第三章・生徒会④
「……なんだ、最初からその気だったというわけか」
静寂をまず打ち破ったのは楓。
涼しげな笑みは一度も崩す事なく、ただ愉しげに目を細める。
「どの口が言ってるのでしょう。そちらこそ、騎士を影に潜ませたり、準備万端だったではありませんか」
「万が一に備えて、騎士を側に置くのが創喚者というものだと思っているけどね? 第一、サトルにとって影はトンネルでしかない。自分が潜り込んでいる影と離れていようが、サトルにとっては全て繋がったトンネルなのさ」
つまり、どこにも逃げ場はないし、隠れる場所もまたないということか。
それにあの紅い眼、隠れそうもない剥き出しの牙――そこから連想するのは、怪異にして上級種。
「吸血鬼……!」
「ほう? 中々見る目のある女じゃないか」
言い当てられたというのに、サトルは心なしか嬉しそうにニヤリと笑みを浮かべ、沙良を称賛する。
実際嬉しいのだろう。人外とはわかっても、吸血鬼とすぐに見破られたのはこれが初めてなのだから。無名とはいえ、吸血鬼のプライドがある故に。
「しかし。しかしだ。同時に認知しよう。我々は相容れない。互いの創喚者の仲は関係ない。何故なら――貴様の血は、どうも天敵臭い」
「――――」
認識阻害を何重にも重ねた筈なのに、バレた。
匂いも、力の質も、解らないように細工したのに。
「それに貴様、どれだけ同胞らしきモノを祓してきたか知らないが、らしき臭いがその身体にこべり付いているぞ。……何か壁のようなものがあるが、何をしようとここまで鼻にクる程の悪臭を誤魔化す事など、私には出来ないと知れ」
阻害すら見抜かれている。どう誤魔化しても無駄らしい。
それが出来る吸血鬼など、沙良は片手で数えられるほどしか知らない。
「……なるほど。貴方、吸血鬼の中でも貴族級――しかも、真祖か真祖返りですか」
「今は墜ちた無名に過ぎないがな。似たようなモノとだけ言っておこう」
ならば遠慮もいらないだろう。個人的には早すぎる気がするが、彼相手に手を隠すのはどうも悪手らしい。
――なら、ここでカードを切る。
「創喚者」
「……えぇ、許可します。思う存分やりなさい」
「承知」
ナタリアの言葉をもらった沙良は、残っていた小太刀を落とし――踏み砕く。
「……なんだ、自暴自棄か?」
流石のサトルも予想外で、怪訝そうに言う。
対して、沙良は笑みを浮かべ、両手を背中に回す。
「いいえ。むしろ逆。貴方という化け物相手に、あんな複製品では祓しきれませんから――」
霊化が解かれる。
徐々に姿を現すのは、背中の鞘に帯刀された二刀の太刀。
鞘ごと縛り付けていた紐をほどき、柄を握り……。
「だから敬意を表して、本気で貴方を祓いましょう――退魔師の名にかけて」
ゆっくりと、その二本を引き抜いた。
――次の瞬間。
「――ッッッッ⁉⁉」
サトルの本能が震えだす。思考は逃げろ、逃げろと喚き始めた。
再現されているかは不明だが、サトルは不死に近しい存在だ。
斬っても斬っても、再生する。日に浴びてもなんともない、吸血鬼の中でも特異的な存在。
だというのに、サトルは気付いた。気付かされた。
――あの二つの刀は、例え全て再現されたサトルであろうと殺せる。殺しきれる、と。
「鬼切、童子切――七支・翼刀――」
その時、沙良が唱えると、二本の刀の切っ先を地面に軽く突き刺す。
するとその後ろから、付き添うように両側に七本ずつ、実体のない刀が精製された。
それらは先の五本のように、沙良の背中に停滞する。
「――そうか。羅生門の鬼を殺した《鬼切》に、酒呑童子を殺した《童子切》。そしてその贋作を七本作り出す《七支刀》の術。本来、神を降ろす為の術を、戦闘用に作り直したという設定か」
ふと、門の前で観戦していた拓海が呟く。
あれは創作の物。あの二本は未だ現存しているとかどうでもいい。
あの二本が、退魔師の手にあるのなら、どんな〝鬼〟だろうと祓してのけるだろう。
その前に、拓海は二人を止めなければならない。
ナタリアは何事にも全力で取り組む事をモットーにしてるし、楓も加減なんて知る由もないに決まっている。
けど、今それを出来ない状況にあった。
「拓海、どう?」
後ろにいる真里華が問うてくる。
答えるように、身体強化した右手で門の前を殴る。
――だが、拳は柔らかいクッションの感触を受けながら強制的に止められた。
「……みての通り、駄目だ。通れない」
そう、拓海と真里華の前を遮るように、見えない壁が立ちはだかっていたのだ。
邪魔されないように、楓が仕込んだものだろう。きっとドーム型になっていて、どこから入ろうとしても無駄のはずだ。
「じゃあどうする? このまま黙ってみてるの?」
「そんなわけないだろ」
何をしても無駄なんて思考は、拓海にない。
そもそも拳が弾かれない時点で、やれることはあるのは明白だし、それなら拓海も少し無茶をすればいい。
が、まぁそれをすれば全方位からお説教をくらうこと間違いなしなので、それはひとまず置いておこう。
「とにかく、安全に入れる場所がないか、一応調べてみよう」
そう拓海は言いながら、横目で楓とナタリア。そしてその騎士を見るとすぐに逸らし、行動を開始した。
一方で、鬼殺しを行ったとされる二本を引き抜いた沙良はゆらりと構える。
両腕を前に、右腕を左に左腕を右に、刃は逆さに、刀身と刀身を合わせてばってんを作るように、
背の一四の刀は、翼のように。
「――っはぁ」
詰まった息を吐く。
力んだ身体の力を抜くよう、腰を引き、ゆっくりとその場で屈んで、
――軽く風を残して、その場から沙良が消えた。
「――――」
サトルは目を見開いて、夜の効力でよって底上げされた自身の体感速度を表に出す。
すると視界に広がるすべてがスローになり、手にあるフルンティングの刀身を目の前に見せつけ……、
総勢一六の刃を一斉に防いだ。
普通であれば、腕が痺れるではすまない程の衝撃が何度も襲う。
だがそれはサトルにとっては微々たるもの。衝撃そのものは石をぶつけられた程度に過ぎない。
なのに、サトルはしかめ面をし、沙良は逆にしたり顔を披露する。
「防ぎましたね」
そう。たったそれだけの筈のモノを、サトルは神経を総動員させて防御したのが原因だ。
それは、その武器は自分を倒せると、テストの答えを見せ付けているようなものだったから。
「……チッ」
仕方ないとはいえ、迂闊な事をしたサトルは、自身への苛立ち故の舌打ちを一つ。
苛々を解消するべく、両手の指より多い刀達を力任せに押し返し、手の魔剣をこの華奢の女に振り下ろす――!
「――残念」
だが、それは逸らされる。
片翼の刀達が、まるで手の指のように動き、優しく添えるように/弾くようにあっさりと位置を変えられたのだ。
とはいっても、サトルにとってそれは予想の範疇。
力任せに地面に八つ当たりしたことで多少苛立ちは収まったようだ。
冷静となったサトルは、感情なく沙良を見据え、最速を以て特攻。互いに目前の敵を迎え撃つ。
「「――――ッ!」」
そうして加速された剣戟の幕を開ける。
どちらも一つでもまともに受けてしまえば致命的なダメージとなる。
二人の騎士は、今や対等だ。天秤が傾くのを待っていてはキリがない。
――ならば、ここからの命運は、創喚者の采配によって決めるとしよう。




