第四章・娘④
「……なんだよいきなり」
拓海が怪訝そうに聞くと、男――店主たるおっちゃんは、「悪い悪い」と絶対悪いと思っていないと思える謝罪を口にしてから、疑問に答える。
「いやぁ、前に見た時と違って根暗な見た目してるから、大人しくなったのかと思ったけど、口調から察するに何も変わってねぇんだなって、安心したんさ」
「……うるさい」
「おっ? なに? 昔の拓海の話?」
思わずそっぽを向く拓海。
対し、今の話に興味を持った亮が二人をきょろきょろとみている。
「おう、そういや最近まで見なかった顔だから、昔の坊主を良く知らないのか。
なら教えてやる。坊主はな、ガキの頃はそれはそれは、一生懸命出来る限りの善行を積もうとする、やんちゃ坊主だったんさ」
そんな彼に、おっちゃんはニコニコと、まるで自慢するように語りだす。
「――へぇ。ガキ大将だった、ってのは本人から聞いてたけど、やんちゃね」
「おうよ」
「小さかったから、落ちてたゴミをゴミ箱に捨てに行ったり、大したことはしてなかったけどな」
と、、そっぽを向いたまま拓海はおっちゃんの言葉に補足を入れる。
その頬は、少し赤い。
「周りの方がしなかった事を、たっくんがやってたのですから、〝大したこと〟にはなりますわよ」
「しかもどんなに面倒くさいことでもニコニコと笑ってやってたんだから、まぁ、うちらみたいなのには当然好かれるんよな」
この二人だけじゃない。かつての拓海は、この町の皆に好かれていた。
今となってはほとんどの者が記憶からすっ飛んでしまったのか、今の拓海と結び付けたくないだけなのか、知るものはそういないけれど……、
拓海もまた、町の象徴であったのだ。
「でもよ、拓海。確かアンタ、同じような事を今に至ってもしてるんじゃなかったか?」
恐らく、三笠達が話していたような学園でのことを言っているのだろう。
一ヶ月前の怪我の原因を説明していた際、真里華と時亜が割って入って、余計な補足をした為、亮も知っている。
それらは確かに善行。人助けとも言える。
だが、
「同じ、とは言い難いな」
拓海はそれらを別に分けた。
「どうして」
「あえて言うなら、意識の違い、かな。今でもしていたような事はもはや癖みたいなものだったし、なにより、かつての俺はヒーローを目指していた。
一か月前までの俺は、ただ現実から、目指している夢から目を背けるような臆病者だった。
多分だけど、その癖も、自分を誤魔化す為に必要なプロセスだったんだと思う。
だから――」
同じモノには出来ない。
意味のない線分けだが、拓海にとっては、ケジメみたいなものだった。
夢だけを見つめていたがむしゃらな自分。
夢から背けて、現実だけを見て賢くなったつもりの自分。
それらは別の自分で、これからの拓海も新しい、違う自分だと。
現実を知っても尚、夢を見続けるヒーローになるのだと、そういう意味を込めて。
「――で、二人はもう頼んだんだっけ?」
それを口に出すことなく、飲み込んだ拓海は、放置していたナタリアと沙良に問う。
突然問われて若干戸惑いつつ頷く二人を見て、自分の分も頼みつつ会計。
「って誤魔化せると思ったか! オレが一番聞きたいのは、やんちゃの部分だ!」
「チッ」
誤魔化せなかったか……。
おっちゃんからお釣りを受け取りながら、舌打ちを一つ。
「おぉ、そうだったそうだった」というおっちゃんの言葉を聞いて、あと一押しだったのにと、少し歯ぎしりする。
「ふふ…………」
この一連のやり取りに、困ったような表情でナタリアは笑う。
ただ、その眼は穏やかで、優しいというより、嬉しいという感情を感じる色を宿していた。
***
おっちゃんの妻たるおばちゃんが焼いたミニカステラの入った紙袋を各自頼んだものを持って、近くの公園に。
「――――はぁ」
以前亮が座っていたベンチに拓海はドカッと座り込み、疲れのこもったため息が零れる。
あの後結局、昔の自分のあれやこれやを晒されたのだ。誰だって恥ずかしさで精神的に参るはず。
と、紙袋を開け、なにも入っていないプレーンなミニカステラを一つ口へ放り込みながら、目の前で苦笑する亮を睨む。
「……悪かったって、そう睨むなよ」
「そう思うなら、キリの良いところで話をやめればよかったよな?」
「まさかこんな長々と話が続くと思わなかったし、なんか収拾つかなくなって止め時を失った感あったし……オレ個人としても最後まで聞きたかったし」
最後の一言で、反省してないと分かった拓海は、深いため息をもう一つ。
あれこれ言いながら、チーズ入りのミニカステラを次々と頬張る事をやめない亮に、拓海だけでなく沙良と拓海の隣に座るナタリアも呆れた様子だ。
拓海は、目線を周囲に向ける。
依然と違い、人はいるが少なく、子連れの家族が少数いるくらいだ。
「………………」
そこから目線を逸らし、別方向へ。
今後は人のいないこの広場は、少し夕暮れが顔を出し始め、青空に赤色が滲み始めていた。
そう。この通り。あれから昼ではなく夕方を迎えており、最低でも一時間はあそこで世話話をしていたということなのだ。
「やっぱ、いくら客が早々来ないからといっても長居しすぎだよなぁ。退いた理由も、単に漸く次の客が来たからだし」
「うぐっ」
おかげで足が棒になりそうだった。
騎士は平気そうだったが、騎士だというのなら、こちらの事を少しでも配慮してほしいものである。
「だがまぁ、態度では一切感じられないけど、一応反省しているようだし、許してやる。
その変わり。というわけじゃないが、リア姉と二人きりにしてほしいんだ」
今から話す内容は、ナタリアのプライバシーにも関わってくる。
いくら騎士とはいえ、姉弟の話を他人に聞かせるのは少し憚れる。
全部が全部信頼できるというわけでは、流石にまだないのだから。
「それで許してもらえるのなら、返事は了解だ。一応、結界しておくか?」
「必要ない。が、周囲に気を配る事だけはしておいてくれ」
「言われなくても」
そういくつか言葉を交わした後、亮は沙良の肩を叩く。
その意味を正しく受け取った沙良は拓海とナタリアに一礼し、立ち去る亮に着いていった。
「――さて、と」
その背を見送った拓海は呟く。
案件はたった一つだけ。
本来なら、例え拓海でさえ聞く必要のない。いや、聞いちゃいけないものだ。
「呼んだ理由は分かってるだろ?」
「えぇ」
だけど、昔の彼女とは打って変わってしまった口調、行動力。
それに、端から見れば儚げに見える、拓海達からすれば憔悴している様子の顔色を高校入学と同時に久しぶりに見て察してしまった拓海は、聞かずにはいられなかった。
「それじゃあ聞かせてくれ。リア姉が叶えたい願いって、なんだ?」
多分、彼女は――――。
「勿論、〝今の地位を捨てて、新しく普通の暮らしがしたい〟ですわ」
ありとあらゆる呪縛から、解き放たれたいのだ。




