第六章・馬鹿⑨
爆発した《WORLD BREAK》はすぐに消え去り、オイルを撒き散らしながら、四肢や左目から配線が剥き出しにしてミアが、ガシャンという音を立てて落下する。
これでもまだ消えないのか、と相手の頑丈さに明は呆れつつ、震える足に入れていた力を抜き、先ほどから感じていた脱力感に身を委ねるように、その場で崩れ落ちた。
***
「……終わりです、お父さん」
勝敗は決した、と。
倒れる騎士達を見届けて、倒れたままの浪に告げる。
「ねぇ、お父さん」
「――……お前は、好きだったものが、嫌いになっていく感覚を知っているか?」
もう一度呼びかけると、浪は突如そんな事を言い出す。
「続けていて怠くなったわけでもなく、つまらなくなったというわけでもなく、第三者が関わったせいで自分の好きが汚される。そんなものをお前は味わいたいのか?」
起き上がりながら言うその言葉は、表情はまさに娘を心配する頑固な父親のもの。
好きなものは、趣味に留めておいた方がいいと、その先にいけば、望むようなものは得られないのだと。
整備されたレールを歩んだ方が、幸せだと諭すように。彼は、創喚書に手を伸ばしていた。
「……貴方は言う事は、少なくとも理解できます。私を守ろうとしてくれているのは嬉しいです。――けど」
だけど。
「それでも私はこう返しますよ。余計なお世話です、と」
気付けば未来は浪に近寄っていて、伸ばしたその手を力強く掴んでいた。
「理想と現実が全く違うなんて、分かり切ったことじゃないですか。その可能性を考えずに夢を叶えようとする人なんて早々いません。お父さんだってそうだったでしょう。単に予想以上に辛かっただけ」
愚痴を言う友達でもいれば話は違ったのだろうが、残念な事にこの父親。未来同様、人見知り。ぶっちゃけボッチだったらしい。
それを思えば、良く母を射止めたものだと感心する。
「それに、さっき貴方は好きだったものが嫌いになるとかなんとか言ってましたけど、本当にそうですか?」
「……なに?」
「確かに苦痛を感じるようになったのは事実でしょう。でも嫌いになったとは思えない。だってまだ、貴方は本を書いている。テンプレに頼らず、色んなジャンルを毎年三冊は必ず書いている」
「確かに」
目を浪から逸らして、足と腕を完治した、地面に座り込む拓海に向ける。
「それも新刊が出る度に、面白くなっているように思える。個人的な趣向かもしれないが、それでもたまにうーろん先生の合わないコメディとかでも、どこかうーろん先生らしい楽しさが伝わってくる。
……結局、あんたは本を、物語を書くのが好きなんだよ。面白い物語はもしかしたら誰でも書けるかもしれない。けれど、あんな自分の全力を伝えてくる描写は、本当に好きな人じゃないと、多分書けない」
憧れた人が変わっていなくて安心したというように、拓海は柔らかな笑みを浮かべた。
対し、浪は僅かに目を見開く。浪の中で、なにか腑に落ちるものがあったから。
「確かに、夢は虚像。手に触れることの出来ないモノだ。けれど、俺達はそれをカタチにする〝作者〟だろう? なのにそれを不必要だと否定したら、元も子もない」
それに――
「子供みたいな存在に苦しい試練を与え続けてるんだ。なのに親がそれくらいの苦しみに耐えないのは、かっこ悪いだろう?」
その言葉に、浪は思わずミアをみる。
……思えば、一応は機械だというのに心を与えて、随分な仕打ちをさせてしまっていた気がする。物語とはいえ、この子が体験したことで、虚像でも生きているものだ。
なのに、自分は今はもう味わっていない苦痛に耐えきれずに、馬鹿なのに賢くなった気分になって、子供にその価値観を押し付けた。
「……どちらが一般的に正しいのかは分かっています。けれど、それでも、それが例え子供の我儘だったとしても、ただ一度だけで良い。チャンスが欲しいんです! だから…………」
だというのに、この娘は、構わず我が道を行っている。
浪にはいなかった人たちを連れて、頑固ともいう芯の持った眼差しを向けている。
「……はぁ」
誰に似たのやら、とため息を洩らす。でも、仕方ない。
「……敗者にあれこれ言う資格はないからね」
「! それじゃあ……!」
「勘違いするな。わたしはまだ納得していない。チャンスだって、お前が自分で言ったように一度だけだ。良いな?」
「――はい!」
未来が嬉しそうな返事をした瞬間、いたるところから喝采が上がった。自分の事のように喜びの声を上げる拓海のクラスメイト達に、未来も思わず笑みを浮かべる。
事情の知らない倉沼も、「わー」と控えめに拍手していて、高山もいつも通りぶっ飛ばされる。
「……全く。気持ちは分かるが、喜ぶべき本人の声をかき消してどうする」
そう拓海は苦笑するが、それでもにっこにこな未来を見て、まぁ良いかという気持ちになる。
浪も始めてみた娘の満面の笑顔を修復されたミアに介抱されながらみていると、
「あっ、そうだ。お父さん」
「なんだ?」
「私、好きな人が出来ました」
――瞬間、この場の空気が凍り付いた。
「そういうわけなので、真里華さん。私、どれだけ勝ち目がないとしても、諦めませんから、そのつもりで」
さらに凍り付く空気!
自ずと拓海に集まる視線&死線!
浪から放たれる凄まじい殺気!
未来の突然の告白と、この現状に冷や汗を滝のように流す拓海を余所に、真里華はその挑戦を笑みで返し――、
「挑むところよ」
と、恋敵とは思えない雰囲気で二人は笑い合った。




