第二章・暗示②
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「――なーんだ、あってないような話だったんだ」
あの後、どういうことか説明しろというギラギラな目を向ける者達を見て、このままでは埒が明かないと悟った拓海は、ナタリアと沙良を先に帰らせた。
実体化させていた武器を再び霊化すると共に結界が解除され、続々と人が見えるようになる中、人の少ない場所に移動して説明すると、まず時亜が納得した声を上げる。
「正確には親が昔勝手に決めた事だから、それに俺達が逆らっても何も問題はない。もしいつか無理矢理結婚させようとしても、その時は縁を切るってリア姉が直々にリア姉の父親に脅してるから、一応婚約関係には一応あるが、今となってはないようなものになってるってことだ」
「じゃあ、さっきの質問の意味はなにぃ? どうもぉ、他の人にタクミンと会長の婚約の話をばら撒いているように聞こえたんだけどぉ?」
そういう明日葉の目は、未だ剣呑。
まだ完全に諦めきれない男の婚約話を聞いてしまったのだ。例え無効だと言われてもすぐに安心する事なんて出来ない。
だからこその重ねて出た質問に、「あー、それはだな」と拓海は若干困った笑みを浮かべた。
「ほら、リア姉ってさ、美人じゃん? だからパーティーに参加すると大体独身男性に絡まれたりするわけよ」
まだ高校生の上に、まだ結婚する気なんてさらさらないと言ってもしつこく縁談の話を持ってくるらしい。
「そういう時はいつも付き人に対応してもらって事なきを得ているんだが、だからと言って付きまとわれるのは面倒だし、かと言ってパーティーに出ないという選択肢は初めからない」
「? なんでだよ」
「金持ち、というか。ああいう家柄の宿命って言うの? パーティーの招待に応じず不参加だっただけで、家の名が落ちてしまうらしいよ。まだ引き継いでいないその家の子であってもな」
「……あぁ、なるほど」
ふと、アルアがポンと手を打つ。
「それで黄の創喚者を急かす猿から守るためのフィアンセの役を担ったわけですか」
「猿って言い方はどうかと思うが概ねそういうこと。元々あった婚約話を持ち出してみて、一応実際にその話がある事も証明すれば言い寄って来なくなるじゃないかと思って」
結局無意味だったようだが。
「俺はあの人を本当の姉のように想ってるし、リア姉も恐らく俺の事を本当の弟のように想ってくれてる。姉弟関係に恋愛感情は例外を除いて存在しないだろ?」
もしそういう諸々な理由や感情、関係がなかったとしても。
「そもそも俺は俺で好きな人がいるのに婚約の話をこんな素直に受け止めたり、こんな平然とお前らに話したりせんだろ」
「前までのタクミなら言いそうだけど」
……それは確かに。何も言い返せん。
「ま、まぁとにかく。これで納得してくれたか?」
「うん~、ごめんねぇタクミン。色々聞いちゃってぇ」
「気にするな。未来のサークル仲間のよしみだし、逆の立場なら俺も気になってただろうからな」
そう言って説明を終えると、言葉が途切れる。
だというのに、未だ全員の眼は、拓海に集中している。
(理由は……まぁ、リア姉の事だろうな)
婚約云々の話は理解した。だけど、結局のところ今はまだ彼女とは敵でも味方でもないのだ。
拓海と親しい間柄にあったところで、それは無惨にも切り捨てられる可能性は十分にあり得る。
それほどまでに、《黄金の果実》という願望石の魅力は凄まじい。
だからこその無言の問いに、拓海は一度目を瞑り、
「……とりあえず、リア姉の事は全て俺にまかせてほしい」
そして開けば、はっきりとした言葉で宣言した。
「皆が懸念している事は、分かっている。だけど――いや。だからこそ俺は最後までリア姉を信じたいと思う」
従姉弟の絆は、欲望なんかに屈しないと。
「もし、皆が思っているような事があっても、自業自得だ。その時は大人しく戦うし、やられたらやられたで俺はそれまでだったというだけ」
「その時は僕達が助けるだけだから、心配ないよ」
「そいつは有り難い。どのみち、行く以外の選択肢はないからな」
なんせ月曜日に、生徒会室でどうするのかこの耳で聞くと約束したのだから。それを破ってしまうのは、拓海としても本望ではない。
味方になってくれるチャンスさえも水の泡となってしまう事だけは、防がなくてはならない。
だから。
「――んじゃあ、せめて一、二人だけで良いから護衛役に連れていく事が条件。騎士であるオレは連いていくと、余計な騒動が起きる可能性もあるからいけないし、その代わりとしてな」
「どのみち、真里華と楓を連れていくつもりでいたから大丈夫だ」
「……それなら、良い」
皆の好意に甘え、危険が潜むかもしれない我儘を突き通すのだ。
「とにかく、その時にならないと始まらないし、とりあえずこの話はこれでおしまい。他には何かないか?」
……無言。
誰一人として手を上げず、数名が『はよ終わらせろ』と眼で催促している。
「……よし! それじゃあ今日はもう解散ってことで――」
「あー、すまない。ちょっと良いかな、君たち」
パンパンパン、っと。
そんな手を叩く音と共に、男の声がここに一人の存在を示した。




