第六章・馬鹿②
「――えっ?」
遮られて告げられた言葉に、拓海は驚いて、ようやくクラスメイトの方を向く。
そんな拓海に、村井は――いや、クラスメイトの大半が困ったように笑う。
「というかさ、そもそも俺達だってお前に許されない事をしてるんだよ。
仲介くんだったお前を、助けようとしなかった事、お前を蔑んでいた事。
それどころか、仲介くんとして利用しようとしていた事。
それだけじゃない。〝あの時〟、陵に言われるまで俺達はお前を諸悪の根源だって決めつけてた」
「それは――」
「仕方のないこと、って言うつもりか? そりゃ違う。お前の事は、元々悪い感情を抱いていたわけじゃなかった。小さなことでも、お前の人助けで俺達は助かってるわけだし」
例え三笠がいたとしても、何かしらのアクションがとれるはずだった。とれなかったとしても、信じてやることくらいはできたはず。
それは、村井だけじゃなく、あの場で行動できなかった、拓海とほんの少しでも関わり合いのあった人たちが抱いた感情だ。
「もし、あの時陵がいなかったら、お前はそのまま退学にまで追い込まれていた。それを思うと、な」
「……そんなIF――もしもの話をしてもしょうがないだろ」
どちらにしても、それならそれでやりようはあった。
……まぁ、それが悪手であったのは事実だが。真里華の事を思えば安いものだし、終わった事だ。今更気にするほどの事じゃない。
それに対し、村井はそれはそうなんだけどな、と苦笑する。
「でもそうなってしまう可能性もあったし、なにより、それまでお前を傷付けていた。だから、そうだな――」
「もうおあいこで良くね?」
ふと、誰かが割り込んでくる。高山だ。
「紫苑も悪かった。俺っち達も悪かった。それで良いじゃん。そも俺っちとしてはこんなに美少女美女揃いが見れただけ感謝の極みだからね! お近づきになりたいのでしおっち紹介して――」
「空気読め高山ァッ!」
「ぶぎゃっ⁉」
一連の流れに、混じっていた暗い雰囲気が消し飛び、思わず笑みが零れる。
「そう、だな。おあいこだ。もし次があったら今度こそごめんなさい、で良いよな?」
「あぁ。だからさっさと終わらせて、できれば事情を説明してくれ。流石にここまで巻き込まれて何も知らないのは気持ち悪いからな」
「……おう!」
結果オーライ、で良いのだろうか。
あれからというもの、気まずい雰囲気を漂わせていたものが一人残らずいなくなっていた。
みんなの視線に、侮蔑や恐怖、罪悪感は微塵もない。
あるとすれば、拓海達が使ってる力と、彼らの周りにいる美男美女への興味で……。
心残りがまた一つ、なくなった事を理解した。
勿論、自分の仕出かした事を忘れるつもりはない。だけど、少なくとも今の拓海は満ち足りている。
だから今は――、
「下がっててくれ。それから――――」
「!」
と、クラスメイト達に言いつつ、拓海は未来に囁く。
囁かれた言葉に頷くのを見て、余裕綽々の表情を浮かべる浪と再び面と向かう。
「で? ありがたい話ではあるが、なんで途中で攻撃してこなかった? その隙を突けば、俺なんてすぐに倒せただろうに」
「何を言う、そんなこと君の味方がさせてくれるはずないだろう? 下手をすればタコ殴りで秒殺されるのがオチだ。
それに、クラスメイトとの和解というシチュエーションに、水を指す程堕ちたつもりはない。あぁ、わたしの言葉への返答はいらないよ。もう十分、君はわたしとは違う事は分かったから」
「……そうかい」
色々言いたい事はあるけれど、とりあえず、まずはその顔を驚愕と焦燥のものに変えてやることを優先するとしよう。
この言葉の意味を尋ねるのは、きっと拓海の役目じゃない。
〈亮、やれるか?〉
〈あぁ。傷も治ってきたし、問題ない〉
そう思って、亮は徐に立ち上がる。
血濡れのボロボロな白いジャケットから垣間見える肌は、痛々しさが一切ない。
〈それじゃあ、分かってるな?〉
〈勿論。たしかにあれを相手できるのは今はオレを除いていない。それに、正直ありがたい話だったよ〉
〈おや、少尉ともあろう方が情けない〉
〈それはあれと殺り合ってからもう一度言ってみてくれ。言えたらの話だけど〉
そう軽口を叩きながらも、二人は自らの標的から目を離したりしない。細めた眼差しは、まるで狼が兎でも狙ているよう。
拓海も、鋭い目を少し見開き、両手を強く握り、
「――行くぞ!」
跳ぶ。
四人の姿が消え、拓海は静かに立つ浪に向かって一直線に。対し、亮はシーナの、アルアはミアの元へ。
アンドロイド二人の瞳も、敵意に反応して攻撃色に変わる。
「相手が騎士であっても、無駄」
と、向かって来る亮にシーナは淡々と事実を提示する。
それを証明するように剣を振るいトリガーを引くと、刀身が高速に震え始め、振動摩擦を引き起こす。
咄嗟に亮も剣を振るい、シーナは不敵な笑みを浮かべて――、
そしてそれは、すぐに驚愕へと変わる。
引き金を引いた状態のままの振動剣の行く手を白い剣が阻んでいたからだ。
「――――、馬鹿な。あり得ない」
その真実を目の当たりにして、澄ました顔が崩れている事に、シーナは気が付かない。
小刻みに伝わる振動からして、拓海の予想は正しかったらしい。若干賭けだったが上手くいってよかった。
「あり得るんだなぁ、これがッ!」
そんな彼女を見ながら亮は内心安堵しつつ、笑みを浮かべ、穢れを、折れを知らぬ純潔の剣――カリバーンで振るい退ける!
「ッ⁉」
一瞬の剣戟を交わし、しかし動揺が抜けず態勢を崩され、そして後ろに蹴り飛ばされたシーナに、魔力を充填したカラドボルグを向け、発射、発射、発射!
魔力弾を成すすべなくその身に受けたシーナは、幾度となく起こる爆発により生じた爆炎に包まれた。
画面を切り替え、アルアとミア。
何回も、何回も、発砲音が鳴る。
弾切れのハンドガンを放り投げ、ナイフを引き抜き、一気に詰め寄る。
対し、ミアは腕をサイスからソードに変更し、迫り来る弾丸を斬り払う。
その隙を突いて、アルアは空いた手で軽く抑え込み、その心臓にナイフを突き立てる!
「チッ」
その結果に、アルアは舌打ちを一つ。
突き立てたナイフは、確かにアルアに直撃した。だが、それは肌で止まり、火花を散らしていた。柔らか素材で出来ているとはいえ、伊達に機械ではないらしい。
一体何で出来ているのか聞いてみたいものだと、軽く息を吐き――じりじりと背筋に触る殺気から逃げるようにバックステップ。数発の弾丸が髪を触り、風圧が頬を掠る。
そして周囲をみて、アルアは顔をひきつらせた。
「花火パーティーをするには早いと思いますよ……」
ミアの背中から、伸びる四つのアーム。その先にあったのは、いずれもガトリング。
そしてソードモードとしていた両腕を、同じガトリングに変えていて……。
次の瞬間、アルアに弾丸の嵐による包囲網が炸裂した。
――場面転換。




