第一章・創喚⑥
玄関に向かい、靴を履き替え、そして下校通路を歩き続けて暫く経った頃。
周りに碧海の生徒が誰一人としていなくなった時、真里華はふと、思い出した様に言う。
「そういえば、さっき真剣な顔でスマホ見てたけど何かあったの?」
「あぁ、ちょっと楓と取り引きをしていてな。さっきそれが成立したところ……って真里華?」
「ふーん、そう」
(あっれぇ……?)
質問に答えると、また真里華は機嫌を損ねてしまった。
なんでだ? 何がいけなかったんだ?
そう、拓海は自問自答を繰り返す。
少し前であれば、どんな事だろうと分かるくらいに真里華を知っている筈だった。それこそ、真里華を産んでくれたご両親と同じくらいに。
なのに、どうしてだろうか。時々真里華の事が分からなくなる事が多くなっていた。
誰よりも一緒にいたのに、
誰よりも分かち合って来たのに、
分かりたいのに、分からない。
それが少し……いや、かなり寂しく感じてしまうのは、仕方のない事だろう。
(やっぱり、俺達は一生ずっとにいるって事が出来ないだろうな)
我ながら、潔いくらいに諦め癖が付いたものだ。
だが、こればかりは運命だと、拓海は思う。
ならば、せめて。
(未練たらしく、真里華の頭にずっと残るくらいに良い思い出を作っていかなきゃな)
そう思うと、なんだか今なら少し大胆にいける気がした。
「真里華」
「……なに?」
「手、繋ごっか」
「………ふぇ?」
「だから、手。繋ごう?」
「…………」
二回言うと、石のように固まった真里華に拓海は、微笑ましそうに笑うと、彼女の冷たい手をそっと優しく握る。
「―――ッッ⁉︎⁉︎」
すると今度は顔も耳も真っ赤に染まり、真里華は二人を繋ぐ手を見ながら、何やら悶える。
小さい頃は良く手を繋いだというのに、初々しいというか。
(そんな反応されると、こっちまで恥ずかしくなるじゃねぇか)
いくら大胆になれると言っても、相手が予想していなかった反応をしていると、これ以上進む事を躊躇ってしまう。
だが、ここまでやったからにはもう引き下がれない。
「なっ、なななななんで急にっ」
「いや、だったか?」
「えっ、あっ、いや、その、えっと………」
(失敗したかな……)
急過ぎただろうか。幼なじみだろうと、家族だろうと、いきなりは萎縮してしまうものだったはず。
となると、もう少し順序とか踏んでいかないとダメだろうか?
(反省しなくちゃな)
そう思いながら、握った真里華の手を離そうとした。
「あっ、待って!」
――その時、逆に真里華が、拓海の手を強く握った。
「……真里華?」
「……嫌じゃ、ないから」
「えっ?」
「だから――! 嫌じゃない、って。拓海と、手を、繋ぐの…………」
そう真里華は恥ずかしそうに言って俯く。
「…………そっか」
(くそっ……なんだよそれ、卑怯だろっ)
これでは、真里華の事を完全に諦めきれないではないか。
他の事はサッパリと諦めることが出来たのに。
真里華の事だけは、こうしてズルズルと想いを募らせ続けてしまう。
(こりゃ病気だな……真里華に彼氏とか出来たら俺どうなってることやら)
そんな事を思い苦笑しながら、拓海は真里華の手を握る手にもう一度力を入れる。
すれ違ってばかりの二人は、無意識に強く。もう離したくないと言わんばかりに、強く手を握り合っていた。
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