第六章・馬鹿①
ぼそりと、二人は同時に呟く。
「亮」
「ミア」
瞬間、二人の横で風が暴れ、火花が迸る。
視覚出来ないナニカ――騎士が高速で交錯。剣戟していた。
その状況に、クラスメイト達は理解できず硬直している。
そりゃそうだ。目の前で異常現象が起きているのなら、呆然としても仕方ない。
対処だってできるものじゃないだろう。
だからこれ以上、巻き込まないようにしなくてはいけない。だが一度張った結界の設定は元に戻せないため、一般人を入れないように設定するには一度解除する必要がある。
できるとすればステージを変更することくらい。
ここは障害物や段々になっているところが多い為、広い場所に変えたいところ。
ならば――、
〈真里華、クラスメイトを連れて結界の範囲外に――〉
「させない」
真里華に心話でお願いしていると、気が付けば浪は片手で紺色の創喚書を開き、まるでどこに何が書いてあるのか分かっているかのように文字をなぞり、浮遊させ、
「……C7」
短く呟くと文字は青い奔流として視覚されるエネルギーの塊となり、目標に向かいながら、それは人のカタチへ――また新たな女性型アンドロイドへと姿を変える。
(詠唱破棄⁉)
そんな芸当が出来るなんて――ってそんなことはどうでもいい!
「そ、れ、は……っ」
心話の応用で創喚書と脳を一時的に接続。
強烈な情報量で頭が物理的に沸騰しそうだと激痛の中で思いながら、二つ選択する。
――従騎士・創喚・アルア・シュバルツァー――
――技能・発動・身体強化・汎用型――
「こっちのっ!」
何もなかった拓海の真後ろ――つまりクラスメイトがいる方――に方陣が突如出現。
そこから一人の少女が勢いよく飛び出すのを一瞥しながら球体のエネルギーを握り潰し、浪の肩を押さえ、無理矢理未来から引き剥がす。
「台詞、だ――ッ!」
その瞬間、荒れる風が此方に急接近してきて――すぐ近くで火花が散り、だがかすったらしく首に薄く切り傷が現れ、少量の血が溢れだす。
背筋に悪寒を感じながら、亮に感謝しつつクラスメイトの元へ後退すると、未来を自分の背に隠すように下げた。
一方で、方陣から飛び出した少女――アルアはAMTハードボーラ―を、アンドロイド・シーナに向け、三度引き金を引いて発砲。
甲高い銃声音と共に、向かってくる三つの鉛玉を、シーナは涼しい顔をしながら、手に持っていた柄にトリガーがある機械化された刀剣を一振り。
弾丸は無力化され、危機を回避される。だが注意を此方に向ける事が出来た。
その隙にアルアは空中を蹴り跳び、シーナのスペースに潜り込む。
右に持っていたナイフを逆手にその足に向けて薙ぐ。
「チッ」
舌打ちを一つ。
顔色は変わらないものの、面倒そうな雰囲気を醸しながら、アルアの頭に頭突きする。
呻く彼女の隙をついて、シーナは首に一閃。
だがその前にアルアは飛び退いて拓海の横へ着地し、遅れてシーナも浪の横に着地する。
その瞬間、亮とミアが姿を現し、ミアを亮が浪に向かって蹴り飛ばし、その場で血だまりを作りつつしゃがみ込む。
そして互いに警戒し合う形で、その場は静寂した。
――当然、その様子は人知を越えた速度で行われていて。
クラスメイトは勿論、少しずつ目が慣れてきていた創喚者にさえ、一切見えていなかった。
「詠唱破棄とは、驚いた。一体どうやったのか教えてほしいものだよ」
「それはこっちの台詞だよ。何もやってないのに従騎士が出たってことは、無詠唱をしたってことだろう?」
「まぁな」
そう会話の応酬を交わしながら、拓海の目線は彼女らの足元に向かれている。
(あの弾丸……)
潰れているわけでもなく、真っ二つ綺麗に斬られているわけでもなく――溶かされていた。
それにあの機械化されているとはいえ、不自然にとってつけてあるあのトリガー。
〈一瞬ですが、あの引き金を引いた瞬間、刀身がブレたように見えました〉
〈……なるほど〉
つまり、拓海の予想が正しければ、あれは高周波ブレードか。
高周波ブレード。またの名を振動剣。
それはSF物に時々登場する兵器だ。
何らかの方法で刀身を超高速に振動させ、強烈な切れ味を生み出すもの。作品によっては、振動摩擦を引き起こす熱で溶断させるのだが、こちらはどうも後者らしい。
だとすると一瞬でも揺れたのが見えたアルアは異常なのだが、まぁそこら辺は従騎士なので、と納得しておく。
(魔導魔術的なナニカで、炎を纏わせているのなら、幾分対策は練れたんだが……)
振動によるものなら話は別。防御無視を無効化する方法は、拓海の創喚書にはない。
本来なら、まともに打ち合えば勝ち目はない。
だけど――いや、その前に、問わなければならない。
「……あんた、なんであいつらを狙った? 俺達と違って創喚者でもない奴等を、どうしてっ!」
「狙ったつもりはないよ。彼らの目の前で止まってもらうつもりだったさ。単に、ああしてみれば誰かしら釣れると思ってね」
「てめぇ……」
「いまのわたしはあまり手段を選ぶつもりはないよ。それに……君も人の事言えないんじゃないのかな?」
「っ――――」
……確かに、言われた通りだ。
仲良くなりたいからって、浪の動きを止めたいからって、なんの力も持っていないクラスメイト達を、危険な場所に連れてきた自分は、彼と何ら変わりない。いや、それよりももっとクズだろう。
俺には、そんなことくらいしか思いつかなかった。
「お、おい紫苑。これは一体……」
「…………ごめん」
……だけどそれを、そんな言葉で誤魔化すつもりは、ない。
拓海の首に流れている血に、顔色を青くしながら聞いてくる村井の方を向かず、謝罪を口にする。
当然、村井達はその言葉に戸惑う。
「な、なんだよ急に」
「今の状況は、十分にあり得た話なんだ。その子の夢を協力したい、っていう建前を並べて、お前達を巻き込んで、危険に晒してしまった。
『どうせ襲ってこない』『きっと上手くいく』『もしそうなっても俺達が守ればいい。逃がせばいい』
なんて、免罪符を掲げてな」
そう自身を嘲笑うように自白する拓海を見て、奥底の部分は分からないが、とりあえずクラスメイト達はここにいる理由は理解していく。
「どうして、そんなことを」
「……クラスに漂う妙な空気が嫌だった。なんとなく慣れつつあったけど、慣れなくなんてなかった。だからこういうゲリラライブ的なイベントでふれ合えば、色んなわだかまりが熔けて、ちゃんとした学園生活を送れる。……そう、思ったんだ」
別にまとめてやらなくてもいいのに、拓海は自分の首を絞めるような真似をした。
こんな危険なことに巻き込めば、クラスの雰囲気改善なんて出来ない。むしろ悪化するに決まっている。それどころか、《仲介くん》だった頃のように独りになるということでさえ、今に至るまで思い浮かばなかった。
「俺を許さなくて良い。でもせめて、お前達を守るという責任だけでも果たさせて――」
「許すよ」




