第六章・馬鹿③
「――くそっ!」
待ち構える浪を前に、拓海は悪態を吐きながら首を傾げる。
すると拓海の真後ろから首横を一筋の閃光が横切り、髪の先と肌を少しばかり焼いた。
全身から冷や汗が滝のように流れ出すのを気にも止めず、お返しに翻すように身体を捻り、その勢いを乗せて後方にあるナニカ――光学念操兵器。所謂ビットを蹴り飛ばす。
だがそれでも一息つく事無く、周囲を見る。
――すると、そこには、拓海を囲うビット達の姿があった。
「ッッ!」
いくつかのビットが閃光――ビームを発射すると、拓海は動き出す。
避けて、殴り。
避けて、蹴り。
避けて、殴りの繰り返し。
身体の節々に日焼け程度の焼け跡を残しつつ、合計六つの全てのビットを沈黙させた拓海は、今度こそ浪に向かって跳び出す。
「おおおおおおおおおおおおおおおおおッ‼‼」
そして右拳を引き絞り、澄ましたその顔に向かって突きだす!
しかしそれは、目の前で瞬間張られた半透明のソレによって遮られる。
「障壁か……全く、ビットと言い、高周波ブレードと言い、さっきからくすぶるものばっかり出してきやがって」
「最高だろう?」
「まぁ、な――――ッ!」
感情宿さぬ目で微笑む浪から目を離し、復活したビット達から放たれる光線の雨から飛び逃く。
一番安全の方へ跳んだ先には、すぐ木があって、慌てた拓海はエネルギーを足元に少し集中させ、木に足を付け、咄嗟に横へ跳んで、ビームから逃れる。
「木々が邪魔だ……っ!」
誰かどうにかしてくれ、と愚痴気味に心中呟く。
〈じゃあ、なんとかする〉
――すると、その心話に返事が来て、まるでテレビのチャンネルを変えるように、目の前に映る景色が変貌する。
「えっ? えっ?」
「ここって、碧海んとこのグラウンド?」
「俺達、今まで公園にいたはずじゃ……」
「って、美男美女が増えてる!」
そんな、クラスメイト達の困惑した声が聞こえる。まだ隠れていた騎士、創喚者達が曝け出された事もあって余計混乱しているようだ。が、そんな事はどうでもいい。
とりあえずその声から、今いる場所の特定を、記憶を探る事無く済ませる事が出来た。
(さっきの声にこの場所……ってことは、リア姉か! そういえば、心話の回線まだ切ってなかったっけ〉
〈その通り。わたくしのファインプレイを盛大に褒めてくださいまし?〉
と、心の呟きに、ナタリアはわざとらしく高笑いでもしそうな口調で答える。
〈あぁ! 流石リア姉だ! 俺の愛すべきお姉ちゃんだ!〉
〈あ、愛すべき弟の為だもん。当然なんだから〉
照れながら口調が崩れながらも気丈で居ようとするナタリアにくすりと笑いながら、ビームから避けるついでに跳び上がり、くるりと一回転。
そしてその勢いを乗せたかかと落とし――花閃流・参ノ道・月桂樹――でビットを二つ一緒に叩き潰す。
「次――」
そうすぐに身体を起こそうとしたその時だった。
「待たせた」
四つの小さな爆発音が鳴り、拓海を狙っていたビットが残らず消失する。
変わりに、拓海の前に立ち、カラドボルグをビットのあった方向に向けている亮の姿があった。
「……早かったな。従騎士の方は片付けたのか」
「いや。ただこんな広々とした空間の中で創喚者を一人にするのは危険すぎるからな。アンタにとっては、ここの方が俄然動きやすそうだが、騎士としては見過ごせない」
「確かに、そうだな」
もう少し真里華にカッコいいところ見せたか……ではなく、身体を温めておきたかったが、そういう事なら仕方ない。
「まぁ、安心しろ。致命傷は負わせた」
「それはそちらも同じ事だ、黒の騎士」
そう亮の言葉に返答するのは、紺の騎士・ミア。その傍らには、創喚者の浪。
そして、左腕を損失させ、右肩、両脚部も装甲が幾分剥がれて配線が剥き出し、そこから血のように燃料が溢れ出している従騎士のシーナがいた。
確かに、あれは正しく致命傷だ。しかし、あの口ぶりと、自然治癒後から見た限り無傷の亮を視るに、
「アルア――」
「……すみません、創喚者、少尉。大口叩いてこのザマです」
アルアがいる方向を向き、拓海は少し後悔する。
そう言って拓海の横で半ば倒れるアルアの姿は、見るに堪えなかったからだ。
閉じている左目を血が流れ、左肩、右腕、脇腹。そこにはいくつかの風穴があり、そこから溢れる血は着ている服を真っ赤に染め上げていた。
……だいぶ、無茶をさせたらしい。クラスメイト達の反応は、もはや語るまでもないだろう。
「……いや、よく持ちこたえてくれた。後は任せてくれ」
「了解」
いつも亮から聞く了解を境に、アルアは口を閉じる。
喋る事すら辛かったのだろう。死の感覚を教える前に、と拓海はアルアに掌を伸ばす。
「送還」
そして口ずさむと、アルアの足元に方陣が展開。光の粒子が溢れ出したかと思えば、まるで転移するかのように一瞬でアルアの姿が消えていった。言葉通り、還したのだ。
チラリと、浪の方をみてみると、同じように(過程が全くの別物だったが)従騎士・シーナを送還していた。
「これで、振り出しに戻ったってとこか」
と、拓海は軽い口調で呟く。
その裏で、拓海は脳筋なその頭を必死にフル回転させていた。
正直、拓海と浪――いや、正確には、拓海が書く世界観、登場人物達が、ミアとの相性が悪いのは目に見えていた。
それ以前に、ミアの設定がおかしいように思える。
(あえて言うなら……そう、チートだ)
内部収納系だと、アルアから最後に心話で報告を受けたが、それにしたっていくつものガトリングを身体から取り出せるなんて馬鹿げてる。
(それだけじゃない。アルアの攻撃も、最初に一戦交わした亮の攻撃も受けたはずだ。それなのに自然治癒で全快したとしても、その痕跡すらないのはどういうことだ)
あんなのと、どう戦えばいい?
〈――簡単です〉
その時、未来からの心話が届く。
〈燃やすか、凍らせるか、雷でショートさせるかすればいいんですよ〉
その言葉を聞いて、ようやく拓海は一つの答えに至る。
〈――そうか。物理無効!〉
〈はい。あの人の書いていた設定資料によると、物理に強く、そう言った自然のものには弱い合金を使って作られたたった一つのアンドロイド、らしいですから〉
あぁ、ならば納得だ。
これは本当に相性が悪い。何故ならそれらが使えるのは亮と、ヒロインの一人であるエルフの義姉だけだからである。
というか滅茶苦茶すぎる。どうすればその設定を創喚書が容認してくれるような描写書けるというのか。
〈ちなみに、内部収納についてですが…………どうやら内部に四次元エンジンという、意図的に空間を歪ませるものがあるらしく、それにより彼女の内部空間を拡大させることで出来た、という設定らしいです〉
「えぇ…………」
つまりなんでも出し入れ放題ということじゃないか。
良いのかこれ。髪の色から適正はSじゃないっぽいが良いのか。
「ふむ、焦燥の色が薄れた。どうやら、タネが割れてしまったようだね。娘の入れ知恵かな?」
「……卑怯、とでも?」
「いいや? 利用できるものはなんでも利用するのは、人間なら当然だ。そもそも、タイマンに持ち込んでくれただけ、ありがたいと言うべきだろう。何なら、そこにいる創喚者達もかかってくると良い」
「はっ?」
どうしてそんな自分を不利な方向へと持っていこうとするのか、と怪訝な顔をしていると、浪はニタリと笑みを浮かべていて……。
「だけど、それならわたしも遠慮しない」
――瞬間。拓海の第六感にあたるものが、警報が鳴らし始めた。
「チッ! 亮!」
「分かってる!」
拓海の一声と共に、亮は弾けるように跳び出す。
そんなものに目線すらよこさない浪は、創喚書より一ページ選択、三つの単語に触れる。
それらを宙で文字型術式として停滞させ、三つの名を詠唱いた。
「TYPE.α,TYPE.β,TYPE.φ」
そうして口を閉じたと同時に、亮はカラドボルグの銃口を向け、引き金を引く。
「魔弾装填! 任意射撃・発射!」
火炎の弾丸が放たれる。
それは一直線に、浪の元へと向かっていく。なのに、ミアは一向にやってこない。
いくらこれでミアに無視できないダメージを与えられるようになるからと言って、創喚者を守らないのはおかしい。
一対どういうことだ、と顔をしかめる亮を余所に、魔弾は浪へ刻一刻と迫っていき――――、
突如、壁が出現し、魔弾はそれによって遮られた。
「「「………………なっ」」」
いや、壁ではない。脚だ。
亮は、拓海は、その場にいる未来、浪、ミアを除いた全員は視線を上へ徐々に上げていく。
「なっ、なっ」
そこには身は鋼鉄。立ち並ぶマゼンタ、シアン、黒の三機。
恐らく九割の男が一度が憧れた浪漫の一つ。
「「「なんじゃこりゃああああああああああああ⁉⁉」」」
人型の巨大ロボットが、今ここに創喚された。




