第三章・生徒会⑦
あの光景を拓海達が見た時から、少し遡って。詳しく言うと人形劇が開幕してすぐ。
月明かりに照らされるところに、動く影が一つ。
影は時折火花を散らしながら、鼠のように動き回っていた。
「くっ――――!」
その影の正体である沙良は、頭上の気配に気付いて苦々しい表情を浮かべながら、後ろに跳んで跳んで跳ぶ。
――すると間髪入れず、沙良がさっきまでいた場所に、三体の人形が剣を突き立ててきた。
空振ったことで人形たちは停止したりすることなく、流れるような動きでそのまま追撃。
額に汗を滲ませながら、浮遊刀三つを動かし防御すると、地面がひび割れ、風は突風となって周囲を荒らす。
「人形の癖に、なんて流麗な……!」
何度言ったか分からない愚痴を零しつつ、舌打ちしながら浮遊刀で三体の剣を弾き返す。
すると人形たちは体勢を崩し、その隙に人形の頭を串刺しにした後、そのまま線を引くように縦に両断する。
だが、息つく暇もなく、後方から新たな人形が襲い掛かってきて、それも浮遊刀で真っ二つにする。
しかし、それが仇となる。
「ッ――――!」
浮遊刀という護衛がいない隙に村人型の人形が一人、沙良の目の前に現れ、一瞬の剣戟が始まる。
その際何度も生じた爆ぜる風で周りの人形が吹き飛ぶ中、対面する人形は沙良の左肩と左頬を斬りつけ、お返しに人形の頭を斬り飛ばす。
動かなくなった胴体を蹴り飛ばし、左手の甲で頬から流れる鮮血を拭っていると、沙良の四方から狼型の人形が跳びかかってきて――――、
「油断大敵、ですわよ」
声と共に、人形は飛来するコインに撃ち落とされる。
それを驚く事無く、沙良は周囲の人形を刈っていた浮遊刀五本を定位置に戻し、落ちてきた人形を串刺しにした。
コインの飛んできた方向を見ると、そこにはナタリアが立っていた。
動き回る沙良に必死に着いていこうとしていたみたいで、額には汗がびっしりと流れている。
「……あれくらい、ワタシになら可能でした」
「それにしては、一瞬気が緩んでいたように見えましたけど?」
「…………」
ぐうの音も出ないと、沙良は押し黙る。
両断したナタリアは彼女を見ておかしそうに笑う。
油断しているように見えて、背中を合わせ、周囲を警戒しているところは流石武闘派と言えるだろう。
「……して、どうするつもりです?」
ふと、ナタリアが問う。
その表情も先ほどと違って真剣味を帯びている。
「勿論、赤の創喚者を仕留めます」
「それくらい分かってます。私もそれくらいしか打開方法は思いつかないですし。私が聞いているのは、先の事ではなく、今の事です」
言いながら、視界全体に広がって見える、夥しい数の人形達に目を向ける。
「家達楓をなんとかするには、まずこれらを押さえる方法を見つけない限り、勝ち目はありません」
「そんなことは分かっています。ですが、解せない……ッ」
ギリッと歯ぎしりする沙良の気持ちも分かる。
さっきも見たように、性能だけなら一撃で破壊できるくらいで大したことはない。
だが、あの有象無象には、それらを帳消しにするものを持っていた。
「なんだってあんな人形風情に、ワタシ達と同等レベルの技術が備わっているのですか…………!」
そう、戦闘技術だ。
普通ならば人形が持ち合わせる事は叶わないそれを、この人形共は容易く振るってみせたのだ。
それも数体ではなく、全ての人型人形に備わっているのだから、沙良とナタリアが攻めあぐねるのも当然と言えよう。
他人形も、絶好のタイミングで襲い掛かってくる為、沙良程ではないがナタリアも生傷が徐々に増え始めている。
……あぁ、そうだ。この二人は分かっている。気付いている。自分の出した疑問の答えの検討は付いている。
だが、それから理性が目を背けている。
それはそうだ。なんせあまりにも馬鹿げている。それが正解だと言われても信じられるはずがない。
明らかに後衛気質な創喚者が、騎士に匹敵する技術を持っていて、しかもそれを自分が操る人形全てを使って披露するなんて事、誰が――ッ、
《そりゃ、私にそれなりの剣の心得があるからに決まっているだろう?》
――突如、脳内に声が響き渡る。
それは、間違いなく楓のもの。頭の中から聞こえてくる理由は、心話によるもので……。
《おっと、地獄耳だとか、そういう事ではないよ。いや、確かに耳は人より良いとは自覚してるけど、実は君たちの近くにいる人形と感覚を共有させているというタネありなのさ》
そういう、何故か聞いていて苛立つ彼女の説明を聞きながら、いつもなら思い浮かびそうな悪態が出てこない。
それはそうだろう。理性があり得ない、あり得ないと駄々をこねて否定しているけれど、楓とは拓海程ではないにしろそれなりに付き合いがある。だから、彼女が下手な嘘を吐かないということくらい知っている。
……つまり、ただ人形を斬って斬って斬り続けたところで、先には進めないし、楓の元にはたどり着けないということに他ならない。
――――なら。
《で、どうする?》
彼女は問いかけてくる。その声音はどこか楽しげだ。
ナタリアが楓を知るように、楓もまたナタリアを拓海程ではないが熟知している。そもそも、拓海がいなければ二人は会う事もなかっただろうし、こうして睨みあう仲にもならなかっただろう。
と、今は関係ないことを思いつつ、楓のいる方向に向かって、ナタリアはニヤリと笑ってみせた。
「――目に物見せてあげますわ」
《そいつは楽しみだ……けど、別に邪魔しても、文句はないよね?》
楓は一旦止めていた人形達を一斉に動かせる。
頭が不愉快な感覚で揺れている錯覚を受けているが、何度も経験しているし、平気そうだ
。
――その感覚は、結界を張った時と同じ。無詠唱と同じくらいの負担だというのに。
閑話休題。
(さて、どう出てくるかな?)
どうするつもりか知らないが、さっきと同じ事はしてこないだろう。ナタリアは無駄な事はしない主義なのだから。
かと言って、この人形をどうにかしないと、どの道勝ち目はない――――、
「……………………なに?」
ナタリア、沙良の近距離にいる人形達が、揃って身動きが取れなくなっていた。
こちらの操縦も受け付けない。というより、ナニカ得体の知れないもので押さえつけられているような感覚がある。
「――技能、呪符・星縛」
その正体は技能。
沙良とナタリアの足元に大きな六芒星の方陣が敷かれ、そこに人形が足を踏み入れた事で効果が発動し、金縛りのような形で縛られていたのだ。
楓も、他の人形と視覚共通をして、それを把握している。
これで、「今」二人の邪魔をするものはいなくなった。
「創喚者」
沙良はナタリアに問う。
敬称で呼ぶだけだが、流れからして何を聞いているのか分かっている。
「……えぇ、思う存分やりなさい。まぁ、でも私のことくらいは気にしてくれると助かりますが」
おどけて言うナタリアにくすっと笑みを浮かべ、
「――――承知ッ!」
途端、左手の鬼切を納刀。
右手の童子切をくるっと回し正しく持つと、背の浮遊刀に命ずるように一度振るう。
すると浮遊刀は沙良を中心にゆっくりと回り始める。




