第四章・娘②
「まぁ、物語をぶち壊す云々はともかく、わたくし達は仲間です。少し驚いたくらいで拒否したりなんて致しません。むしろわたくし達は反省すべきなのです。先ほどはああ言ってくれましたが、やはりそう割り切れるものではありません」
気にしなくても良いのに、頭が固いなと騎士一同は思った。
なんせ元々彼らはそれ以上に、道具扱いされる覚悟があったわけだし、少し嫌悪されたところで傷付いたりすることはない。
しかもその嫌悪感をすぐに消し去って仲間として見てくれるのなら、嬉しい限りだ。
だから、
「なら、いつも通りに接してくれ。それだけで、騎士達は戦う為の力が湧く」
もっと彼らと居たいから。もっと現実に居たいから。
なにより、今を壊したくないから。
「それだけで、良いのですか? もっと欲張ったり、罵ってくれても構いませんのよ?」
「ああ、良いんだ」
その感情さえあれば、オレ達に芯をくれるから。
だから――、
「……分かりました。ではそうさせもらいます」
「ありがとう」
だから、抗おう。
亮は隠れて誰にも見えない手は拳とし、決意と表した。
拓海はそんな亮を横目に、グリモワールと化した本を閉じようとして、
「――? ステータスは見ないのですか?」
耳に飛び込んできた、不思議そうな声に手が止まる。
いや、止まったのは拓海だけじゃない。
ナタリアと沙良以外の者達が挙って静止する。
「すてー、たす? ステータスを見るって、つまりそういうことだよね?」
「もう水無月沙良さんってば、ここはゲームでもなんでもないのよ? 貴方達なら、あるいは見れるかもしれないけど、私達はここに生きる人なんだからVRゲームでもやってない限り無理に決まってるじゃない。ねぇ、拓海?」
「………………あぁ、そうだな」
確かに、本来ならば見れるものではない。
だが、拓海は覚えている。
初めて亮を創喚した時、正確には創喚者になった時。
あの時、脳裏に妙なモノを刻まれたように錯覚した時の事を。
あの文字列は、まるでゲームのステータス表記の様だった事だって、昨日のことのように覚えている。
正確には思い出した、が正しいが、それは置いておく。
サッと、亮達の方を向く。
すると彼らは反射的に拓海から顔を逸らし、わずかに見える顔色は若干青いように思える。
あの冷静沈着のイメージが根付いていたサトルでさえ、焦るように目をあちこちに忙しく走らせていた。
「ほう?」と、妖しく目を光らせる楓が一瞬目に移り、ちょっとだけ同情してしまうが、自業自得なので内心で合掌しておく。
それより。
「…………なぁ、亮」
「はい」
「なにか、忘れてる事、あるよな?」
「はい」
「それって、今言ってたステータスのことだよな?」
「……はい」
「なにか言う事は?」
「すいませんでした……」
にっこりと笑みを向けながら質問し続けると、亮達が並んで土下座した。
こんな情けない姿、こんな時に見たくなかったなぁ。
「なんだあの無機質な笑顔こっわ」
「――なんか言った?」
「いえ、なにも!」
敬礼して元気よく返事をする亮に、思わず嘆息。
なんというかもう、台無しである。
「…………で? 詳細は?」
「はい! ではまず、目次を開いてく、ださい」
機嫌を直したい為か、慣れてないと丸分かりの敬語で指示してくる。
内心イラッとしながらそれを抑え、言う通りに開く。
そこには、見慣れた目次があり、最初から最後までの話数が並んでいて、そのせいで目次だけで二、三ページ消費されてしまっている。
「目次最後に、不自然な空きがない、ですか?」
「あるけど、その前にその敬語やめろ。腹立つ」
行数で言えば、二〇行辺り。
RPGなどのようなステータスを書いても、魔法などを表記しなければ十分足りる量だ。
「それじゃあ遠慮なく」
「やれとは一言も言ってないが」
「……あー、えと、とにかくだ。その空きに指一本だけで良いから触れながら《表示》と唱えてみてくれ」
まぁ直したことだし良いだろう。
黙って素直に従う拓海はその空きに人差し指をトンと置き、
「表示」
その通りに唱ってみる。
――するとそこから仄かに光が溢れ出し、その光の形に沿うように文字が浮き出してきた。
一度は見慣れない、まるで暗号のような文字が現れ、一瞬文字は混ざるように変化すると、あっという間に日本語、英語と言った慣れ親しんだ文字へと変わった。
以下が内容だ。
――ステータス――
以後、ステータスに変化があれば、リアルタイムで追加、削除、変更がされる。
尚、この注意文は一時間後に消失する。
創喚者・紫苑拓海
騎士・相坂亮
本銘・トゥルーファクト・ウォー
種類・ファンタジー
色識別・黒
適正ランク・C→B
本質・二〇(初期レベルレベルMAX)
――機能解放――
・
・
・
・
「ふむ……」
パッと見て気になる事が三つほど。
細かく聞くとなればもうちょっと増えるけど、とりあえず要点を聞いていこう。
「まずは、このお前らが説明し忘れていたものであろうブックレベルについて教えてくれ」
「了解。まずブックレベルは、まぁそのまんま創喚者……いや、正確にはグリモワールの熟練度を表したものだ」
頷いて、いつもの返事をすると、亮は一拍置く事もなく話し始める。
「グリモワールの?」
「もっと言えば、オレとアンタの戦闘経験から得られた情報を、レベルとして分かりやすく数値化したモノ、とも言うかな。これ以上分かりやすく言うのは、オレには出来ない」
「意味合いとしては伝わったから大丈夫だ」
……多分。ここは口に出さないでおく。
拓海、亮、グリモワールのレベルというのは理解したが、意味は分からない。
「STRとか、VITとか、ステータスに良くある能力値がないところを見るに、レベルが上がったところで俺達自身が強くなるってことはないんだろう?」
「あぁ」
「じゃあ何のためにあるんだよ?」
「それはそこにある下の項目の為だ」
と、近寄ってステータスの下にある、四つの空欄がある機能解放という項目を指差す。近いが気にしないでおく。別にここに腐女子がいるわけでもあるまいし。
「ここの機能は、一定のレベルに到達すると解放されるものでな。そのレベルがいつか、そしてどんな機能が解放されるのかはオレの脳にはインプットされてないが、とても頼りになるものだと、インプットされた情報から神様が訴えてる」
「ふぅん?」
そこまで言うなら、その時に期待しておこう。
「じゃあ、この初期レベルってのは? なんかレベルマになってるようだけど」
「それは単純に、作品の完成度を意味してる。どれだけ面白いか、どれだけ描写が上手いか、どれだけ心に訴えかけてくるかで反映される。が、完結すれば問答無用でマックスになるから、そこらへんはどうでもいいか。ちなみに、MAXレベルは一〇な」
つまり、一ヶ月経ってまだレベル一〇ほどの拓海達の戦闘データしか集まっていない、ということらしい。あれだけの鍛錬と戦闘を経験して尚もこうなら、先は長そうだ。
「あっ、ステータスに関係がなくても、レベルが上がれば上がるほど、次のレベルまでの道のりが長くなるらしいから気を付けて」
…………本当に、長そうだ。
少し、いやかなりげんなりした様子の拓海は、ため息を吐くと、「で?」と続けて問う。
「なら、ここの適正ランクが上がっている理由は?」
「それは単純に初期レベルが上がったから、特典としてだと思う。これにより、多少なりとも簡易な描写された複雑な能力がいくつか使えるようになってるはずだ」
「でも、Sには程遠いし、なれないんだろう?」
「当然。それだけ壁は高いからな」
ここまで聞いて、もう一つため息。
分かっていたから、そこまで落胆していない。少し甘い考えを持ってた自分を恥じたけど、それも関係ない。ただ単に、一息吐いただけだ。聞きたい事は聞いたから。
現に、周囲から感じていた視線の圧もなくなっている。
――まぁ、もう良いだろう。
「聞きたい事は聞いたし、もう楽にして良いぞ。許してやる。俺はな」
「うっし」
「はぁ」
「ふぅ」
「やっター」
「……………………」
ほっと安堵の息を吐いたり喜びを体現する中、最後に呟いた言葉を聞いて、サトルだけ真っ白に燃え尽きてた。
ちょっと笑ってしまった。




