第二章・暗示⑤
――今、何をしようとしていた?
分かっている。己の武器を顕現させ、この男に突き刺そうとした。――殺そうとしていたのだ。
だが、何故? 亮と明は自分のしようとしていた事が他人事のように思えた。
まるで人形師が糸で人形を動かすように。意思とは関係なく動いていたみたいに。
「なっ――」
「コイツ……!?」
その疑問は、顔を正面に向けた事。
つまり、透と顔を――眼を合わせたことで消化される。
自覚すると、その身に重圧がのし掛かるような錯覚を受ける。
これの正体は殺気にも似た覇気。歴戦を潜り抜けたモノが放つ気配だ。
とは言っても、彼は創喚者でも騎士でもないただの人間。
実際に亮達と戦えば、ただ一度の交錯で亮達の勝利で決着するだろう。
だのに、透のそれは亮の、明の心底を震え上がらせた。
亮を狼と、明をハイエナと例えるなら、彼は獅子の如く。
〝今ここで殺らねば自分達が殺される〟
そんな恐怖から、肉体は我先にと飛び出したのだろう。
その事実を、募った経験から理解した騎士は一筋の汗を垂らしながら、目の前の男を睨み――無意識に震える息を洩らしていた。
「…………」
一方で、二人を止めた拓海は微動だにせず、ただじっと透を睨み返していた。
心底は亮達同様震えている。何の前準備もなければ、肉体も何もかも恐怖で震えていたに違いない。
でもこんな反応をすると予め予想していたし、格上の気配を目の前にするなんて、拓海にとってはもはや今更な話。
感覚が麻痺しているだけかもしれないが、それでも彼に本気を伝えるならと、その震えを表に出る事無く、ただ面と向かって立っている。
――しばらくして。
「……着いてこい」
穏やかさの欠片もなくなった透は、そう拓海達に言い残すように背を向けて歩き出す。
同じように、黙って拓海達はその後を着いていく――前に。
「上野さん。ここからはちょっと近くにいると危ないかもしれないし、真里華のところに行ってくると良いよ」
もし危険がなかったとしても、彼女は明の付き添いでしかないし、見ていてもきっとつまらない。
それなら真里華のところにやった方が女同士話すこともあるだろうから、きっと暇潰しにもなるだろう。
「そういうことなら……わかりました。失礼しますね」
真里華の手招きもあってか、そういう拓海の気遣いに甘えて未来はキッチンへと走っていった。
その様を見届けると、ようやっと拓海達は透の先導の元に進み出す。
そして辿り着いた先にあったのは、ここ御剣町においてさほど珍しくない道場。
赤羽家と直通で繋がれたここは、年期が入っていながらも清潔さは失われておらず、どこか神聖な雰囲気を醸し出す。
拓海と透は、馴れた様子でこの道場の前で一礼。靴を脱いで入る。
同じように、亮と明も真似て頭を一度下げ、靴を脱いで恐る恐る脚を踏み入れる。
「「冷たっ」」
床の冷たさに慣れてない二人を尻目に、拓海は中心辺りで脚を止める。
立て掛けてあった竹刀を二本取った透はその内一本を拓海に向かって投げ――、
「ッ――――!」
同時に脚を踏みしめ、拓海に向かって飛び出した!
迫る、迫る、迫る。
まるで闘牛の如き迫力を携えて、拓海に突進をかけてくる。
しかしそれは一切の乱れはなく、ただ一点に向かって距離を縮めていく。
拓海が投げられた竹刀を手に取った頃には、すでに透は竹刀を一閃。勢いによって鞭のようにしならせていた。
――直撃する!
誰もがそう思う瞬撃。
竹刀にも関わらず、当たれば死に直結すると理解が浮かぶ程の苛烈な一撃。
だというのに、拓海は焦りも何もなかった。だって――、
「それは俺の想定の範囲にありますよ」
道場全域に、甲高い竹刀で打つ音が響く。
しかし竹刀は狙い通りの場所を捉えていなかった。
拓海が間一髪防いだのだ。
「なっ――――」
その方法は、亮の目を見開かせる。
――柄だ。
キャッチした時逆手に持っていたから、そのまま柄頭を突き出す要領で一閃を阻んでいたのだ。
それがどれだけ難しいのかなんて、言うまでもない。
「どうやら、その鉄壁は相変わらずのようだな」
「嗜み程度には鍛えてもいましたしね。貴方を落胆させもしないし、驚かせても差し上げますよ」
「そいつは楽しみだ」
両者、笑みを一つ。
拓海がくるっと竹刀を持ち替え、互いに剣を弾く。
「フン――――ッ!」
すれば息吐く間もなく、透は竹刀を振るう。
それも一度ではない。
二、三、四、五――。
拓海のあらゆる場所を、死角を探すように振るい続ける。
「――――ッ!」
であれば、拓海も手にある竹刀を以て振るわれた数だけ振り払う。
「ハァ、ァァアッ!」
「お、ォォオォッ!」
それらは決して亮達の剣劇に追い付くことのない小競り合い。
だけど。
だからこその迫力は、亮と明の目を釘付けにしていた。
その時。
(……今ッ!)
「なに!?」
透がまた振るう直前、その一瞬の隙に拓海は透目掛けて竹刀を投げていた。
それは透にとって予想だにしなかった事。
かつての拓海では決してしなかった行為だと、驚きを隠せない。
(いや、今はそれどころではない)
驚くのは後で良い。今は目の前の事に集中しなければ。
そう透は拓海が投げた竹刀を払いのけ……。
気が付けば、既に拓海は透の懐に潜り込んでいた。
「ッッッ―――!?!?」
驚愕。
ついに言葉が出なくなる。
「その顔が見たかった」
透の表情に満足した様子の拓海は、ニヤリと笑みを浮かべる。
どうやったか、なんて言うのは簡単だ。
竹刀を囮に、屈みながら全速力で透の範囲に侵入しただけ。
普通なら難しい。だけど、騎士と散々鍛練している拓海にとって造作もないこと。
別にこんなことしなくても良かったが、なに。この際だ。
「見るからに加減している、貴方の化けの皮を剥がさせてもらいます!」
そうして無防備となった透の腹目掛けて、引き絞った右拳突き出す――!
「あっ――――」
「くっ!」
寸前、またしても拓海は寸止めてしまい、その隙に透は後ろに跳び、距離を取った。
静寂する。
黙ったままの透の細かな動作ですら見逃さないよう、拓海はじっと見据える。
そして。
「……確かに驚かせてもらった。相変わらず甘いようだがな」
そう微笑み、透は手の力を抜いていた。
覇気も収めているところを見るに、どうやら久しぶりの手合わせはこれでおしまいらしい。
(もう少しだったのに……)
と、悔しさを滲ませながら拓海も闘気を収め、二人とも面と向かって一礼したのだった。




