第二章・暗示④
***
――翌日。曜日は土で学校は休み。
拓海と亮は〝夢と現の交差点〟にて待ち合わせし、合流した未来、明を連れて住宅街の中を歩いていた。
昨日の朝方約束した件で、真里華が待っているその場所へと向かっている途中のこと。
「……そんなことがあったんですか」
その間、暇を潰すついでに〝紺の創喚者・うーろん〟の存在について未来達に話す。
神妙な表情は、やはり未来もうーろんという作家を知っているからだろうか。
「あぁ。だから用心しておいてほしい。俺個人としては敵でなくなる事を祈りたいが、それはないだろうしな」
むしろ、こんな大人数で同盟のようなものを組む自分等が異常なのだろうから。
「そいつはいい判断だ。テメェにも漸く、創喚者としての自覚が出てきたか?」
「うるせぇ寺本」
「……それで? どうするんだ、拓海」
若干喧嘩腰になる二人をみて埒が明かないとみた亮は呆れつつ、話を進める。
「ん? あぁ、そうだな。とりあえず、当面は放置の方向で行く。考えるのは敵として立ちはだかってきた時で良いだろ」
今考えるべき、立ち向かうべき問題は他にあるのだから。
「オーケー、テメェの方針にとりあえず従おう」
それで。
「まだ目的地には着かないのか?」
もうかれこれ一〇分は歩いてるぞ、と明は文句をダラダラ垂れる。
もう一ヶ月近くの付き合いという中で分かったことだが、この男。見た目通りせっかちらしい。
近くと言えど、歩いているのだから一〇分くらいは普通だろうに。
しかもこの時だけに留まらず、親睦会ということでファミレスに来たときも、注文した品が来るのが遅い遅いと連呼していた時は、思わず知らない人のふりをしたくなったのは記憶に新しい。
……まぁ、今回はタイミングとしては丁度良いので、何も言えないが。
「そう急かさなくても、もうすぐ…………ほら、見えてきた」
ため息を一つ零しながら、前の建物を指差し、他三人がその先を目で辿ると――
「――ほぉ」
「へぇ」
「わぁ……」
そこには、古き良き屋敷の姿があった。
周りにあるのは、どこにでもあるモノ達。
だがこの屋敷があるだけで、それはまるで風景画のように見えてしまう。
風に乗ってきたただの葉っぱも、木を揺らすその風も、全てが一部となっていて……。
その幻想的な美しさを間近で魅せられた亮と明、未来は思わず感嘆の息を洩らす。
「すげぇな、これは……」
「あぁ。もしかしてとは思ったが、やはりアカバ嬢は良いトコのお嬢さんだったらしい」
「亮が言いたいのはそういうことじゃないだろ……」
「それに豪華なのはこの代々伝わるこの家だけで、他は普通だからね? 維持費だけで馬鹿にならないから、それ以上贅沢なんて出来ないし」
亮、明、拓海の会話に割って入ってきたのは、屋敷の横にある庭から姿を現した真里華だった。
しかも今回はいつもの制服姿と違って、ラフな私服姿。
白いロングシャツにホットパンツからスラッとした生脚が露になっていて、すっかり魅了されてしまった拓海は喉を鳴らして見入ってしまう。
「――ようこそ我が家へ。歓迎するわ、寺本くん、相坂くん、上野さん。そして拓海」
そんな拓海と、三人に真里華は腕を後ろに回しながら、笑顔で出迎えるのだった。
とまぁ、そんな平然としているように見えて。
(よっしゃあああぁぁぁぁぁぁぁぁあ‼‼‼‼)
拓海の好みらしき服装で前に出てみれば、思った以上に効果があってにやけたい気持ちをぐっと抑えつつ、後ろに回した手を頭上に掲げそうなほどぐっと力強く握って心中雄叫びを上げていた。
尚、拓海の後ろの三人と、真里華の後ろにいる一名には気付かれていた模様。
***
「あら、拓海くん久しぶりね。そこの三人もいらっしゃい」
「はい、お久しぶりです」
「「どうも」」
「お、お邪魔します!」
真里華の後を追うように四人が屋敷のなかに入ると、まず迎えたのは真里華の母・赤羽麻子だった。
皺がいくつか見当たるものの、その端麗な容姿は損なわれていない。
まだ父をみていないが、きっと真里華は彼女に似たのだろうと、初対面の三人は朧気ながら思う。
「うちの真里華が迷惑かけてない? ほら、拓海くんなら知ってると思うけどこの子って意外とどんくさいから……」
「いえいえそんな。昔に比べたらしっかりしてますし、それに今は俺の方が真里華に迷惑かけてしまってるくらいで」
「それならよかった。それで拓海くん達はうちの旦那に用があるんだったわよね? だったらついでだしご飯も食べていかない? うちはもうちょっとしたら昼ご飯だから、まだ食べてないなら、ね?」
「えぇ、と…………」
麻子が拓海に笑顔を振りまきながら問うその内容に相変わらずだと苦笑しながら、後ろに目線を送る。
困惑しつつも、申し訳なさげに首を横に振る未来から察するに、もう既に昼は済ませていると見る。
で、あれば。
「それは有り難いですけど、俺達もう済ませていますので」
「え? もう済ませたの?」
今日は拓海が来ると張り切って母の手伝いをしていただけに、真里華は落胆を隠せない。
「まぁな。たまには自分で料理しておかないと、いざという時困るしな」
久々にしては満足の出来でした。
「……そ、そうね」
だからその悲しそうな顔をやめてほしい。その堪えるような言葉を発さないでほし、い……。
「あー、でも小腹空いたしちょっとだけ食べようかなー。真里華、悪いけど何か出してくれる?」
「! う、うん! 今持ってくるね!」
結局、屈服してしまった。けど、この笑顔を見れるなら儲けと言っていいだろう。
道中コケそうになりながら自作の肉じゃがを持ってきて、それを拓海は食べて当たり前のように美味いと言って真里華がガッツポーズする。
そんな二人の様子を、本当に嬉しそうに麻子はみていた。
「お? もう来てたのか」
そこに、一人の中年男性が奥から出てくる。
顔つき、表情、雰囲気共に穏やかなこの男こそ、今日拓海が求めていた人物であり、真里華の父。
「お久しぶりです――透さん」
そんな彼――赤羽透に、拓海は深々と頭を下げた。
「おー、拓海くん。久しぶりだね。そこの君達もはじめまして」
やっと自分等に触れてくれた、と三人は気まずさから解放されつつ拓海に倣うように頭を下げる。
四人の生真面目な態度に透は苦笑いしながら、かけてある時計と、キッチンに戻っていく麻子を横目に口を開く。
「さて、昼飯までには時間があるようだし、早速だけど、ボクに何の用があるのか、聞かせてもらおうかな」
――その時、拓海が謎の緊張感に包まれる。
なにも知らない亮や明、未来はそんな拓海に首を傾げる。
(とりあえず、なんと説明したものか)
そう一瞬考えるが、すぐに首を振って払う。
この人相手に、言い繕う必要はない。いや、むしろそうしたら逆に怒らせてしまう。
だから、ただシンプルに。
自分らにだけ伝わるたった一言を口にした。
「やらなければいけないことが、出来ました」
――刹那。
「「ッッ――――‼‼」」
透に向かって突きだそうとしていた亮と明の左腕を、拓海は咄嗟に掴んで止めていた。




