第二章・暗示⑥
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――必要のなくなった竹刀を片付けた後。
「君の実力、覚悟は測らせてもらった。もう一度だけ、君を弟子に取ろう」
「ありがとうございます!」
此処にきた目的を果たす事が出来たと、拓海は胸を撫で下ろす。
後はまた昔のように道場に通って、武術の基礎を学び直し、そして赤羽家に伝わる技を覚えるだけだ。
――さて。
「拓海君の今後の方針は後で考えるとして――そろそろ君たちの要件を聞かせてもらえるかな?」
そう透は振り返ると、亮と明に問いかける。
「君たちの雰囲気からすれば、既に一流の域に達している者だろう。それだけの気配を背負いながら名声を聞かないのは些か不自然だけど、どの道、ボクに弟子入りしたいというわけではないだろう?」
「それはこちらの台詞でもあるがな」
それはそれとして、やっとこっちの話に移れる。
明と亮は、先の攻防に見惚れ重くなっていた腰を上げると、早速口を開く。
「さて。さっき赤羽父がシオンを甘いと称したが、オレからすれば今までコイツの何を見てきたんだと疑いたくなる発言だ」
「…………どういう意味だい?」
これが久しぶりの顔合わせだとしても、昔なじみに対しての明らかな侮辱。
それは透に覇気――いや、怒気を纏わせるのに十分だった。
しかし同じように内心憤りを感じている明はそれを鼻で笑い飛ばした。
「そのまんまの意味だ。甘い? つまりテメェはシオンが大切な人の為に他人を殴れない偽善者だと――戦士ではないと侮辱しているってことだろうが」
「侮辱したつもりはないのだがね」
「いいやしたさ。だってコイツは、実力の差が歴然だって言うのに、初対面から数時間しか経っていないオレに殴りかかってくるようなヒーローなのだから」
それだけでは誤解されかねないので、慌てて拓海と亮はフォローとして詳しい事情を説明する。
無論、夢現武闘会、騎士、創喚者云々の事――そして真里華の事を除いて。
「なるほど……つまり、君の〝やらなければならない事〟というのは、彼らも関与しているとみて間違いないね?」
「はい」
「そうか……しかし、うん。薄々感づいてはいたけど、そういうことだったか」
全く、あの馬鹿は、何を考えていたのやら……。
と、うんうんと頷く透はふと上を見上げて懐かしそうな――それでいて、少し悲しそうな顔を浮かべる。
「心当たりがあるとみて、間違いないな?」
「まぁね。それと同じモノをボクは何度も見ている。最後にみたのは――拓海君、君も薄々感づいているだろ? あれも、そういうことだ」
「やっぱりそうでしたか」
話の見えない亮と明に、透は説明する。
――君の言う拓海君に起きた現象、いや状態は一度小学生だった時にも発現していたんだ、と。
「…………なに?」
「おい、拓海。そんなこと聞いてないぞ」
二人の送る追及の視線に、拓海は苦笑しながら「確証のない事を言うのは気が引けて」と言い訳を口にする。
「ボク自身もあの頃は半信半疑。君たちの話で漸く確信が持てたくらいだから、そこまでにしてあげてほしい」
「そういうことなら……」
「まぁ……」
透の助言もあって、騎士二名からの追及はすぐに終わる。
……助かったけど、創喚者の言葉より素直に聞くのはどこかやるせない。
「それで話を戻すけど、拓海君のそれは一種の暗示。何かしらを封じる暗示ではなく、逆に解き放つ暗示で……」
だから、文句を言おうと話を聞きながら心話を繋げるという器用な事を試みようとして――、
「かつてボクの息子が生み出し、使っていたモノだ」
すぐにその考えは消え失せた。
「――――」
「――――」
「息子? テメェがじゃなくてか?」
拓海と、拓海からそれとなく聞いていた亮が絶句する中、明は気にせず話を進める。
内心、拓海は感謝した。
だって、彼にはもう、相槌一つ打つことすらままならなかったから。
「そうだよ。そもそもボクは剣を振るうことしかできないから、暗示をかけるなんて事は出来ない」
なんてというのはどうでもいいとして、と透は続ける。
「拓海君に掛かってるその暗示は、ある条件下で効果が発動するもので、内側に眠っている自分を呼び覚ます。有り体に言えば、理性を吹っ飛ばすものとも言うね」
(何故そんなものを、あの人が……それになんでそれを俺に…………?)
疑問は尽きない。けど拓海はそれを表に出すことなく、ただ耳を傾ける。
「その条件は千差万別。人によってそれは無意識に設定されるとあいつは言っていた。それ以外の理由で暗示が働く事は少なくともあるみたいだけど」
例えば、昨日のナタリアとの対抗の時のように、だろうか。
まぁ、それはそれとして条件だけど……。
「その条件、もうとっくに見当が付いている」
そう答えたのは亮。何故かその手には立て掛けてあった竹刀が。
「へぇ、そうなのか。教えてもらえるかな?」
「勿論――ほら、丁度良い時に来たぜ?」
「え?」
「ねぇ拓海、お父さん。そろそろ――」
赤羽家と道場を繋ぐ入り口から真里華が顔を出したその時、彼女に向かって竹刀が投げられた。
それは線を引くように真っすぐ。
穂先は進む先を向いている。
突然の事に、真里華は声を出す事さえできず、硬直しているように見えた。
――マズい。
「ッッッ――――‼‼」
気が付けば、拓海は無意識に走り出していた。
だがこのままでは間に合わない。では身体強化を。
透に気付かれてはいけない。ならば、無詠唱でやってのけろ。
(それができなければ、所詮ヒーローになれない器と知れ!)
そう自らを奮い立たせ、ぶっつけ本番に眼だけを端に置いた鞄に向ける。
―― 心話の技術を応用。心話と創喚書を接続。――
(技能、発動)
中に入っている黒の創喚書に、語りかけるように思す。
―― 文字数六二万六千四文字を確認。『選択』――
「――――ッ」
すると、拓海の頭にその本にある文字全てが頭の中に送り込まれ、言い様のない――脳が焼けるような、溶けるような――苦痛が襲う。
無詠唱。それは確かに、理屈としては可能だ。
だがそれは高難易度。それも、拓海の脳に強烈な負担を掛けるようなもの。
何故なら、今まで拓海が文字として記してきた物を一時的に拓海の脳内へ全て、一気に、放り込むするからだ。
それは拓海が書いてきたものだし、内容を拓海は全て覚えているだろう。
だけどそれは描写一つ一つ文字通り全てだろうか?
それらの文字全てを、余すことなく一斉に観る事は出来るだろうか?
いいや、出来ない。そもそも目が足りないし、脳の処理が追い付かない。
――つまり、拓海がやろうとしている事はそういうことだ。
今現在、文字を探さずとも、無詠唱をするための工程を行っている途中であっても、普通なら耐え難い苦痛が拓海を襲っているだろう。
こんなちんけな道場で脳がオーバーヒートして死ぬ。なんて、どんなジョークにもならないしくだらない末路だ。
――だけど、それでも真里華が傷付くよりは良い。
それだけが、その想いだけが拓海を突き動かす。
幸い、余計な考えは今の拓海にない。それどころか清々しく、胸の内が解放感に包まれていた。
代わりに衝動的なものが拓海に囁く。真里華を守れと、害を為す物を叩き潰せと唸りを上げ始めている。
……あぁ、そうかこれが。
「暗示だったのか」
(身体強化・汎用型)
求めた文字を見つけ出し、そのまま心で宣言する。
設定は微弱。若干、加速型寄りに。
すればオーラは目を薄めなければ見えないほどになるも、身体はしっかり強靭になった事を感じ取る。
ここまで来れば、もう心話を通じて接続しなくても良い。
「は、ァァアァ――ッ!」
創喚書との接続を切って苦痛から解放された拓海は、流れるように真里華の前に立ち、迫り来る竹刀を叩き落とした。




