第一章・従姉弟⑦
唖然とする沙良の前に、一輪の花の如く美しい一人の女が忽然と姿を現す。
亮が着ているのとデザインが似ているロングジャケット。
三つ編みに編み込まれた長い黒の髪を揺らし、左手のハンドガン――AMTハードボーラーを突き出している。
純粋に殺意のみを宿したその灰色の瞳は、沙良の恐怖心を揺さぶるのに十分だった。
「クッ!」
左手にある小太刀を振るいながら、背の浮遊刀を飛ばす――
「させません」
事は出来なかった。
それはなぜか? 彼女が全部撃ち抜いたからだ。
沙良に突き付けていたハンドガンは、今はその後ろを向けていて、銃口から硝煙を漂わせている。
弾が切れたらしく、引き金を何度も引いているが〝カチッ〟、〝カチッ〟、という音しか鳴っていない。
残る振るわれた左手の刀も、対峙する彼女の右手にあるナイフによって抑えられる。
ならば、と。
沙良は空いた右手を拳に、彼女の顔面目掛けて振るわれる。
しかし、それは彼女の想定の内にあった。
左手に握られていたハードボーラーを軽く放り投げる。
素手と化した左手は、流れるように沙良の肩を掴んでいて……
「―――はっ?」
気が付けば、沙良は地面に叩きつけられていた。
何が起きたのか分からず、ただ呆然と背中の痛みに悶えながら、大人しく彼女に押さえられている。
(流石……)
彼女の事をよく知っている亮は、驚きもせず観ていた。
合気道。
相手の力を利用して無力化する護身術。
彼女が沙良をこうして取り押さえる事が出来た武術の正体だ。
肩を掴み、引き寄せるような形で自らの加えた力を勢いと変え、そのまま投げ飛ばしたのだ。
勿論、それなりの実力がないとこんな綺麗に決まることはない。
そもそも彼女は純粋な戦闘技術は亮よりも上で、劇中でいつも助けられていた。
そう、彼女は拓海によって創喚された従騎士。それも亮の相棒を務めたメインヒロインだったのだ。
「……また、無様な姿になりましたね、少尉」
そんな彼女、アルア・シュバルツァーはふぅ、と一息吐くと、後ろで這いつくばっている亮に毒舌を炸裂させる。
「……うるせぇ、毒舌女」
苛立つが、それは亮にとって不快にものではない。
逆にいつもの悪態は、亮の心に安らぎを与えるくらいだ。
「……でもまぁ、おかげで助かったよ、アルア」
「助かった、ではありません。貴方は馬鹿なんですか? 私が来なかったらどうなっていたと思ってるんですか」
「でも、迎撃しなきゃ、殺られてたし……」
「逃げながら迎撃しろと言ってるんです。誰が真っ正面から迎え撃てと言いましたか」
……確かに。言われてみればそのとおり。
逃げるという選択肢そのものが頭から抜け落ちていた。
「どうせ忘れてたんでしょう……本当に、脳筋なんですから」
そういうアルアの目は、若干潤んでいた。
なんだかんだ言って、結局心配だったのだろう。
例え騎士は劇中の時より数倍頑丈で、しぶとくなっていたとしても、大切な人が傷付くのは我慢ならないのは当然だ。
「へーへー、悪ぅござんしたよ、伍長殿」
かと言って、素直になるのも照れくさい亮は、いつものようにはぐらかすような口調で言ったのだった。
「悪いと思ってるならせめて態度も改めてください」
「善処する。それより、お前がいるって事は、拓海は――」
「する気なんてなんでしょう、全く……とりあえずは我らの創喚者の事よりも先に、その骨折した脚と切断された腕を治すのが先決です。軍曹、お願いします」
「はいはーい、お任せあれー」
アルアが視える反対方向から、幼少期より聴きなれた声。
振り向くとそこには、切り飛ばされた亮の腕らしきものを持ってきた栗色の髪の少女がいた。
あの荒廃した世界観の中では異常なほど生気を宿す青眼は、正確に亮を捉えている。
「瑠璃……」
「やっほー、お兄ちゃん! 元気そうだね!」
そんなヒロインの一人にして亮の義妹。相坂瑠璃はそう笑顔で言った。
「……これが、元気そうに見えるのか?」
「生きててそこまでちゃんと話せてるなら、ボクからすれば元気の範疇に入るよ」
そう言って座れば、手に持つ腕とその亮の切断口を無理矢理くっつけた。
「グゥゥゥゥウウウウウウウ⁉⁉」
「はい我慢してねー」
もがき苦しむ亮を押さえ込みながら、くっつけた切断口に手を翳す。
するとその手から光が溢れ出し、接着。そして傷口となるものが塞がれていく。
これは輝力。天使が使う力だ。
力の性質は補助。味方の強化や治癒や再生の術も、この輝力に属していて、熟練者や天才に限るが、十分以内であれば死んだ人を生き返らせることも可能という。
つまり瑠璃の種族は人間でなく天使。
天使の象徴たる純白の翼のない異常者だが、亮のようなことはなく、輝力の方には何ら異常はない。
「………はい、オッケーです。次は脚治すよー」
そうして何事もなく亮の右腕は繋がり、ずっと続いていた痛みは消える。
確認をとった瑠璃はにっこりと愛らしい笑みを浮かべたら、次は折れた足に手を差し伸べる。
「……それで? まだ拓海はどうしているのか聞いてないんだが?」
表情も目に見えて安らぎ、余裕の出てきた亮は今一度アルアに問う。
自らの主の安否を知りたいというような崇高なものではなく、まるで家族を心配するような物言いに苦笑しつつ、亮らしいと思いながらアルアは自分から見て五時方向に向く。
釣られるように亮も目を向ければ、そこには確かに拓海がいた。
同じように沙良の創喚者も一緒にいて、対峙している。
(……なんだ、この空気)
明らかに剣呑な雰囲気でない二人の空気に、亮は思わず戸惑う。
なのに闘気を纏っているのは、なぜか。
疑問ばかりが浮かび上がり、若干落ち着きがない亮は一先ず深呼吸。
とりあえず楽な体勢になろうと、姿勢を正すと、ガサッと音が鳴る。
―――刹那。
黄の創喚者は両手にある何枚ものコインを、拓海に向かって弾き飛ばした!
それは弾丸となり、場に漂う風を切って進む。
普通当たったら痛いじゃすまない鉄つぶてを、拓海はその眼に捉えていた。
(あれは……!)
あの、獣の如き鋭い目付きに雰囲気。
間違いない。明と相対した時と同じものだ。
まるでスイッチが切り替わったように変化った拓海は、次々と襲いかかるコイン達を弾き返し始めた。
叩き落としたり、キャッチしたり、殴ったり。
思い思いに襲いかかる小さな鈍器を弾いていく。
「久しぶりに受けたけどッ、相当腕を上げた、ね! 身体強化したってのに、手が脱臼気味になっちゃってるよっ‼」
「それを弾き続けてる拓海も、強くなりましたわねっ!」
「まぁ、うたれ強くなったとは自負してる、よっっ‼‼」
その二人の口調は、苛烈になっていくせめぎ合いと違ってさっきより穏やかで、笑みも浮かんでいる。
「知り合い、なのか?」
「そのようですね」
亮の疑問に答えたのはアルアだった。
「少尉から話を聞いた後に私達を創喚したらしいのですが、その創喚者の特徴に、一人だけ覚えがあったと言っていました。あの様子からして、その人で間違いないでしょう」
その人は、ある金持ち一家の一人娘。碧海学園の生徒会長。
拓海がリア姉と呼び親しんでいる少女の名は――
「四葉ナタリア。我らの創喚者の従姉弟らしいですよ」




