第三章・生徒会③
「君と手を組む。それは悪くないし、否定もしない。けど君の提案に異議を申し立てるよ」
珍しい。
創喚者としての方針を決めるときでさえ無頓着であった楓が異議なんて。
「……聞きましょう」
そう拓海が密かに驚くのに対して、ナタリアは変わらず笑顔。
だが、それにしては覇気に似たものが見えるような、どす黒いものがみえるような…………、
「では――――同志。君も考えただろうけど、味方創喚者は私達だけでない。姫凰にいる枢木氏や、どこでなにをしているのかさえ不明な上野氏だっている。それを考えると、集合場所としても考えるなら学園は得策じゃない」
確かに、さっき同じことを考えた。
けど、それに対しても、恐らくナタリアは手を打てる。
「それなら問題ありません。そこら辺はちょっと私の権限を使えばなんとかなります。仮にも私、お嬢様ですし」
そう、犯罪でもなければ、大抵はナタリア一人でなんとでもなってしまう。
それは、御剣市において常識と言えるものだ。
だけど、それは――。
「だとしても、それは確実なものじゃないし、なにより反則だ。書き足しの場だって、別にここじゃなくても良い。例えば……そうだね。同志の家とか、良いかもしれないよ。ご両親は、当分帰ってこないだろうし」
「まぁ……だろう、な」
反則だと思うのもそうだけど、拓海の両親が当分帰ってこないというのも、確かにその通りだ。
それは当たり前の事だから、別に気にしない。
ただ少し、寂しさを思い出してしまうのも、仕方のない事なのだろう。
――まぁ、そんなことはどうでもいい。
それより、何時になく口が達者というか、口うるさいと思えば、眼が何一つ笑っていないところをみて、拓海は漸く思い出す。
「それに部活という別の活動を作ってしまうと、合宿という遠出ならともかく、御剣市内だと、逆に動きずらくなる可能性が高い――とまぁ、色々と上げてみたけれど、それはなんとでもなるものばかり。ただ――
君が、どうしても気に入らない」
そういえばこの二人、滅茶苦茶仲が悪かったのだ。
「それは良かった。実は私も同じ思いでして」
そう言って、ナタリアは笑みを深める。対し、楓もニヤリと笑みを見せる。
それを見て、拓海は二人が何をしようとしているのか察した。
「止め―――」
「それなら、私が考えていることも、分かるだろう?」
「えぇ、勿論――」
――手を組んでやるから、ちょっと憂さ晴らしに付き合え――
刹那、反転する。
「「⁉」」
二人を止めようと拓海が割って入ろうとした瞬間、空間が回り、廻り、交るように歪み始める。
絵の具のようにぐしゃぐしゃに混じり合い、その上から新しい色を加えて上塗りされていく。
その様は見ていると頭がくらくらして、思わず拓海と真里華は眼を閉じた。
――鐘が鳴っている。
学園のチャイムではない。ゴーンゴーンと、周囲に重く響き渡る鐘の音は、まるで自身の存在の証明と始まりを告げている様。
それを認識すると同時に、浮遊感に似た感覚がなくなっていることに気付いて、眼を開ける。
すると目の前には、時計塔が鎮座していた。
真里華と拓海は門の前に立っていて、ナタリアと楓はその先の広場で対峙している。
空を見上げれば、真っ暗な空が点々と星々を輝かせ、満月は四人を照らす。
それらは現実のものではない。
瞬間移動は、やろうと思えば出来るだろうけど、そうじゃない。
その真実を、時計塔ごと鎖で縛られた棺桶が証明させている。
即ち、結界。
「改編結界、だと?」
「そんな、まさか……」
一体どうやって、と真里華は思考する。
一体誰が、と拓海は目の前の二人を視る。
二人の驚愕の声を耳にした楓は笑みを浮かべ、一礼する。
「――私の物語へようこそ。創喚者諸君」
この結界を張ったのは私だと、楓は拓海の疑問に答えるように謳う。
理解など出来ない。ただ既に自らは彼女の手の内にあると知る事となろう。
「ここはただの下らない幕間にすらならない喜劇の為の舞台。気に入ってくれると幸いだ」
緩やかにナタリアへ手を差し伸べる。
それはまるで舞台の歌のようで、魅了されるように釘付けになる。
そのせいか、誰一人として相槌を打つことすらままならない。
「本来の設定としては、魔術的な意味合いで重要な場所なんだが……そんなことはどうでもいいね。君を待たせるわけにもいかない。では、改めて」
――ただ、一人だけ。拓海だけは思う。
「 さぁ、 共に踊ろうか?」
彼女の言葉は、いつも楽しそうだと――。
***
「さて、まずは小手調べといこうか」
そう言って楓は柔らかな笑みを浮かべながら、伸ばした手で指を弾く。
瞬間、ナタリアの影から、サトルが飛び出す。
呆然としていたナタリアは突然の事で固まり、間髪入れず振り下ろされた大剣をただ黙ってみているしかなかった。
――だがそこに、一人の少女が割り込んでくる。
迫り来る吸血剣を、彼女は手に持つ小太刀で防ぐ。
「――――ッッ‼‼」
すると腕に重圧がのしかかり、足元の地面は耐えきれず崩れた。
伴って生じた衝撃は周囲を荒らし、風となって観客の髪を揺らす。
「まっ、たく! 世話のかかる、主ですね……!」
「沙、良……?」
苦し紛れに言う彼女の悪態に、ナタリアははっと我に返る。
――そうだ、何を惚けているのだ。
この少女は水無月沙良。背中を預ける自身の騎士だろう。
彼女が守っていてくれる中で、ただじっと待っているなど、創喚者失格だ。
「気を取り戻したなら、早く―――ッ! なんとかしてくださいな……!」
「分かってますわよ、そんなこと!」
そのまま押し潰されそうな沙良を助けるべく、すぐさま透明化させていた創喚書を露わにし、身体強化の文字をなぞり、目の前の空に停滞させることで術式を固定する。
「技能・発動! 《加符・疾風》!」
そして呪文を紡げば、文字は札となり、ナタリアの胸元に吸い込まれるように消えていく。
すれば、身体が軽くなり、袖に隠しているコインも異常に軽いように錯覚する。
「これで――――!」
そんな軽くなったコインを取り出し、サトルの手元に三枚ほど弾き飛ばした。
その様子を目の端に捉えたサトルは、咄嗟に下がりつつ鉄の豆粒を大剣で叩き落とす。
(もう、あのコインはどうあっても使えませんね……)
だがそれも、必要な対価だろう。
その証拠に、沙良は自由の身となった。
「お返し、です!」
「!」
ナタリアが距離を取り、同じく後退しようとしながら、沙良は背の五本の浮遊刀を共にして、左の小太刀を薙ぐ。
六の一斉攻撃は、サトルにとって予想外だったのか、目を見開く。
だが恐るべき反応速度によって五本の浮遊刀は全て破壊され――しかし咄嗟の反応だったせいか、沙良の振るう小太刀は避けることすら出来ずその身を裂かれ――――、
「⁉」
金属音が鳴る。
サトルの身体に出来た掠り傷から少々の血が垂れてくる。
対し、沙良の振るったその小太刀は粉々に砕かれた。
(なんです、今の感触は―――⁉)
人間どころか、生き物を斬る感触では決してない。
まるで、ダイヤモンドを斬るような――、
「沙良、上!」
「――ッ!」
思考が途切れ、上を見上げる。
するとそこには先の大剣が頭上を陣取り、降りてこようとしていた。
背筋が凍る。
思考も一瞬停止していたが、咄嗟に肉体が回避行動を取ることで事なきを得る。
だからとて油断できない。
追撃を恐れた沙良は地面を蹴り、少し離れた場所にいるナタリアの隣で止まる。
ここでやっと沙良は一息吐き、サトルは舌打ちするのを境目に、場は静寂へと導かれた。




