第三章・生徒会⑧
「飛翔」
つま先で、地面を軽くトンと叩く。
すると沙良の身体が浮き始め、屈み、ジャンプするように空へと飛んでいく。
そして停止。時計塔より少し上辺り。
ゆっくりと、切っ先を楓に向ける。すると五本の浮遊刀は向けた小太刀を囲い、回り始める。
初めはゆっくりと、徐々に速度上げていく。
同時に、沙良は小太刀にエネルギーを注ぎ込んでいく。回転速度を未だ上げている浮遊刀のおかげか、骨子一つ一つに早くも浸透し、血液の流れのように循環する速度も上がっていく。
そして、五本で出来る循環速度の限界に達した、が。
(……足りない)
足りない、足りない、全然足りない。
これでは彼女に届かない。
注ぎ込んだエネルギーも、浮遊刀の回転速度も、循環速度もまるで足りない。
循環速度を上げることで、骨子に浸透するエネルギーの質を上げることができ、回転速度を上げることで小太刀に乗せる速度を上げることができ、エネルギーの量で彼女のやろうとしている事の範囲を広げることができる。
五本の浮遊刀だけで安全に出力を上げられることができるのは今が限界。
これだけでも、周囲の人形全てを消し飛ばすくらいの威力――もう少し具体的に言えば、山に大きな穴を開けるくらいわけないだろう。
(それでも、足りない)
確信を持って言える。
たったこれだけじゃ、楓に勝利するのは愚か、傷一つつける事が出来ない。
その証拠に、見上げて沙良をみる楓の表情は至って平常。余裕そう、というより余裕なのだろう。沙良の様子を面白おかしく見守っている。
今の五本の浮遊刀は、謂わば安全装置の役割も担っていて、沙良に掛かる負担を変わりに背負っている状態だ。
つまり、限界に達している今、これ以上出力を上げれば安全装置の枠から外れ、沙良の肉体を蝕むだろう。
それでも、そうしなければならない。
何故なら高出力のエネルギーを童子切という媒体を使って間接的にも放てば、ほぼ間違いなくサトルが姿を現すと推測されるからだ。
それも、さっきより強くなって。でなければ、創喚者の危機を放置してまであんな棺桶なんかに入ろうとするはずがない。
(私たち二人が見えているこの好機は偽物で、少しでも楽観視して放てばすぐにでも霧散する脆いモノ。ならば放たず慎重に行動した方が賢いのかもしれない。だけど……)
いや、だからこそ。今必殺を放たねば勝ち目は一片すら残さずなくなってしまう。
ならば――――、
「――開放」
枠を越え、浮遊刀一本分の速度と出力を上げる。
バチッ、と力が軽く弾ける。
――、まだ。
「開放……!」
もう一本、追加。
大きくプラズマが弾け、童子切を持っている手の指先が燃えるように熱く激しい痛みに襲われる。
ま、だ――、まだ――――、っまだァッ!
「解放ェエッ!」
さらに追加。
プラズマは暴れ狂い、肉体のダメージは沙良のキャパシティを越えて一瞬意識が遠のく。
それを歯を食いしばって耐え、そして微笑んだ。
「…………その顔が、見たかったっ」
沙良の視線は、楓に向く。
そこには、さきほどの表情はどこへやら、険しいものとなって沙良を睨んでいた。
しかし、彼女にはここに手が届かない。人形を送り込むことも出来ない。方陣の効果は、空中であろうとも関係ないのだから。
現に、飛びかかったきた西洋のドラゴン人形が墜ち、真下にいた人形が下敷きになっている。
ならば後は標準を合わせるだけ。
だが、それも一筋縄ではいかない。
「――っ、く、っ、ぅぅうッ、――――⁉」
差し伸べている右手が大袈裟に震えて、狙いが定まらない。
無理矢理三本分増やした弊害だ。無理をするというのは、その後だけでなく道のりも険しいもの。
沙良だってそれは十分理解しているが、ドンドン増えていく負担に潰れそうな身体を思って、弱音が零れそうになる。
だけど、それは許されない。許すわけにはいかない。
沙良は右腕を押さえ込むように、左手で二の腕を強く掴む。
右腕と、近づけた間接までの左腕の袖が、力の圧力を受けて破れるように消し飛ぶ。
右肩からピンクのブラのひもが見え隠れするが、気にすることなく目の前に集中する。
――そして。
「――固定」
光の輪となって回る浮遊刀達と、その中心の童子切が、その場で固定される。
その先はしっかりと楓に向いていて、一切のズレもない。
「昇華――」
ならば、と口ずさみながら、力の圧力から解放された右拳を握り、肘を思いっきり引き絞る。
さぁ、括目せよ。
これより放たれるは太陽の剣。
鬼を殺したその刃は、今この時だけ、神器の名を語ろう。
その名は――――、
「〝草薙〟ッ――!」
腰を捻り、勢いを乗せた拳を童子切目掛けて放つと、殴った柄頭から抑えられていた力の圧力が解放され、まるでロケットのように発射された。
同時に、右腕から連続して嫌な音が響く。
だがそれもすぐにかき消され、轟音と暴風をまき散らしながら、ロケットと化した童子切は目標目掛けて進んでいく。
その先を遮るように、人形が連なり壁となる。
それも意味を成すことなく、童子切はドンドン勢いを増していく。
ロケットは光を纏い始め、やがて流星へ。
一閃を描く流れ星は、再び壁となった人形を突き破ると燃え滓とし、何度も連なる人形の壁を障害と思わず、加速していくそれはついに目標に着弾すると音が消え、
『……――――――――――』
――鼓膜を破る爆音と共に、視界全体が真っ白に染まった。
***
しばらくすると、眼はぼんやりと別の色を塗り始める。
騎士としての自然治癒によって、徐々に鼓膜は元に戻り、籠った音が耳に入ってくる。
ふと、なにか割れた音が聞こえる。ぼやけた目が捉えたものから察するに、未だ耐えていた浮遊刀がついに限界を越えて壊れてしまったのだろう。
まず、視界が戻る。
目の前に広がったのは、半ば崩れた時計塔と、人形だったものらしき黒い灰。それと中央に熱で真っ赤になった童子切が突き刺さっているクレーターだった。
剥き出しとなった地面は焼け、残り火はゆらゆらと揺れている。
この惨劇を作ったのは、あのたった一撃。目標を一点に絞らなければ、この場は跡形もなく消し炭になっていただろう。
それもそのはず。なんせあの草薙は、かの草薙の剣の送り主をイメージされた、太陽の熱を招来する禁術に近い代物なのだから。
「――っ、ぅ」
段々と冷静になってきたところで、右腕から痛みが湧き上がってくる。
ちらっと観察してみる。もはや腕としての原型を留めていなかった。
まるで捻じれたような、押しつぶされたような形となっていて、赤黒い血が流れ、肉が垣間見え、皮膚が青黒く染まってしまってる。
「……ここまでいくと、切り落として霊体を再構成した方が治しやすいですね」
と、言った着後に左手は鬼切を引き抜き、間髪入れず切り落とした。すると腕は落下しながら粒子となって消える。
血が溢れ激痛が襲うが、想定したほどではない。
既に神経は切れかかり、血は出るだけ出ていたらしい。
不幸中の幸いと思って、退魔術で止血等の応急処置を施しながら、地面に降りる。
「無事ですか、創喚者」
するとそこに伏せるように俯せになって居たナタリアに声をかけると、「え、えぇ」と呻くような声で応える。
「なんとか無事、技能の防音隔離型バリアを張ることが出来たので、耳も眼も無事です。ただまぁ、衝撃だけは逃がす事が出来なかったみたいで、未だに身体中が痛いし頭もまだ響いてます……」
「なるほど、軽い脳震盪、ってところでしょうか。後で私の腕を再構築するついでに診てみましょう」
「そうした方が、良さそうですわね……」
とりあえず今は、別の事に目を向けるべきだ。
周囲を見回す。
探しているのは一人。もしくは二人。
しかし影も形もない。それでも二人は警戒を解かない。いや、むしろ強めている。
あの女が、大人しくやられるなんて到底思えない。きっと無事なはず。拓海がこの場にいれば、同じことを言っただろう。
だって――、
「だって私は、化け物だからね」
彼女の声が場に響く。案の定、無事だったようだ。
一世一代の大勝負は、失敗に終わったらしい。
仕切り直しだと、沙良とナタリアは武器/本を持つ手に力を込め、勢いよく振り向いて――
そして、眼を見開いた。




