第三章・生徒会①
――そして、二つほど日が昇り経ち。
月曜が訪れ、また学校が始まった。ナタリアとの約束の日だ。
授業という時間を淡々と……しかしどこか上の空で過ごし、放課後を迎えた拓海は、黒の創喚書の入ったスクール鞄を持って席に立つ。
「拓海」
「同志」
二人の呼ぶ声に振り向き、頷くと、その二人を後ろに連れて歩き出す。
行き先は勿論、生徒会室だ。
「………………」
「………………」
「………………」
その間、三人に会話はない。ただ目の前に立つ問題に思考を向ける。
味方であってくれるのか、敵であってしまうのか。
問題はその○×。
三人はもしもに備えて幾つかの打開策を浮かばせ、そして消してを繰り返す。
(退屈だけど、それもまぁ、いつも同じような事はしているから苦にはならない)
その場しのぎにはなるから、こう言った空間ではうってつけだ。
「へーい、ぶらざー」
ふと、それがノリの良いが棒読みな声で中断される。
目線を向けると、そこには若干小柄な少女。
無感情のように思える翠の眼は、確かに拓海達を捉えている。
「……三笠? どうしたのこんなところで」
親友の陵三笠が此処にいるという事に、真里華は眼を丸くする。
気が付けば、もう既に目的地の前。
生徒会の一員でもない彼女がこんな場所にいるのは少し違和感がある。
(真里華に用事でもあるのか――――って)
そうやって目を離した隙に、三笠は拓海の目の前でその顔を見上げていた。
その距離は、ちょっと真里華の頬を膨らませるくらいには近くて、拓海は少し戸惑ってしまう。
ともかく、良く分からないが……、
「えっと、俺に用事ですか? 陵さん」
そう聞くと、三笠はこくりと頷き、
「のん、のん」
今度は否定してみせた。どっちだっ。
意味の分からない。一体何がしたいのかと問いただそうとする前に、三笠はビシッ! と拓海の顔目掛けて人差し指を突き出す。
「みささぎ、のん。みかさ。おーけー?」
「えっ? ……あっ、あー」
一瞬意味が分からなかったが、やっと分かった。
「えー、っと。三笠さん、で良いですか?」
「さんも、のん。けいごも、のん」
――注文の多い人だ。
まぁ良い。少し恥ずかしいが、そろそろ一ヶ月の付き合いだ。
「こほん。……三笠。これで良いか?」
「いえーす」
言葉通りに従えば、三笠はうっすらと笑みを浮かべた。
普段無表情しか見ていないから、いつもとのギャップがあって数倍は可愛く見える。
――さて。そろそろ、話を進めなければ。
「で? さっきのやり取りはなんなのかとか、用は何かを聞かせてもらっていいか?」
――あっ。
「さっきの良く分からん口調はなしの方向で」
「えー」
「えーじゃありません。それで?」
ぷくー、っと無表情のまま頬だけ膨らませつつ、「まず一つ目の事だけど」と口を開く。
「あれから一ヶ月の付き合いにもなるのに、未だ他人行儀な拓海の敬語がそろそろ煩わしく感じてきてたから。別に他意はない。……そもそも他意の入る余地もないけど」
それは、確かに。
けれど少しでも気になってしまったのだから、それを聞きださないとしばらくすっきりしないというもの。
「…………」
だから拓海は相槌を打つことなく、ただ続きを聞かせろというように無言で見つめ返すことにした。
すると三笠は「むぅ」と不満げに、それからどこかやりずらそうにする。
こっちも同じ事されて困ったから、お返しだ。
「……本題の方は、タクも察してると思うけど。数名、慣れ始めてきている人がいる」
どういう意味なのか、そう楓は一つ疑問を浮かべる。
「――やっぱりか」
だが拓海と、周りの空気を察するのが得意な真里華は何のことかに気付く。
「だから、そろそろ手を打たないと、タクの思い描くクラスは作れなくなる」
「分かってるよ」
「……何の話かな?」
仲間外れにするなと言わんばかりに、楓は話の中に割って入る。
(いや、これは自分の知らない情報でもあったのかという目だな)
そういえば、楓はコミュ症――とは言わないが、興味のあることと情報屋としてのこと以外にはとことん無頓着だった事を思い出す。
クラスの空気とか、何か自分の得になったり愉悦に浸れそうなモノでもない限り殆ど知ろうともしない。
この女はそういう女だ。
「別に、お前にとっては面白くもない話。一ヶ月前にあいつの味方であろうとしたクラスメイトたちが、俺達――いや、俺に色々遠慮してるだろ? その状況に慣れ始めているって話だ」
「? それの何が問題なんだい?」
まぁ、楓ならそういうだろう。だが拓海にとっては死活問題なのだ。
「お前もあの日に言ったろ。 〝俺は一年間まともに学園生活を送れなかった〟って。だから、この二年目は充実した一年にしたいと思ってるのに、あれじゃ気になって純粋に謳歌できないだろ?」
なるほど、と楓は納得する。
確かに、拓海ならそう思うのも自然だし、一ヶ月という時は人に慣れを覚えさせるのに十分な時間だろう。
なら、ここで手を貸そうか? と友人として言うべきなのだろうが……、
「確かに。私には何の関係もない事だったね」
楓はあえて、手を出さない。拓海から直々に頼まれない限り、拓海にお節介をかける気はない。
「だろ?」
拓海もまた、手を借りるつもりはない。本当に手詰まった時でない限り、楓に余計な手間をかけさせる気はない。
それは、友人となった頃から自然にできた暗黙のルールだ。
「……まぁ、そんなことより」
楓には別の事が気になった。
「陵氏は、どうしてそんなことを知って……いや、分かるのかな? 君は別のクラスだろう?」
拓海もそれが気になっていた。
三笠のクラスは一組。四組の拓海達とはそれなりに離れているからか、休み時間中にもあまりこっちに来ることはない。
だからこっちの状況なんて分からないはずなのだ。
「私にだってマリやタク以外にも友人はいる。その中に四組の人もいるし、その人を見ていれば察せる。そういうのを察するのは得意だから」
「……なるほど。君がそういうのなら、そうなのだろうね」
楓の性格のせいだろうか。
どこか含みを感じさせるようなことを言って、彼女は口を閉ざす。
「……用も済んだし、そろそろ帰る」
「あぁ。態々ありがとな」
そうして話すことのなくなった三笠は拓海の礼に一度頷くと立ち去っていった。
小さくなっていく背中を見守りながら、早急になんとかしなければならない問題の多さを思って、酷く嘆息する。
(もう何もかも放り出して、いつものように家で真里華とゆったりとした時間を過ごしていたいなぁ……)
そんな弱音が拓海の心から溢れ出しそうになるけれど、出してしまったら本当にやる気がなくなってしまう予感しかないし、それは拓海の掲げた夢の在り方に反する。
「となれば、なるようになることを祈るしかない、か」
とりあえず、一つ一つ目の前に迫っている問題から片付けていこう。
そう拓海は一度深呼吸。
吸って、吐いて。
出来るだけ心を落ち着かせ、意識を先ほど考えていたナタリアの方に向ける。
「――よし。それじゃあ、改めて行こうか」
「うん」
そうして、静かに混乱していた思考を落ち着かせた拓海は二人に呼びかけると、真里華は相槌を打ち、楓はただ一度頷く。
すれば、拓海は再び歩き出し、目前の生徒会室前で停まり、だが行動は止めることなく、勢いに乗るように扉を開く。
その先には、何処にでもあるような教室があり、周りには学校にありがちの小物がずらりと並んでいた。
手前にはホワイトボード。ど真ん中に会議用のテーブルがある。
予備含めてその前にある椅子に座っているのが、一人。
「少し、遅刻ですよ。お三方」
手元の資料から目を離し、上品な笑顔を三人に向けて、ナタリアは言った。




