第六章・馬鹿④
その巨体にあちこちから驚愕の声が上がる。
だがそこには、興奮が入り混じっていて、有り体に言って、その声は驚愕と言うより歓喜だった。
勿論、そんな声を上げているのは男子くらいで、女子には多分、一人としていない。
かくいう拓海もその一人で、目を輝かせていた。
……が、それはマゼンタの巨人が目を此方に向け、大きな拳を引き絞っているのを見て一気に恐怖へと変わる。
「――――ッ⁉」
迫り来る大拳に、思わず息を止める。
だがこんなところで終われるか、と動かぬ身体を無理矢理動かし、身体強化を加速型に変えて範囲外へギリギリ逃げ込む。
――その時、地響きが起こる。
慌てて脱出したせいか、足を滑らせ、転がる。咄嗟に受け身を取ったから、大事には至らなかった。
どうやら巨人の拳が地面に墜ちた事による二次災害らしい。
拳がゆっくりと離れていくその跡に、大きなクレーターが現れたところをみて、ようやく男子達も今の現状把握に至れたようだ。
「安心してくれ。関係のない者を害する気はない」
「そこくらいは信じたいものだ」
「本当ならこれだって創喚すつもりもなかったんだ。それくらいは信じて欲しい。少なくとも尊敬してくれる君たちに情があったんだからね」
「はっ、今のあんたは尊敬に値しねぇよ。少なくとも俺にとっては」
と言いながら立ち上がり、拓海は水をかけられたみたいに冷えた頭が即座に結論を言い渡す。
「それは残念。だが良いさ。どのみち、そっちはそっちで数を揃えてるんだ。
なら、それ相応の相手を出すのも、仕方ないだろう?」
――意地を張って従騎士の加護付きの巨大ロボを俺達だけでやってたら、命がいくつあっても足りない。ならば。
「……悪い。皆、前言撤回だ」
手を軽く一度振る浪の合図によって動き出す黒のロボットが背中のウイングのブースターを点火させ、飛び上がりながら腰にマウントさせていたブレードを持って振るおうとしているのを眺めつつ、棒立つ拓海は呟くように告げた。
「手を貸してくれ」
瞬間、ファーイのブレードが轟、と音を立てて振り下ろされ――――横からの妨害により、ブレードは拓海のちょうど真横に堕ちる事になる。
その時の生じた風圧を感じながら、目の前に立つ者から目を離さないでいると、そいつは拓海の視線を受けて、ニヤリと笑った。
「それくらい、お安い御用だよ」
と、彼女――来華は言って、「とはいえ」と続ける。
「あれに膝をつかせるのは、私達でもちょっとばかし厳しいけれど」
「そもそも、どうやって相手にすればいいのか分からない、というのが本音ね」
「絶体絶命かナ? かナ? キヒヒ!」
「……なんでこの状況で笑えるのか、ぜひとも聞かせていただきたいものだ」
「そりゃもちろン、ミラーナがピエロだからだヨ! ピエロっていうのハ、やっぱり笑うものだからネ」
「そうかい」
並んで三機のロボを見上げながら三人と会話していた亮は拓海に視線を移し、意味を察した拓海は、四人に命ずる。
「悪いが無茶をさせる。だが頼む。あれらを――破壊しろ」
『了解(ヤー)(ダー)(イエッサー)(りょーかーイ)――とっ!』
そう返答した次の瞬間、ファーイがもう一度振り上げ、再び振り下ろしてきたブレードから避けるため、騎士達は散開。
四人は思い思いに三機に攻撃を仕掛けるが、ダメージはおろか、一瞬の動きすら止める事が出来ない。
すると今度はシアン色のロボ・ヴェータが手に持つライフルで構え、人間サイズからすれば巨大なビームが亮達に向かって撃ち始めた!
「か、回避よ! 回避!」
「言われなくてもっ!」
「避けな、きゃっ⁉」
「消んじゃうよネー、キャヒヒ、ひっ⁉」
合計三発。悲鳴にも似た事を口にしながら、四人は回避する。
次々と出来上がるクレーターに、ここが結界で出来た虚像で良かったと拓海は心底思う。
「しかしどうしたものか」
亮達はさっきから動き回りながら、威力の高い攻撃を次々と放っているが、決定打どころか攻撃として成り立っているように見えない。
(……一応、亮には一つとっておきがあるが、それを使うにはリスクが高すぎる。そうも言ってられないのが現状かもしれないけど、十中八九、他の騎士ごと諸共に巻き込んでしまう)
それはこの同盟関係に皹を入れかねない。
かと言って、この状況を打破する方法が思いつかない。
ある程度察していたから聞かなかったけど、もう少しちゃんと他の騎士達の特徴に目を向けるべきだった。
来華が女騎士で雷の能力者、美月が殺し屋の精霊使い、ミラーナは〝アレ〟に魅了された元探索者ということしか分からない。
特にミラーナに関しては――。
「現状ぉ、一番の役立たずでしかないよねぇ、やっぱりぃ」
ふと、隣にいた明日葉が呟く。……ちょうど良い。
「なぁ、ミラーナにはどんな能力が、技能がある? アレに効きそうなものだけでも教えてほしいんだが」
聞くと、明日葉は申し訳なさげに苦笑する。
「残念ながらぁ、あっち側に移った元探索者と言ってもぉ、結局のところ普通の人間だったからねぇ。そう言ったものは思い出す限りないかなぁ」
「ならどうして、死地に向かうような真似を」
「それはぁ……まぁ、同じ学園のよしみと、一度いっしょにタクミン達に喧嘩を売った時の仲間意識的なものと…………これからに関する労わりみたいなもの、かなぁ」
「は?」
「すぐに分かると思うよぉ。
それよりタクミン。ミラーナちゃんは確かにこの場では役立たずだけど、かわりになる技能はあるのです」
明日葉の言う通り、今はその事を頭の隅に置いて、「じゃあやってみろ」と言わんばかりに催促してみる。
すると明日葉は自信満々に紫の創喚書を開き、一コマをタップし、目の前にペーストするように置き、
「技能発動! 《解明・偽》!」
唱えると、コマが回りながらクシャ、と包まり、それは百面サイコロへと早変わりし、さらに気付けば明日葉の空いた手にはキラキラとした装飾があるフラスコのようなものがあった。
(アイデアロール……TRPGでは、直観力、物をみてそれを解釈する時にするんだったか。アイデアの数値は、確か知能×五)
「――あぁ、なるほど」
なんとなく意図が見えた。
「多分タクミンの思った通りだよぉ。アスが判定するのは、あのロボについて。そして解釈するのは弱点。判定が成功すれば、このフラスコから適当な描写が読み上げられてぇ、脳裏に知りたい事が浮かび上がってくる仕組みになってるんだぁ。
――使用者本人には解釈できるほどの知能がなくても、何のヒントもなくても、能力値の範囲にダイスの数値が下回っていればねぇ」
「とんでもないな」
そう、本来なら。
だが拓海はそこまで聞いたところで殆ど期待していなかった。
「それじゃあ、振るよぉ」
そう言いながら、サイコロをフラスコの中で入れ、軽く一、二度フラスコを振る。
――1D100/判定・78=失敗――
「あれ?」
もう一度振る。
――判定・68=失敗――
「……ちなみにアイデアの数値は?」
「66だよぉ」
つまり知能は13ということか。まぁ、あまり良く知らないのだが、悪くはないのだろうが……。
なんて思っている拓海を余所に、今度こそ! と無駄に意気込む明日葉は再度振る。
――判定・00=ファンブル――
「――うきゃぁ⁉」
すると呻き声のような声を上げ、ガタガタと身体を震わせながら顔を真っ青にしてその場で座り込む。
SAN値が減ったのだと理解して拓海はこうなるだろうなぁ、と軽く眉間を押さえてため息を吐く。
……ここまでくれば、言わずとも分かるだろうが、期待していなかった理由の答えは一つ。
単純に、明日葉の運が悲しくなるくらい、なかったのだ。
「……あぁ、だからTRPGを題材にしてただの探索者じゃなくて堕ちた探索者だったのか」
意味を理解して、何故か拓海まで虚しくなった。




