第六章・馬鹿⑥
舞い上がる砂煙を見上げ、クラスメイト達は呆然と立ち尽くす。騎士達、創喚者達は倉沼がいた場所を睨む。
「まさか……」
その中で、クラスメイト達と同じく真里華と共に呆然としながら、倉沼の方を見る拓海は呟く。
砂煙が治まりだし、ファーイの落下地点が見え始めると、そこには三人の人影があって、そのうちの一人は倉沼だった。
クラスメイト一同は安堵する一方で、騎士・創喚者はもう二人へ注目する。
砂煙が払われて晴やかになったその場所にいたのは、見知らぬ男と見知った少女。
「――――フンッ!」
倉沼と……いや、少女を守るように立ち、大剣を涼しげに籠手で受け止める灰色の髪の男は、軽々しく大剣を押し飛ばす。
それを当然のように見守る色素の薄い髪をした少女は、藍色の本を抱えながら拓海に目線を送り、
「貸し一つ。前のは図書室の件で帳消しにしてあげる」
と、無表情に見えるがどこかやるせない目をして少女――三笠は呟いた。
「創喚者、だったのか」
思わず呟くと、不満だと主張するように頬を膨らませ、「いえす」と肯定する。
きっとまだ隠していたかったのだろう。友達とはいえ、敵になるかもしれない相手なのだから。
それなのにこうして出張ってきた事に、命がかかっていたのだから当然と言うべきか、お人よしと言うべきか、友達思いというべきか。
なんにせよ、
「……助かった。この貸しはいつか返す」
「ん」
それから、と倉沼へ目線を移す。
「紫苑、くん? これは、一体……」
「……後で詳しく説明します。こんな危険な事に巻き込んでおいて、後回しにされるのは不愉快かもしれませんが、今はやるべきことがあるので」
倉沼はポカンとした表情で頷いたのは境に、拓海は再びファーイへ面と向かう。
クラスメイト達とは違い意図してじゃないとはいえ、三、四割くらい拓海のせいなのに薄情かもしれないが、今これ以上は許容範囲外だ。
それに、状況からしてちょっと無茶しなくちゃいけないらしいから。
〈……なぁ、シオン。やっぱオレも――――〉
〈お前は沙良と一緒に守りながら待ってろ。それに、お前にアレを破壊する術はあるのか?〉
正論を言うと、明は押し黙る。正直、ファーイを壊せる可能性があるのはあと沙良と、多分サトルだけだ。
サトルに関しては勘でしかないが、出来るだろう。沙良には草薙がある。とはいえ、範囲が広すぎて使えないので沙良も除外となるし、サトルにはミアは任せてしまっている。
三笠の騎士はなんとも言えないし、そもそもあれ以上は今のところ協力してくれないだろう。
〈大丈夫だ。考えならある〉
だがこの状況でも出来る事はある。というか、拓海にはそれしか浮かんできていなかった。
ブレードから感じられた重量、出力。ただの身体強化・攻撃型でほんの軽く投げ飛ばせたし、いけるはず。
どちらにしろ後でまた怒られるだろうが、やらないよりマシだ。
「とんだアクシデントだったね。それでどうする? 他の騎士にも助けてもらうかい? 良いよ、そのかわり見た感じだとその騎士も再起不能になるだろうけど」
たった一機で騎士を動けなくする従騎士ってなんだよ、と思いながら微笑んで告げる。
「必要ないさ。その余裕そうな顔を変えるのに、騎士は必要ない」
「なに?」
怪訝そうに睨む浪を無視するように、拓海は一度口を閉ざす。
そんな拓海に、なにか感じ取ったかのように浪は手を上げてファーイに命じようとした時、拓海は纏っていた身体強化を抜き、再び詠唱し出した。
「技能発動。《身体強化――」
ただしそれは汎用でも、攻撃でも、防御でも、加速でもない。未だ触れていなかった領域へ手を伸ばす。
創喚書から供給されたエネルギーが全身から溢れ出し、伴って前髪がふわりと上がり、隠れていたもう片眼が露になる。
溢れ出した余波は、一度の風となって吹く。
同時に高ぶっていく身体は、早く暴れたいと、両目の瞳孔を開かせる。
「っ! ファーイッッ!」
そうしてニヤリと嗤う拓海に、怖気を震わせた浪は、ファーイに命令。すると振り下ろさんとしていたブレードが熱を帯び始め、光を纏う。言うなれば、簡易的なビームソード。
一切のロスもなく拓海を焼き溶かさんと今まさに振り下ろされたビームソードを見ながら、ポツリと呟く。
――もう遅い。
「――――限界突破》」
拓海を中心に、突風が周囲に吹き荒れる。すかさずそこにビームソードが割り込むように墜ちてきて……。
すぐに先ほどより勢いを持って頭上に持っていかれ、ファーイは体勢を崩す事となる。――拓海が、墜ちてきた剣を殴り飛ばすことによって。
「ビームソードとは言っても、所詮は芯のあるただの剣だ。なら、火傷しないで炎に触れる時のように、火傷する前に殴ればいい。勿論、念のためこっちもエネルギーによる膜、というか手袋は必須だけど」
なんて、独り言のように言う拓海のやった事は、結果論に過ぎない。普通なら、そんなことをしたところで火傷では済まない惨事になるのは確定なのだから。
現に絶句している浪に焦燥も感じて、目標を達成できたと内心ほくそ笑む。ギリギリと、押しつぶされそうな程の重圧に似たエネルギーの出力に歯を食いしばって耐えながら。
拓海がやってのけたのはいくつかの要因があってこそ。その一つが先ほどの通りだが、もう一つは今拓海が纏う《身体強化・限界突破》にある。
この身体強化は、拓海が皆に隠れて考えていた代物で、言ってしまえば、より騎士に近付く為のもの。
攻撃力も、防御力も、速度も、何もかも。今までの身体強化の限界を越えた出力を持ったのがこれだ。
懸念として、使った瞬間身体が弾け飛ぶリスクはあったが、それはこの膜を事前に張る事で解決している。
勿論、それでもリスクがなくなったわけじゃない。
現にエネルギーの重圧で、身体中が締め付けられている。それもいつまでもつか分からないもの。
一撃一撃を放つだけで身体に大きな負担が掛かり、さっき殴った左手の手首が折れてしまうほどだ。
「まぁ、そんなことはどうでもいい」
それならさっさと、やるべきことを終わらせるだけなのだから!
「まさかとは思ったが、君は何を――⁉」
浪の言葉を無視して、地面を蹴り跳び上がる。
地面が抉れ、蹴った右足が折れた事すら気にも止めず、目標に向かって跳んでいく。
右の肘を引き、風を捕まえるように握って、拳を構える。
「花閃流」
紡ぐ。
しかしそれは基本形となるただの一撃。花言葉は誇り。
「壱ノ道――――」
右拳に風が集まる。それはベールのように纏われる。
目標はファーイ。狙うはその頭部。そこに、もう少しで到達する。
ならばこの誇りを以って、今の自分の役割を遂げよう。
その花の名は…………!
「椿ッ!」
正拳突き。態勢を崩したままだったファーイは、なす術なく直撃。
すると頭部は大きく潰れ、吹き飛ばされたように勢いよく倒れる。その頭部の潰れたことによってできた隙間から血が流れだし、次第に粒子となって消失した。
コックピットは、頭部にあったらしい。予想外だったけれど、右の拳は粉々に砕いてやった甲斐があった。
「………………んな、めちゃくちゃな」
呆然としているクラスメイトの誰かが思わず呟く。
一緒くたに強化された聴覚が拾いつつ拓海は自由落下していると、颯爽と沙良が現れてキャッチしてくれた。
「サンキュー、助かった」
「手が空いてたので、大丈夫です。が、前回同様、とんでもない無茶を通す人ですね。自殺志願者ですか?」
「別に、俺は必要だと思ったからそうしただけだ。怒られるだろうが、打開できたなら後悔はない。……それより」
拓海は抱えられたまま、浪を見る。
そこにいた拓海が憧れた作家は、何もかもを崩され、忌々しそうに、拓海を真っ直ぐに見据えていた。
「…………君は馬鹿か? さっきのは自殺行為に等しい。騎士によってやられたならともかく、転落死ではルールに適用されるのか分からないんだぞ……⁉」
正気の沙汰とは思えない。
誰だってそう思うはずなのに、拓海は若干引きつった笑みを浮かべる。
「あぁ、馬鹿だよ。あんたと同じ、大馬鹿さ。……あぁ、でも、今は違うんだっけ」
「――――」
ふと、浪は何か、大事なモノを、懐かしいモノを見せられたような顔をする。
それももう浪の顔は頑固親父のそれに戻ってしまったが。
だが、それでいい。目的は達したし、これ以上は拓海の役割を越している。
――心話が送られてきた。
「……それが、どうした? どう言われたって、状況は変わらない。危機的状況なのは、変わらないだろう。君の負けだ」
「……あぁ、そうだな」
浪に夢を認めさせる事が出来なかった。もう一度あの言葉を、言わせることが出来なかった。戦いにおいては痛み分けだが、完全敗北と言って相違ない。
「でも良いんだ。今日の主役は俺じゃない」
もう誰も手を貸さない。貸せない。ここから先の事を聞くのは、未来でないといけない。後は、君次第だ。
「だから、後は任せたよ――未来ちゃん!」
そう言って今しばらく、主役の座を、少女にバトンタッチした。




