に呼ばれ、いつの間にか文芸部部長になっていた拓海は、渋々返事する。
一月前。つまり、あの未来の件が片付いた後、約束通り倉沼先生やクラスメイト達に事情を全て説明した。
普通なら信じてもらえない事なのだが、直にその非常識を見た事もあって、あっさり信じてくれた。
その後、こんな事に巻き込んでしまって、と改めて謝罪。
此方には実害はなかったから、とこれもあっさりと許してくれ、しかも今後そういった事情の場合、出来るだけ配慮してくれる事になった。
未来達に関しても、非公式だが文芸部の部員として、倉沼先生は認めてくれている。
あっけらかんとしているのは、のほほんとした彼女の性格ゆえだろう。
閑話休題。
「で、なんですか?」
「えっと、実はですね。予想よりもお肉が減っちゃってですね……」
「あぁ、確かに、もう数える程くらいしかないですね」
恐らく、別に腹ペコキャラとか設定してないのに、気付いたらなってた、あの亮とかいううちの馬鹿のせいだろう。
「自重しろって言った筈なのに……」
「あははは……まぁ、それで、できればスーパーでお肉をいくつか買ってきてくれませんか?」
「――――わかりました」
確かに、拓海ならここからスーパーへの道はよく知っているし、それに距離からして車を出す程でもない。倉沼の指示は、最適だ。けど――
「拓海、スーパー行くなら私も着いていこうか?」
「あぁ、大丈夫。ささっと適当に目的の物買って来るだけだし、待っててくれ」
〈だが亮。お前は着いてこい〉
真里華の何気ない――いや、普通に着いていきたいという言葉を振り切り、変わりに渋る亮の首根っこを掴む。倉沼からいくらか資金を受け取った拓海は最低限の身体強化を施し、スーパーに目指して跳躍した。
***
「ありがとうございましたー」
ささっとスーパーで肉をちょっとばかり多く購入した拓海は、亮と買い物袋を持って行きとは違って歩いて帰路を辿る。
「……なぁ、拓海。そろそろ教えてくれよ。なんでさっきマリカの誘い断って、オレを付き添いにしたんだ?」
しかも、歩き。跳んで帰っても、買い物袋が破けるようなヘマをするほど、亮は勿論、拓海ももう素人ではない。
「まぁ、待て。それにはもう少し――――っと」
その疑問を、拓海は答えることなく、ただ目線を周囲に向けながら帰り道を歩く。
そうして人影が完全になくなった時、ようやく拓海は脚を止めた。
「――さぁ、関係ない人はいなくなったぞ。要件を言え」
怪訝する亮を気にすることなく、拓海は誰かに言葉をかける。
すると、亮とは正反対に位置する方向から、老人・オーディンがすぅ、と消えていた姿を露わにした。
突然現れたオーディンに、拓海を守るように、亮は剣を向ける。
「……良く気付いたのぅ。いくら素人とは言えなくなったとはいえ、己の騎士も気付かなかったワシの気配を読めるほどではないはずじゃが」
彼に目線を一度だけ送るが、興味を無くしたように、すぐに拓海へと移す。
「別に、簡単な話だ。倉沼先生は、誰かに物を頼めるような器用な人じゃないから。しかも、面倒なものこそ一人でこなそうとする。現に、その状況を何度も目にしているし、その度に無理矢理手伝ってるからな」
性格面の事もあるだろうが、新人教師だから、という感情もあるだろう。
どちらにしても、ありがた迷惑とか思われてる可能性はあるが、まぁ、そこは性分だから仕方ない。
「って、質問を質問で返すとは、神ともおろうものがマナーがなってないぞ」
「人間が決めたルールを、ワシらにまで当てはめてくれないで欲しいのじゃが……まぁ、良いじゃろう。
――それで、どういうつもりじゃ? ここ二ヶ月見ていれば、会った創喚者を片っ端から仲間に引き入れようとしているではないか。そんな事をしていれば、願いなんて到底叶えられんのじゃぞ?」
それは、管理者として、主催者として当然の疑問。だが、拓海にとって別にどうでもいい事だった。
「……悪いが、俺はそういうの好きじゃないんだ。努力云々っていう問題も少なからずあるにはあるけど、参加者の大半が知り合いで固められてるのに、わざわざ誰もかも疑って、殺し合うような真似、普通はしたくないだろ」
「そうは言うがのぅ……全員が、お主と同じ思いを抱いてるとは限らん。むしろ本来なら少数派なんじゃぞ?」
「確かにな。でもな、俺が思うに願いってのは大抵、心の闇によって生まれるもの……つまりトラウマとか、現状の不満だとか、そういうのを解消したいという思いから出来てるんだ」
ナタリアの事と、未来の事が拓海の脳内に過る。
そういう辛い思いを抱えていたからこそ、彼女らはこちらと敵対した。恐らく拓海も、真里華が参加していなければ、怖いという想いを蓋にして意地でも願いを叶えようとしていただろう。
「だったらそれを解消すればいい。解決できなくても、なんらかの一時的な対処法。つまりストレス発散法を教えてやればいい。そうなれば心にゆとりが出来るし、なによりこれ、期間あるだろ? 祭りだし」
オーディンは、今にも舌打ちしそうな顔で頷く。やっぱり。
「だったら、ある程度の事は自力でなんとかできるんだし、今の状況を皆でのんびり楽しんだ方が良いに決まってる。たとえそれが余計なお世話だったとしても、俺はその考えを曲げる事は出来ない」
例え、どんなことがあったとしても。
「……なるほど。お主の考えはよく分かった。お主の考えそのものを変えようとも思わんよ」
「そいつは重畳」
投げやり気味に言葉を返し、拓海は再び歩き出す。亮も付き添うように歩き出し、言う事のなくなったオーディンも彼らから背を向ける。
「っと、一つ言いたい事があったんだけどさ」
ふと、拓海は脚を止めて言葉を送る。背を向け合う拓海とオーディンは、同時に振り返り――
「――何を企んでるか知らないが、あまり人間を嘗めるなよ? 神様」
忠告――いや、宣言する拓海はニヤリと笑う。だが、その眼はスイッチが入ってることを示しており、そこには殺意を滲ませていた。
言いたい事は言った。興味をなくすようにオーディンから目線を外し、再び帰り道を辿りだす。
「…………それはこちらの台詞だ、人間」
小さくなっていく二人の背中をじっと見つめながら、隻眼の老神は、ぼそりと無感情に、何故か若くなった声で冷たく呟くのだった。
***
少しして、広場に帰ってきた拓海は、肉を亮に手渡す。
「さっきみたいにあんまり食べるなよ?」
「分かってるって」
全然分かってないような弾む声で、小走りで食材置き場に肉を置いて、早速肉を焼き始める亮に苦笑しながら、皆を遠巻きにみている未来に近付く。
「どうした? こんなところで」
「……あぁ、拓海さん」
声をかけてみると、どこか沈んだ声で反応が返ってくる。
「つまらない?」
「いえ、そんなことはないです。ただ……今更ながら、夢の事とか、色々、不安になっちゃいまして。今の楽しい日々も、いつまで続いてくれるのかなって。お父さんが、私を厳しく言うのも分かるようになっちゃいました」
そう苦しげに苦笑する未来の横に立ち、「俺も同じだ」と、口を開く。
「……拓海さんも?」
「そりゃそうだ。不安を抱えない人なんてきっといない。夢を叶えるのなんて、正直に言ってしまえばなによりも難しい。俺なんて一度失敗してるから、また同じ道を辿るんじゃないかって思うと、すごく怖い」
彼の末路が脳裏に浮かんで、その後の事も思い出し、思わず震えあがる。
「だけど、それも仕方ないんだと思う。だって俺達はまだ、スタート地点に立っただけだ」
ここまで来た事を頑張ったねと、やったねと褒める人がいるけれど、そんな言葉は未来には――拓海達にはいらない。むしろそんなこと言われたら怒ってしまうだろう。
だって、まだ、何も成し遂げてない。何も進んでないのだから。
「夢を叶えるのか、夢に敗れるのか。その過程で何を得るのか、はたまた何も得ないのかは、分からない。
それはこれからの事なのだから、怖くても、進まなきゃならない。たとえどんな結末を迎えようとも、それにはきっと意味がある」
そう、俺達は思う。だから――
「だからさ、とりあえず頑張ってみようぜ、お互いに」
「……そうですね!」
一度躓いてしまった二人は、もう一度立って歩き出す。
並んで、その道に、真っすぐに。
「おーい、焼けたから早く来いよー!」
「あれ、なんで未来ちゃんあんなところで拓海と……? はっ! まさか私を差し置いて抜け駆けを……⁉ その抜け目のなさ、流石ライバル」
……ひとまずは、先で待っている皆に追いつこうと、拓海と未来は顔を見合わせて苦笑した。
***
――――――どこか、真っ暗な住宅で、テレビがニュースを映し出していた。
『――次のニュースです。
昨晩、御剣少年院にて、全ての犯罪者及びスタッフが、一人残らず行方不明になっている事が、新たに分かりました。
人影は一人としておらず、その間の状況を誰も見ていないとのことで、詳細は不明。
監視カメラも全ては破壊されており、確認が取れない状況になっています。
この件に関して警察は、現場の至るところに散らばった〝大量の灰のような砂〟が、何らかの関係があるとみて、調べています』
それは、まるで神隠し。
この真っ暗な住宅でソファーに腰かけてテレビをみていた男は、ただ嗤う。
――男の周辺には、男物、女物、子供物の服と、それらを埋めるくらいに大量の、その灰のような砂が、散らばっていた――――。
創喚者編Ⅱ、完結です。
最後まで読んでくれて、ありがとうございます。
引き続き、創喚者編Ⅲをご覧あれ。




