第二章・暗示③
誘われるように、耳が聞き取った方向に向けば、そこにはやはり男が一人。
低く、若干掠れた声から予想した通り見た感じでは中年ほどの年齢。
白髪交じりに、皺のある顔を、愛嬌のある笑みに形づけている。
「……誰だ」
警戒して、亮が霊化させているカリバーンとカラドボルグを顕現させる準備をする為、手に力を込めていた。
同じように、美月やミラーナ。そして時亜が警戒。
その様子に、男は困ったような笑みを浮かべる。
「あ、あぁごめんね。信じられないかもしれないが、決して怪しいものじゃ――」
「「あ、あの!」」
男が弁解の言葉を口にしようとした矢先、急に黙り込んでいた拓海と明日葉が、収まりきらない興奮のこもった状態でそれを遮った。
いつもと様子の違いに、何事かと怪訝そうに二人に視線が集中するが、そんな事に眼にもくれず。
「あ、貴方はもしかして!」
「かの『うーろん先生』ではありませんか⁉」
そう言った二人は、目を爛々と輝かせる。
明日葉に至っては、いつもの語尾伸ばしさえなくなっているほど。
「う、うん。そうだけど」
「やっぱり!」
「あ、あの! ファンなんです! サインください!」
「お、俺にも!」
その興奮のしように、この場にいる者達――この二人以外の――全員が苦笑する。
「…………え、えーと」
二人の言葉に応じて、男がサインを書いている最中、代表して時亜が口を開き、
「兄貴に、枢木先輩? うーろん先生ってなに――」
『知らない(ねぇ)の⁉』
質問するが、その内容に二人は信じられないような声を上げた。
亮たち騎士なら、まだ分かる。
顕現してたった一ヶ月だ。本を読んでいたところで、知らなくても無理はない。
だが、時亜は現実に生きる人間だ。
しかも本を書く作者。アマチュアと言えど、いくらか本を読んでいるはずなのに、あろうことか知らないとは何事か!
「良いか! このうーろん先生という方は作家の一人で、前は純文学を、今はライトノベルを書いている人なんだよ!」
「しかもその作品の殆どが名作を知られていてぇ、アニメ化、果ては映画化まで自分の作品を進出させるほどの実力者なんだよぉ!」
「そして、作品一つ一つには必ずと言っていいほど名言なるものが書かれていることや、様々な理由から――」
主に直筆が汚すぎて読むに読めなかったり、そのくせweb投稿が盛んなこのご時世にパソコンやスマートフォンなどを好んで使わず、自筆で原稿用紙に書いていたという事から、
「ライトノベルのアインシュタイン、なんて呼ばれてる人なんだ! 分かったか!」
「お、おう…………」
「個人的には、理系じゃなくて、文系の人に例えてほしかったけどね。夏目漱石とか」
拓海と明日葉の勢いに、時亜がドン引きし、その様子を見ながら、そのあだ名に対する小さな文句を言いつつ苦笑する光景が、そこにはあった。
自重という文字が、二人の頭の辞書から消えてしまっている事は間違いない。
(このままじゃ埒が明かねぇな……しょうがない)
そう亮はため息を吐くと、苦笑いしつつ口を開く。
「まぁ、このうーろん先生とやらが凄いのは分かったが、結局のところどんな理由でオレ達に話しかけてきたのかを聞いてないんだが?」
「あ、あぁ。そうだったね。ちょっと聞きたい事があるんだけど……良いかな?」
「もちろん!」
「なんでも聞いてくださいぃ」
助け船を出した亮に感謝の意が感じられる目線を送りつつ、男――うーろんは前置きすると、二人は忠犬のように目を輝かせながら次の言葉を待つ。
「それじゃあ――こほん。君たちに聞きたかったのは道でね。姫凰学園に行きたいんだけど……」
「道に迷った、と」
確かにここから姫凰までの道は入り組んでいて分かりにくい。
地元民からすれば分かりやすいが、そうでない人ではちんぷんかんぷんなのは必然と言える。
しかし解せない。
「それならぁ、アス……私は姫凰の学生なのでぇ、道を教える事はできますけどぉ――」
「どうして姫凰に行きたいのか、聞かせてもらえるかナ? 例え二人の憧れの対象でモ、危険かもしれない人を女子校に入れるわけにはいかないしネ」
真っ向から言うミラーナの失礼な物言いに、うーろんは「当然の質問だね」と笑って頷く。
「答えさせてもらうけど、姫凰に行く理由は執筆するための取材の為。美少女ばかりが揃い、それでいて武術を嗜む者が多いと言うかの有名な武闘派お嬢様学校の在り方が執筆において役に立つかと思ったから。……と、作家としては言いたいところだけど。本当のところ、姫凰に私の娘がいてね」
「娘、ですか?」
「そうだよ。ちょっとばかしヤンチャで、昔から私の言うことを聞かない子だったから、少し様子を見に行こう思ってね」
これは初耳だ。拓海と明日葉は目を丸くする。
結婚しているということは知っていた事だったが、まさか娘までいたとは。
二人が驚いている間に、亮や美月といった嘘に敏感な騎士は眼の、筋肉の、態度には出ない裏が見える動きを観察し……。
「……嘘は吐いてないようだな」
と、とりあえず警戒を解き、手の力を抜いていた。
「とまぁこんな理由だけど、道を聞かせてもらえるかな?」
明日葉はミラーナとアイコンタクトを取り、送られた側は黙って頷くを見た明日葉はにこやかに了承し、ここから姫凰学園までの道を事細かに教える。
「――とまぁ、こんな感じですぅ」
「ありがとう。そっかぁ、逆方向だったのかー……」
うーろんはそう言ってため息を一つ。
その口ぶりから察するに、中央区にある駅から来たという事か。だとするならここまで来たのは骨折り損もいいところだろう。
どちらにせよ、道が分かった以上もはや拓海達に用はない。
「それじゃあ、道を教えてくれて感謝するよ。またいつか会った時は何かお礼をさせてくれ」
「それは別に良いですけどぉ……あれだったらぁ、アス――私が姫凰まで案内してもいいですよぉ?」
失礼かもしれないが、ちゃんと教えた道順を辿っていけるのか不安だし、それに。
「案内している間、色々と話も聞きたいですしぃ」
「それだったら俺も行くぞ! 俺だって話聞きたいんだから!」
「あはは、その気持ちは嬉しいけど大丈夫。ちゃんと道は覚えたからね。それに、わたしみたいなおじさんと一緒に歩いていたら色々と勘違いされるかもしれないし、やめといた方がいいよ」
言い合う拓海と明日葉の間に割って入るうーろんはそう言って諭す。
なるほど、それは確かに。大人らしい正しい意見だ。しかし――
「わざわざ高校生の集まりに声を掛けること自体が事案なんだが」
「…………」
亮の正論に、うーろんはぐうの音も出なくなる。
そんな様子に落ち着きを取り戻した二人は苦笑し、拓海が代表して口を開く。
「あー……ま、まぁ、そういう事なら了解です。車などに気を付けて」
「う、うん、わかった。心遣い感謝するよ。時間をとらせて悪かったね。それじゃあ――あー、えーっと」
『?』
一々反応してたらキリがないと、うーろんは拓海の言葉に続くように了解と感謝、謝罪を述べながら、ふと、もう一つだけ。
「……紺の創喚者として、ラノベ作家うーろんをこれからもよろしく頼むよ」
――挨拶を忘れていた、と。
去り際に騎士、創喚者一同の表情を豹変させる言葉を残したのだった。




