第三章・生徒会⑥
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「はっ……、はっ……、はっ…………!」
走る、走る、走る。
周囲は真っ暗で疑似的な月の明かり以外の光のない中、目の前で連なる階段をがむしゃらに、やけくそ気味に駆け上がっていく。
なんせこれで階段を上るのも五回目だ。身体強化のおかげもあって体力より先に意欲が尽きる。
後ろでお供してくれてる彼女も、顔が暗い。というか疲れからか引きつってる。これで駄目だったら、体力より我慢が限界を迎えて、実力行使をするしかなくなるだろう。もっとも、彼がそうしたいだけなのだが。
「――――ぉっと」
階段のその先に僅かな光が点り始める。どうやら終点だ。
もう少し急ぐと、もう何度もみたドアが一つ。
ドア窓から溢れ出す光を道しるべにするように上り、ドアの前で減速しつつも、勢いのままドアノブに手を掛け――――、
「――――よっっっっし‼‼」
捻り、飛び出すように開け放つ事が出来た。
他の扉では、捻ることが出来なかったから、拓海は思わず雄たけびを上げそうになる。
「はぁ、もうこんな博打はこりごり……」
後ろで疲れ果てている真里華が、おんぶの要領で、抱き着くように拓海に寄りかかる。
「まったくだ」と相槌を打ちつつ、その軽い体重と、背中から伝わる柔らかな感触。そして微かに香る甘い香りに頬を赤める。
「まぁ、もうひと頑張りしないといけないけどな」
それを冷ます為に、拓海は若干出ていた甘い雰囲気をぶち壊すが如く現実を突きつける。
外から響いて聴こえてくる戟音と爆発音。
目の前に広がる螺旋階段が相まって、真里華もげんなりとした表情を隠せない。
ここは時計塔の中。その頂上とも言える場所。
いくらあの柔らかな壁で全包囲されているとはいえ、穴はあるはずだと思い当たった結果。あるとすればあの時計塔だと拓海は踏み、博打覚悟で裏に回って何のためにあるのか分からない無数の階段を昇り、予想通り無事に内部に侵入できたのだ。
……つまり、むしろ五つ目の階段で済んだだけ幸運だったほどなのだが、それは置いておく。
と、少し冷静になったところで、上下を確認。
上を見上げれば、見たことのないほど巨大な鐘とそこから垣間見える夜空があり、下を見れば暗い暗い時計塔の中があり、螺旋階段とその先にある点くらいにしかみえない地面は背筋を凍らせる。
「……一応聞くけど、防御系の身体強化することを前提に、このまま飛び降りるとどうなる?」
「あー……まぁ、真里華も予想してる通り。例え身体強化しても未だ人間の域にある俺達じゃ、それはもうトマトを握りつぶすような感じに……うん。グシャッとなる」
「グシャッと?」
「グシャッと」
そっかー、と二つの乾いた笑い声が重なり、同じように二人はため息を一つ。
どうも、まだまだ割の合わない労働が続くらしい。
拓海は楓らしいコンセプトだと思いつつ、今頃内心こっちのことで爆笑してるであろう友達に呪詛を送ろうと思った。
「――――? あれ、なに?」
ふと、真里華が怪訝そうな顔で呟く。
拓海は誘われるようにその視線の先にある鐘――正確にはそこから見える外へ目を向け細めると、
「あれは……」
そこには、ドラゴンがいた。東洋のも、西洋のもいる。
それだけでない。ありとあらゆる生物らしきものが、確かにいた。
だが当然、本物ではない。遠目からみても分かる生地と目にあたるボタンが、それを示している。
「人形。パペット、で、良いのかしら? にしてはでかいけど。なんであんなものが……」
彼に問いかけるように真里華は呟く。
勿論、正解を聞こうとは思っていない。ただ、拓海の予想を聞きたいのと、どんなことでも良いのでもっと面と向かってお喋りしていたかっただけ。
しかしそんな思惑も虚しく、返答はない。
凝らすようにさらに目を細め、険しく。
ただ意味合いとしては呆れたような表情で、拓海はじっとその人形を見ている。
そんな彼に疑問符を浮かべる真里華を余所に、拓海は独り言う。
「……なんで、人形劇を。あの馬鹿、いくらなんでも本気だし過ぎだろう。……あーでも、見たところ脚本は自由劇だし、良いのか?」
「え?」
驚いた。どうも彼は、あれの正体を知っているらしい。
「あれがなんなのか知ってるの?」
「……あぁ」
聞いてみると、拓海はこくりとこちらを見ないで頷く。
「あれは人形劇。正確な読み方は―― Fairy Tale――。楓が使う、固有結界に値する魔術だ」
固有結界。
真里華も小説を書くにあたって、そういう魔法系のものに置ける基本設定は、粗方だが熟知している。
確か書く人によるが、基本的には術者の心像風景、原風景と呼ばれるものを形にするものだったはずだ。
「その解釈で大体合ってる。ただ、あの魔術に限っては特別製でな。用意した脚本に力を送り込むことで、その脚本の登場する人物・動物を象った人形がその生物の特技、あるいは役割や力をそのまま再現して構築されるんだ。
《ロミオとジュリエット》であれば、ロミオとジュリエットと、二人を引き裂く運命達が。
《シャーロック・ホームズシリーズ》であれば、ホームズとワトソンと、取り囲む証言者達が。
《ギリシャ神話》であれば、ゼウスやヘラをはじめとしたオリュンポスの神々がね。
そして、当たり前なのかもしれないけど、神秘性の高い脚本・人物であればあるほど、登場人物の性能は高まる。それが例え、本人がそこまで強いわけじゃなくても」
つまり、ユグドラシルに住んでいるネズミ・ラタトスクでさえ、英雄級。
下手をすれば神級の性能を持つということなのだろう。
そしてさっき拓海は、今回の脚本はアドリブだと呟いていた。
故に神秘性による補正もないわけで、だから拓海はこうして少しだけ悠長にしていられるのだろうと、真里華は思う。
かと言って、ゆっくりしてはいられないのだが。
「しかも、脚本になぞった脚本まで再現はしない。召喚した人形の在り方を再現するだけで、それ以外は意のままに操れるただの人形だ。ただし、かわりに普通の人間では持ち合わせない能の処理能力が必要になるから、実質楓、とサトル他人外専用だな」
ちなみに人間が使おうとすると、脳が負担に耐え切れずにボンッ! と破裂するらしいと付け足されゾッとしつつ、どういった能力か概ね理解する。
「……なるほど。とにかく凄い能力だということね」
「ん……まぁ、そういうこと」
少し反応が遅れたが、真里華に察せられる様子はなく、内心ほっとする。
それだけの能力が使えるということで、楓の適正ランクはSということになっているだろう。
髪と眼の色が黒のままなのは、楓の性格を実に表しているし、気にならないはず。
拓海自身、楓の適正ランクは知らないので、何とも言えないが。
あの能力を拓海は最近、確かに間近で見たことがある。
だが矛盾というか、疑問が浮かぶものだろう。
ランクSでも果たしてあんな能力が使えるのかとか、そもそもどうしてそんな普通の人間のカテゴリーに楓が入っていないのかとか。
だが言わない。彼女とはそういう約束だから。
そもそも拓海は信じてもらえるとは思ってなかった。
だってあれは、だって彼女は――――、
「……さて、そろそろ行こ――」
十分休憩も取れただろうと、拓海が真里華に声を掛けようとした瞬間、さっきまでとは比べ物にならない爆音が遮る。
真里華と拓海は揃って周りを見渡し、拓海がもしかしてと上を――空を観た。
そこには、
「――――――」
宙に浮かぶ沙良がいて、五つの浮遊刀をサークルとし、その中心に停滞していたもう一本の刀を殴り、ここからでは見えない敵に向かって射出していたのだ。
殴り飛ばした刀はやがて一筋の光となり、流星と錯覚する。
そういうものに疎い拓海でも、あれにはとてつもない力が秘めているのはひと目で理解した。
何を狙っているのかは分からない。ただ拓海は目を見開いて瞬きする。
まるで、ぶれた目の焦点を合わせるように。
まるで、カメラのシャッターを切るように。
忘れないよう、その光景を目に映していた。
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