第五章・意味①
――その夢に、意味はあるのか?
彼女はただ、その疑問の問いを探しながら、意味もなく住宅地を歩いていた。
かつて険しい顔で〝父〟からそう言われてから、その意味についてずっと考えている。
特に、〝私〟には考える必要があると思う。
恵まれた地位。
恵まれた環境。
――即ち、恵まれた人生。
それを全部投げ捨てて、新しくスタートするのには、きっと意味が必要だからだ。
とは言うものの、その意味が何一つ思い浮かばくて……。
だからこうして、彼女はブラブラと歩いていたのだ。
――ついにやってきてしまった、父から逃げるついでとして。
あまり思いつめるな、と傍らに立つ騎士は言う。
だがそうもいかない。なんせ問題の父も創喚者になったのだから、悠長なんてしていられない。
一刻も早く意味を、意義を、価値を見いだして、父に認めてもらわないと、ただただつまらない人生に逆戻りするハメになる。
それだけは、絶対に嫌だから。
「――――あれ」
気が付くと、彼女はいつもの場所に来ていた。
彼女にとって逃避の場所。彼女にとって憩いの場所。
彼女達にとって、出会いの場所。
ここで彼らとあってから、いろんなものが変わった。
それは形にはないもので、ただ少女の中であの日息づいたもので。
ここを見つけた時――この場に誘われた時――練習場としてうってつけとしか思わなかったのに、今ではこの一か月楽しい思い出を作ってくれた、大切な通り道だ。
その思い出の続きが途切れるかもしれないと思うと、焦って余計に思考がぐしゃぐしゃになりそうになる。
「気晴らしに、一曲歌えば?」
ふと、騎士/彼は提案を口にする。
確かに、それくらいならいいかもしれない。
歌えば気持ちがリフレッシュされるし、なんとなく考えがまとまる。
それに歌手になりたいと思うなら、その一環で歌いながら考えれば、思い浮かぶ可能性がある。
「それじゃあ……――――」
と、無難な場所に腰をかけて、深呼吸。
周囲を囲む木々を観客として、彼女は静かに歌い出す。
風が踊り、伴って木々が騒ぐ。
これからの事を思って、儚げに。
今までの事を思って、少し楽しげに。
彼女の心象を表現するその歌は、空間全体に響き、聴く人の心に染み渡る。
恐らく誰よりも聴いたことのあるはずの彼ですら聴き惚れており、静かに歌が終わりを告げても、数秒沈黙したまま。
しばらくして、漸く我に返った観客は、彼女に二人分の拍手を送り…………、
「――えっ⁉」
気付いた彼女は、騎士がいる逆方向――つまり、後ろであり、入口――へ振り向く。
するとそこには、この1ヶ月で親しくなった彼がいて……、
「いやぁ、凄かった。思わず聴き入っちゃったよ。良かったらもう一度聴かせてくれないかな――上野さん」
彼――拓海はそう笑って、彼女――未来とその騎士・明に言うのだった。
***
(やっぱりいた)
あれから亮に二人の護衛を任せた拓海は、――夢と現の交差点――に来ていた。
そこには予想通り探していた写真に写っていた少女――即ち、未来。それから明がいて、挨拶として来る間際に聞こえた歌を称賛する。
途中からだったから、もう一度最初からゆっくり聴きたかったのでリピートを要求したが、「すいません、気分が乗らないので」と、やんわりと断られてしまう。
「そっかぁ」と、割と本気で残念に思いながら、未来の隣に腰かける。
聴いてるとなんか新しい小説のインスピレーションが得られる予感があったから余計に、とは未練がましいので口にしないでおく。
(――で、だ)
とりあえず、警戒を解くために世話話から始めてみるか?
いや、そんなのは自分に合わない。というか無理。
周りが元々知り合いで固まっているなので、たまに拓海自身忘れてしまうが、若干コミュ障で根暗で脳筋なのだ。
そんな高度な芸当できるはずがない。
なら、
「上野浪」
「っ……!」
自分らしく、直球で本題に入るしかない。
「それで《うーろん》、か。中々に捻ったペンネームだと思う」
「……父に、聞いたんですか。私の事」
「いいや。単に君の事を探してほしいって頼まれて写真渡されただけ」
と、拓海は未来に高校の――姫凰学園の入学式の時に校門前で撮ったらしき写真を見せる。
「まさか、もう俺達が知り合ってるとは夢にも思ってなかったろうさ。学校も違うしね」
「一応、聞きますけど、連絡は」
「してない。ついでに言うとさっきまで一緒にいた亮にすら写真を見せてない」
ナタリアに彼の本名を聞いて、名字を聞いた時点で察している可能性があるが、まぁ拓海の考えも察して連絡したりすることはないだろう。
「……どうして」
未来は拓海が信じられなかった。
嘘を言うとは思っていない。だが何故そこまでして隠したりしたのかが、分からなかった。
「どうして、か」
拓海は理解しようとするように、答えを探るように復唱する。
だがなんてことはない。回答は既に拓海の中で出ていた。
「それは多分。少し前の俺と、上野さんが重なって見えたから、かな」
勿論、細部というか、色んな部分で違っているところは多い。
けれど、根本的には似ているように思えたのだ。
「だからってわけじゃないけど、できれば何を悩んでいるのか話してほしい。解決したり、励ますことが出来るかどうかは分からないけど、少なくとも気持ちを分かってやれる。共感できる。そういう人が一人いるだけでも違うものだから。
……それに、こういう事に関してはあいつは役立たずと見たからな。その代わりだ」
と、ジト目を明に向け、向けられたその人は参った参った! と言わんばかりに笑う。
そんな雰囲気にほだされてか、未来は顔が緩ませる。
(確かに、初めて会った時からどこかシンパシーじみたものを感じた)
思考も少しは解され、冷静になると、ふとそんなことを思い出す。
……信用してみよう。
まだ疑念はあるけど、ずっと一人(明はこういう事に役立たずなので除外)で悩んでいるより、誰かに聞いてもらった方が気持ちが楽になる。
もしも嘘だった場合はそれまでだったというだけ。
「……信じてますからね」
念のためプレッシャーかけると、未来は語りだす。
自分が見ての通り裕福で、言う通りにすれば平凡で幸せな生活が待っているけど、それは嫌だという事。
歌手という夢を抱いた事。
それを父に否定され、反論しようにも〝今までを捨てても良いと言う程の意味があるのか〟と言われた事。
その答えを、次会った時に聞くと入学式の終わった後に言われた事。
黙って、時折相槌を打つ拓海に、未来は包み隠さず悩みを打ち明けた。
「……なるほど」
――やっぱり似ている。
自分とは違い、才能があれば叶えられるものだけど、難しく考えすぎるところが、本当に似ている。
ただ、夢を諦めようとして、でも諦めきれなくて頑固になっていたか、夢を叶えようとして挫けそうになっていたかというだけの違い。
「ただ、一つ気になったのだけど」
妙な勘違いをしているようなので言っておこう。
「夢を叶えるのに、理由とか、意味なんているのか?」




