第一章・創喚⑤
小走りで校舎の入った二人は自分達のクラスへと向かい、予鈴がなる前に無事到着する。
遅刻して真里華に怒られるシチュエーションを回避出来たことに安堵しながら扉を開け、教室に入るとクラスメイトが一斉に静寂。こちらを凝視してきた。
―――が、すぐに元の体制になってまた一気に騒がしくなる。
先程の不可解な静まりように内心ドキドキしつつ、黒板に書いてある決まった席順を確認する。
(えーっと、一番後ろ…………の、廊下側か。喜ぶべきか微妙だなおい)
一応楓の席も確認してみると、窓側――の、一番前だった。微妙だが、ホームズという名前が恐ろしい故、寝てても起こされたりしないだろう。
実際、楓の機嫌を損ねた奴が、何人か社会的に殺されていたりもする。成績自体は良いから余計に言いづらいのだろう。
正直ちょっとだけ羨ましい。見習いたくはないが。
そう思いつつ、それぞれの席に向かい、そして座る。
「ふぅ……。さて、と」
(暇だし先生が来るまで続きでも書きますか)
そうして一息吐き、鞄から取り出したのは、百円ショップに売ってるような原稿用紙を、何枚も収納したクリアブックだった。
それらの原稿用紙にはずらずらと文字が並んでおり、読んでいけば物語を紡がれているのが分かる。
拓海は、ライトノベル作家を目指している。
ライトノベルが好きな彼は、読んでいく内に「自分ならこうする」「自分ならこうはしない」と言った気持ちが溢れるようになり、いつの間にか読むだけでは物足りなくなって、自分の思い描く物語を世界中の誰かに見て欲しくなったのだ。
自分が考える物語が一番面白いのだと、示したくて。
(えーっと、確か……そうそう、ここからだったな)
そんな気持ちを胸に、拓海はクリアブックから殆ど文字が書かれていない白紙に近い状態の用紙とシャーペンを取り出し、続きを書き始める。
今書いている小説の概要はこうだ。
ここは様々な種族がそれぞれに分かれ、日々大規模な争いを続けている世界。
人間だがどの種族にも属さない者――〝追放者〟であるが故に、傭兵をやっている彼、相坂亮は、それぞれの種族が持つ魔力、気と言った力を全て持ち合わせている〝特異者〟だ。
だが、それだけの特異さを秘めているのに蓄積量は低く、まともに使えるのは最低限の身体強化程度。
このままでは仕事に支障が出ると判断した亮は、古くから伝えられる遺跡に納められているという、〝古代武具〟に目をつける。
数々の苦難と遺跡を乗り越え、複数のアーティファクトを手に入れると、仕事の効率が上がって大満足。
だがその途中、アーティファクトがある真実を知る鍵となっている事を知る。
しかもそれはこの世界で起きている戦争と、家族を滅茶苦茶にした、あの男が関係していて……
相棒のアルア、義理の姉であるアリシアと妹の瑠璃を連れ、復讐を誓う傭兵は、真実を見据える為に戦う――!
これが拓海が書くライトノベル、トゥルーファクト・ウォーだ。
ダークな部分を匂わせつつ、王道な路線を突き進んでいくファンタジーにしていこうと意識している。
今現在書いている部分は、亮達が真実を知った後、敵地に乗り込み、決着を付けにいく所。つまり終盤だ。
(ここを書き終えれば、やっと賞に応募できる。やっと、スタート地点に立てる……‼︎)
だからこそ、拓海は今まで以上に情熱を注ぎ込んでいる。
スタート地点に立てたとしても、それはゴールしなければ全て水の泡なのだから、真剣にもなる。
それに、拓海は夢を夢のまま、終わらせたくないという想いが特に強かった。
――もうあんな痛みは、挫折は、絶望は、ごめんだったから。
(……よし。キリも良いし、この辺りで止めて先生の話を――)
「――起立、礼」
「「ありがとうございましたー」」
「……あれ?」
筆を持つ手を止め、目の前に集中していた意識を周りにも向けると、終礼は終わり、クラスメイトは皆各自で帰る支度をしていた。
自分のものであろう教科書は、拓海の机の横の床に無造作に置かれている。
(まさかの集中し過ぎと来たか。このままだと説教確定待ったなしですねぇ…………まぁ、仕方ないけど)
話を聞いておらず、明日はどうすれば良いのか分からない拓海は、真里華に怒られる事を覚悟する。
確立された未来に、拓海は億劫そうに溜息を吐きつつ、床にある教科書を鞄に詰め込んでいく。
「………ん?」
と、ふとポケットに入っているマナーモードにしているスマホが、短いバイブ音でメールの着信を知らせてくる。
誰からかなのかを、ロック画面の通知から確認する。
『差出人:家達楓 件名:お困りかな?』
(楓から? しかもこの件名……何のことだよ)
そう思い首を傾げながらロックを解除し、早速メールの内容を見てみる。
『やぁ、同志。時々君の事を観察していたけど、どうやらいつものそれで話を聞いていなかったみたいだね。このままでは、赤羽氏に怒られてしまうね? さぁさぁ、困った困った』
「……くっそうぜぇ」
このメールを書いている途中、とても良いニヤニヤ顔をしていただろう。
怒りから顔を引きつらせる拓海の様子も想定し、それ込みでさらに愉悦していたに違いない。
というか、今も気持ち悪い笑みを浮かべているのではないだろうか。
そう思うと腹が立ってくるが、そんな事でキレてたらキリがない。画面をスクロールする。
『そこで取り引きだ。君が応じるなら、私はさっき教師が話していた重要な事を教えてあげよう。その代わり、一つだけ私の言う事を聞いて欲しいんだ。内容は後ほど話そう……悪い話ではないと思うんだけど、どうかな? 返答はYes or Noで答えてくれたまえ』
「……なるほど、楓らしい」
彼女らしいメールと取り引きに、僅かに笑みを零しながら、ボソッと呟く。
苛つく物言いなのが玉に瑕だが、彼女とつるんでいられるのは、こう言った少しのユーモアさがあるからだろう。
それはさておき、拓海は応じるべきか否かを考える。応じたいところだが、楓の出す条件が何なのかが気になるところ。
(楓だからなぁ、なにかとんでもない事を言ってくるんじゃないかと勘繰ってしまう)
前なんて制服に着替えるのが面倒だから、自由服で登校出来るようにしてとか言ってきたくらいだ。
当然ながら、それが成し遂げられる事はなく。代わりに色々と奢らされたというオチが付く。
そんな事もあって、拓海は警戒を強めている訳だが、かと言ってそのまま断るのもいただけない。
「……よし」
提案そのものは魅力的だし、ここは――
「拓海、一緒に帰りましょうか?」
文章を打とうとしたその時、一番前のど真ん中から控え目に嬉しさを溢れだしている真里華が小走りでこっちにやってくる。
久しぶりに同じクラスになったからか、機嫌が直ったらしい。
嬉しそうな彼女を見ていると、此方まで嬉しくなり、周りの嫌な視線も気にならなくなってくる。
「……おう、んじゃ行くか」
「うんっ」
ささっと楓のメールに『Yes』と返信すると、鞄を持って立ち上がり、二人揃って教室から出ていった。
***