第一章・創喚⑦
「そういえば、ラノベの方はどこまで進んだの?」
「後もう少し。原稿用紙で言うと後四、五枚くらいかな……完成したら真っ先にお前に見せるよ」
「ほんと? 楽しみねえ、拓海の妄想の産物にして黒歴史になるであろう、物を読めるその時が」
「その悪意しか籠ってない言い方はやめろよ……」
「ごめんなさ〜いっ」
下校中、しばらくして慣れた拓海と真里華は、手を握り合いながら楽しそうに会話していた。
その様は他人から見れば恋人のように見えており、独り身の人達からは嫉妬の視線を、それ以外の人達からは生暖かい視線を集めている。
両者共にそんな状況はたまったものではないが、とりあえず同じ学園の生徒がいないのが唯一の救いだろう。
「そう言うお前の書いてる奴はどうなんだよ」
「あっ、うん。私の方もだいぶ進んだわよ。起承転結で言うと……そうね、もう少しで転に変わるくらいかしら」
「ほぉ、つまり上手くやれば、一番面白く書けるところまで来たって事かな」
「そうなの? じゃあ今度、その面白く書く方法のご教授、願おうかしらね」
「そればっかりは人それぞれだから、教えるなんて出来ねえよ」
「だったら、書き終わったら読んでおかしい所がないか、見てくれる?」
「俺個人としても、読んでみたかったから願ったり叶ったりだ。喜んで引き受けるよ」
「お願いねっ」(やった……!)
拓海と約束を取り付けた真里華は、喜びの余り、思いきりはしゃぎたくなる気持ちをぐっと抑えて、左手を握り、小さくガッツポーズする。
そんな彼女に苦笑しつつ、ふと拓海はある事を思い出す。
「真里華、そういやどっか寄ったりするのか?」
「んー、そうね。確か拓海のとこのしょう油が切れてたから、ついでに昼ご飯を買いにスーパー寄ろうかと思ってるけど。それがどうしたの?」
「いやさ、スーパー寄った後で良いから、本を買いに、古本屋行きたいんだけど良いか? あっ、それから昼飯は適当で良いから」
拓海はそう言いながら、生活費が入っている方の財布を真里華に手渡す。
「うん、良いわよ。昼ご飯の方もとりあえず了解。それで何を買うの? またラノベ?」
「いんや、次書く本の設定に必要になるかもしれない資料、って感じかな。創世記が詳しく書かれてる本なんだけど」
「えっ? もう次考えてるの?」
「あらかた。もし大賞で落ちてしまったら、って言うのは考えると、今の内に次のを書いておくのも手だと思ってさ」
拓海の言葉を聞いて、真里華は感心したように息を吐いた。
こんなに真剣な拓海は、誰よりも一番見てきた真里華でさえ、久しぶりに見た気がする。
(最後に見たのは、何時だったかしら……いや、今それを気にしたって仕方ないか)
それよりも優先するべきなのは、拓海を応援する事。
幼なじみとして、支える者として。そして、
(拓海を、あ、ああああ愛する者として!)
……考えるだけで赤面するようでは、告白なんてまだ先の話のようだ。
「? どうした、真里華」
「な、なんでもない……」
流石にいきなり赤くなった幼なじみを、不思議そうに見る拓海を力無く誤魔化しながら、夢を叶えられるよう、傍でサポートしようと決意する。
「って言っても、まず何処にあるかは知らないんだけど。一体何処に残ってるのやら……」
その途端、早速役に立てるかもしれない呟きが、真里華の耳に届いた。
「えっ、どこにもないの?」
「そうなんだよ。前まではあったはずなのに、今はどこ行っても無くってさ」
「それは変ね……」
「変だよなぁ……ちなみに真里華は、その本がありそうな所って知らないか?」
「うーん……」
何処かにあっただろうか……?
真里華は拓海が知らなそうな、そして自分が知っている本屋があったか、と自分の記憶を探る。
(あそこは知ってるだろうし、あそこはもう無くなってる。となると……)
最後に真里華の脳裏に浮かんだのはとある本屋。あそこになら創世記の本が置いてあるはずだ。
(でも、拓海に適性が有るみたいだから、彼が目をつけかねないのよね……)
そうなると、拓海はあの〝祭り〟に参加させられる事になる。それだけは阻止しなければいけない。
あれは恐らく、拓海のトラウマを刺激しかねないものだからだ。
(でもそうなると、他にありそうな所って思いつかないし)
それに、拓海の役に立ちたい。なら――
「一応、ありそうな所は知ってるわよ」
「マジでッ⁉︎」
そう言うと、拓海は嬉しそうな声を上げ、前髪で見えない顔を見なくても分かるほど、嬉しそうな雰囲気を出していた。
(この為に生きてる、って感じがする……)
不安などが全部吹き飛んだ真里華は、大丈夫だろうと結論を出す。
適性があったところで、いくらあの老人とて無理に誘ったりはしないだろう。
いざという時は自分がそうならないように観察し、守るだけ。
(まぁ、とりあえず念の為に忠告しておこう)
「でも、そのお店に行くのは良いけど一つ約束して欲しい事があるの」
「? なんだよ」
「それはね――」
約束を取り付けつつ、真里華は拓海と共にスーパーへと足を運ぶのだった。