第五章・意味⑤
〈――お前らは周りに被害が及ばないように注意していろ。手は出すな〉
クラスメイトも、未来も困惑した表情で拓海を見ている。
そりゃそうだ。本来ここまで首を突っ込むのは褒められたことじゃない。
けど、あんなものを見て置いて、黙ったままじゃ真里華に怒られてしまう。元々、こうなる可能性も考えて首を突っ込む気でいた。
それが過程をすっ飛ばして本題に入ってしまっただけ。
だからそんなこと些細な事を気にすることなく、心話で創喚者・騎士達に命令する。全員の困った顔が思い浮かぶのは、気のせいではないだろう。
(さて、予定を狂わせたんだ。責任とって加筆修正といこうかね)
返事を聞く事無く回線を切り、拓海は露わになっている左目で浪を睨む。
「……離してくれないか」
「いやだ」
冷めた目で告げる浪に対し、拓海は掴んだ手を少し強く握りながら返答する。
「これはわたし達家族の問題だ。部外者は引っ込んでくれるかな」
「知るか、そんなこと」
敬語もなく、もはや下として見ているような眼差しで言い分を否定する拓海に、浪は思わず黙り込む。
それを良い事に、拓海は言う。
未来に、まだ終わっていないと伝える為に。
「家族の問題。確かにそうだ。部外者。まぁ、そうかもしれない。だけどな、俺にとってはどうでもいいことだ。それに、部外者にあれこれ言う前に、肝心な人には何も聞いてないじゃないか」
ハッと、我に返るように顔を上げ、目を見開いて未来は拓海を見つめる。
打って変わって、微笑む拓海は、未来に問う。
「またしても父親に否定された。傷付いただろう、絶望しただろう。そんな君に聞きたい。
――もう、これで良いのか? 満足したのか?」
「………………良く、ない。満足なんて、してない」
「じゃあ、どうしたい?」
「抗い、たい。こんなことで、諦めたく、ない。
だけど私には、どうする事も出来ない。だって私は、ただの無力な小娘だから」
「そうだ。だから――」
「そりゃそうだ。一人じゃ出来る事も限られるし、一高校生に大人の事情に逆らう事は出来ても、思惑を打ち砕く事はそうそう出来ない。
――でも君は一人じゃないだろ?」
「えっ?」
なにを言ってるのか分からない。とでも言うような顔をする。
せっかく彼の言葉を遮ってまで決めたのに。思わずため息を吐きそうになって「良いか?」と続ける。
「自立っていうのは、なにも全部自分一人でやるもの、というわけじゃない。絶対に曲げたくない、手放したくないって想いや意思、夢を持ち、困難に立ち向かえる勇気を持つことだと、思うんだ。さっきまでの君だよ」
「……でも」
「そう。その途中で曲げてしまった。それは恐らく、君はまだ〝楽〟という甘い毒に依存しているんだ。そして君は、それに抗おうとしている」
多分、無意識に。
このままでは駄目だと、テレビではじめてみた外の世界を知って、幼いながら、夢を得ることで危機感を得たのだろう。
「それはまだ、君が完全に諦めてない証拠。その為なら、何を使っても良い。何を利用しても良い。助けを求めても良いんだ。それも全て抗おうという意志があるってことには違いないって、少なくとも俺は思ってる」
まぁ、全部人任せで自分では何もしないのは流石に駄目だけど、それは当たり前なので口にしないでおく。
「だから、まぁ、その、なんていうか。そんな目をしている暇が合ったらさ――」
――俺を、みろ――
瞳が揺らぎ、零れそうな涙を流さないよう必死に耐えながら、それでも尚未来は拓海から目を離さないでいた。離せないでいた。
未だ目に宿していた達観の色は徐々に薄れていき、本当は誰も見ていなかった彼女は、ようやく逸らしていたその心を、拓海に向ける。
……結局、彼女のペースに合わせるつもりが、説教臭くなってしまった。まぁ、でも彼女の目を見れば、何が言いたかったかは、伝わったと思う。
後は、待つだけで良い。
少しして、溜まった涙を流れる前に袖で拭った未来は、どこか熱のこもった力強い面持ちで拓海と向き合う。
「……私は、まだ、諦めたくない。私は大丈夫だって、証明したい。認めさせたい。だから――力を貸して、ヒーロー…………っ!」
――あぁ、そうだ。その言葉を待っていた。
だから、それひ拓海が答えるべき言葉は、たった一つだ。
「――あぁ、任せろ」
言って、拓海は未来から目線を外し、冷たい眼差しを向けてくる浪へと移す。
「まっ、そういうわけなんで」
「……屁理屈だね。ちょっとわたしには理解できないよ」
「まぁ、〝今のあんたには〟理解できないだろうな」
けど、そんなことは関係ない。こいつは一人の人間だ。あんたは娘だからと意思を軽視した。それを俺は許せない。だから――。
そう拓海はニヤリと笑みを浮かべ、すぐ目を瞑り、ぼそりと口ずさむ。
「夢を現に。現を夢に」
それは、拓海が決めた暗示起動のキーワード。
言う事と、拓海は暗示という炉を開き、感情という薪をくべる。
それは怒り。
それは高揚。
放り込まれた炉は熱く燃え上がり、獣が目を覚ます。
リミッターが、今しばらくの間燃え朽ちたのが分かる。
この拳が、躊躇いなく突き出せることが――他者を傷付けることが出来ると理解する。
ならば目を見開き、獲物を見定めたように浪に向かってニヤリと嗤う。
「歯ァ食いしばれ。その腐った考え叩き直してやる」
――さぁ、突き進むとしよう。




