第五章・意味②
「……えっと、私の話を聞いて――――」
「聞いたからそう訊いたんだよ」
彼女の言葉を遮って答えると、未来はむっ、とちょっと怒ったような顔をする。
「どうしてそう言えるのですか。私は、自分で言うのもあれですが、誰もが欲しいと言うような安定した生活を過ごしています。それを呆気なく捨てるのなら、それ相応の意味が必要のはずです」
そう言い切った未来に、拓海は呆れてため息を一つ。
良くもまぁ、そこまで考え込んで自分を無駄に縛り付けたものだ。
……ちなみに人の事言えないとは言ってはいけない。明がこっちを呆れたように見ているのを気にしてはいけない。
(と、そんなことはどうでもいい)
恐らく、彼女が求めている言葉を、自分にも言い聞かせるように送る。
「……必要ないよ。どんだけ裕福だろうが、どんだけ貧乏だろうが、どんだけ異常だろうが、夢を追いかけるのに言葉はいらない」
脳裏に、色を失い、ノイズ混じりの誰かとの記憶が浮かぶ。
これも、あの人に教わった事。
あの人がいなければ、きっと拓海は亮と出会っていても、いじけたままだっただろう。
それに対して彼女にはそう言ってくれる人がいなかったのだと思う。
「あえて言うなら、そうなりたいから。ただそれだけで良いんだよ。
だって、夢と言う舞台は、等しく平等なのだから」
――なら、今度は俺があの人のようになる番だ。
「まぁ、その後の苦労を考えたら、覚悟くらいはしとかないと駄目だろうけど」と、苦笑する拓海を余所に、未来はうってかわって呆けていた。
「等しく、平等……」
あぁ、そうだ。そうだった。
そんな肝心なこと、すっかり忘れていた。
この人の考えは、ただの意見の一つでしかない。
けれど、未来が内心で唱えていたものと同じだったのだ。
どれだけ事情があっても、どれだけ必要がなかったとしても、
夢なんだから、仕方ない。
ならどうして、言われたからとそんなものを探していたのか。
その理由も、漸く思い出す。
私はただ、
「あの人に、認めてほしかったんだ――――」
上野未来という娘ではなく、未来という一人の人間として。
支えられなくても、一人で立てるのだと、証明したかったのだ。
けれど……、
「求められた回答を答えないで、認めてくれるでしょうか?」
「そこは流石に、俺が答えられる問題ではないな。
けれど、もう一つお節介を言うなら、親とは仲直りした方が良いと思う。その為なら協力を惜しまない」
そのぐいぐいと迫るような物言いに、未来は思わず気後れしてしまう。
「それはありがたいですけど、どうしてそこまで……?」
だから聞いてみると、拓海は苦笑する。
「さっきも言った通り、単なるお節介だよ。
いつの日か、取り返しのつかない事が起きてしまったら、もう仲直りをしたくても出来なくなってしまう。そういうのを見たくないだけ」
「あっ………………」
どうやら、未来は地雷を踏んだらしい。
自分の浅はかさに思わず嫌悪していると、顔に出たのか、拓海は慌てて「あぁ、ごめん。別にうちの両親が死んでないよ」と補足する。
「あっ、そうなんですか」
「うん。もう随分と会ってないけど、多分元気にしてると思う」
そう聞いてほっと息を吐く。
同時に、別の疑問が浮かび上がってくる。
――ならどうして、あんな悲しそうな顔をしたのだろう?――
そう思っていると、拓海は困った顔をして顔を隠すように俯き、
「ただ、ね。生きていたとしても、どうにもならなくなることだって、あるんだよ」
悲しそうで、寂しそうで、でも何も宿していない目で、そう笑った。
「まぁ、そんなことはどうでもいい。今考えるべきことは別にある」
「……そう、ですね」
へたくそなごまかしに、未来は黙って頷く。
この問題には、夢の話云々以上に、下手に首を突っ込まない方が良い。
そんな気がした。
(これは、真里華さんか、相坂さんに任せる他ないですね)
「それじゃあ、改めて先生を納得させる方法を一緒に考えよう」
「は、はい!」
だから未来はこの事を頭の隅に追いやり、当面の事を考え始めた。
***
数十分後。
「……駄目だ」
拓海はその場で這いつくばって叫んだ。
「全然思い浮かばねー!」
「ははは…………」
拓海の様子に、未来は苦笑する。
ちなみに明は、そもそも相談に乗っている時点でつまらなさそうにその場でねっ転がっていたので論外。
「執筆の事と、戦いの事、そしてなにより真里華の事だけは頭が回るんだけどなぁ…………」
それ以外がポンコツ、というか脳が他に処理をあまり回そうとしないのは我ながら露骨というか。もう少しなんとかならないものか。
「なぁ、もう帰ろーぜー?」
「戦いの事しか頭にない魔術師(笑)は黙ってろ!」
最近人の事言えなくなってきてるけども!
「てっめ、人が気にしてることを!」
「じゃあなんとかしろ」
「無理」
「いきなり断言してるじゃねぇ!」
ってあぁ、また考えが吹っ飛んでしまった。
これもこの男のせいだと、怒りを露にしていると、なにやら未来が何かを書き始めていて……、
「なに書いてんの?」
「えっちょっ⁉」
悪戯半分に、熱中している未来の横からサッと盗み見る。
小説でも書いてるのかなぁ、と期待していたが、見た限りだと似ているようで違った。
どちらかと言えば、ポエム寄りであり、それにしては長い。
これは、
「歌詞?」
それも見覚え――いや、聞き覚えのない歌詞だから、オリジナルだろうか?
別にそこまで詳しくはないけど、確認がてらチラリと未来を見てみれば、観念したように肩を落とした。
少し恥ずかしそうにしているが、個人的には少しで落ち着いてる事に驚きである。
それはそれとして。思えば、さっきの歌も聴いた事のないものだった事を思い出す。
「ということは、もしかして今まで歌ってたのって、全部自作の?」
「はい。せっかく小説を書いているのですから、それを活かせないかと思って。音程とかはそれらしく乗りで」
「要するにテキトーに、ってことね」
「はい」
そうお互いに苦笑気味に笑い合う。
まぁ、歌詞に込められた気持ちを一番理解できるわけだから、聴いてるだけで心に響く。
それをさっき少しだけ聴いただけでもそう感じたから、他はそれらしくしておくだけで十分だろう。
「――いや、待て」
ふと、拓海は一つの考えに至る。
まずは確認だ。
「上野さん。今まで作ってきた歌詞って、全部自分の気持ちを表すように作られてたりする?」
「え? えぇ、まぁ。というか、そのまんま比喩も殆どなく書いてますけど……」
「ふむ……じゃあさ――――」
聞くと、未来は頷き、言う通りの歌が作れると言った。
ただ、時間が必要らしいので、その間に未来がうーろん――浪に見つからない事を祈るばかりだ。
それじゃあ、もう一つ。
「とりあえずだけど、一つ案というか、聴いてくれるシチュエーションを作れると思うんだけど……上野さん」
これは、一つの賭けでもある。
問答無用で聴いてくれない可能性も勿論あるし、なにより若干であるが、普通なら人道的にやめるべきことでもある。
それも、彼が気にしない人であるならそれまで。あまりにもデメリットが多すぎる。
だがそれでも、今拓海にはこれ以外の有効案に気付けないから。
だから、提案しよう。
「人前で歌を歌うのって、まだ厳しいかな?」




