第一章・創喚④
「とりあえず、お疲れ様と言った方が良いのかな?」
前方より、聞きなれた声。
理由には使ったが、本来ここにはいないはずの少女の声。
顔を上げると、妖しげに微笑む短い黒髪のミステリアスな美女の、木に寄りかかる姿が拓海の視界に入る。
真里華と同じ碧海の女子用制服に身を包む彼女は近付き、拓海の隣にそっと座る。
「……盗み聞きとは、感心しないな。もしかしなくても俺の後を付けてたんだろ? 楓」
「すまない。でも、あんな情報を同志が欲しがるとは思えなくてね、ホームズとしては見過ごせなかったのさ。それに、その依頼主がその情報を紙に書いてほしいとか、それを本人が見ずにそのまま去るとか不自然にも程があるし」
「言われてみれば確かに。やっぱり、情報屋を出し抜くのは無理があったか」
「それは依頼するときに気付いてほしかったね」
拓海を同志という彼女――情報屋・ホームズこと家達楓はそう言って笑う。
一頻り笑って見せた後、楓は辛そうな、申し訳なさそうな顔を拓海に見せた。
「………また、私目当てだったんだね」
「まぁ、な……」
―
楓は、情報屋というにはあまりにも人脈はなかった。意図して持たなかったのだ。
何故なら、彼女に近付く者の九割はその身体と、情報源が欲しかっただけの欲まみれな男ばかり。
そんな輩ばかりであれば、楓が追い払うのも、交友を広げるのが嫌になるのも当たり前。
もはや閉鎖的になるのも必然だった。
だが、それでも情報屋をやめられない楓は、気に入ったものだけに交友を深めることにした。
見た目を気にせず、情報屋という肩書きを抜きにして仲良くしてくれる友達を求めた。
その結果。気に入った人物は三、四人と少なく、友達と呼べるのも拓海くらい。そう言ったことを抜きにして付き合ってくれる人はほとんどいなかった。
それだけでも少し辛かったのに、彼らはさらに追い打ちをかけた。
――繋がりが欲しいからと、拓海に目を付けたのだ。
痛い目をみたくない拓海に、自分のせいで傷付いてほしくない楓は、あえなく楓と彼らの仲介役として許してしまう。
だが拓海はほんの些細な抵抗として、楓と彼らと顔を合わさせないよう、自分を経由して伝言する形とした。
こうして彼女に危害を及ばさず、仲介役として仕事を果たしていると、周りは拓海を都合のいい仲介役と噂するようになり……
いつしか、〝仲介くん〟と皆は呼ぶようになっていた。
「……すまない」
「なんでお前が謝るんだ、お前のせいじゃないだろ?」
「いいや、私の責任さ。私が君と友になっていなければ、君はこんな滲めな思いをする事もなく赤羽氏と幸せにひっそりとリア充生活を送っていただろうしね」
(その言い方はどうにかならんのか)
せっかくのシリアスが台無しである。いや、それでいいのだが釈然としない。
しかもこの言い草、二人の疑似夫婦生活の事も知っているかのようだ。というか、楓の事だ、隅から隅までしっているのだろう。
「そう思うと、私は君に申し訳なくて仕方ない。だから同志、君が望むなら今この場で縁を切っても――」
「ばーか」
「痛っ」
拓海はその先を言わせないよう、途中で楓にデコピンして止めた。
「お前さ、俺を馬鹿にしてんの? 確かに今の状況は辛くないと言えば嘘になる。けどな、だからってお前の友達をやめるなんていう程性根は腐ってねぇんだよ」
「しかしだねっ」
「せっかくの貴重な読書仲間を失うわけにもいかねぇし、さっきも言ったようにお前のせいじゃない」
彼らが身勝手な理由で楓を狙って、その為に拓海を利用して、周りがかってに噂しているだけ。
それに――
「俺は好きでお前とこうしてつるんでるんだ、多少のリスクくらい耐えられるってもんよ」
「―――」
そう言って笑う拓海に、楓は目を丸くしつつ、その頬を赤らめていた。が、すぐにクスクスとからかう表情をみせる。
「………それは、もしかして私を口説いていると考えてもいいのかな?」
「そう聞こえたなら謝ろう、そんな気はなかったんだ」
だが、赤面しそうな言葉にも拓海には通じず、何一つ取り乱さないで軽く言葉を返す。
こう言ったような冗談は、楓との付き合いが始まった当初から散々言われているので、耐性が付いている。
……というのも正解ではあるが、理由としては薄い。なに、枯れているというわけではない。
「流石に、赤羽氏一筋の君には、こんな冗談は通用しないか」
「………うるせぇ」
単に真里華以外の女子を、あまり異性として見れないだけなのである。
そう暗に――いや、直球に言われると、拓海は真っ赤になってふて腐れる。
「フフッ、君に赤羽氏の話をするといつもと違って表情が豊かになるから面白――微笑ましいね」
「……お前はっ倒してやろうか」
「フフフ、じゃあやってみるかい? ――と、そろそろ教室にいかないとマズいね」
いつものように冗談の言い合いをしていると、ふと楓が腕時計をみて呟く。
「マジで? じゃあ話はここらへんで切り上げて急ぐか」
「だね」
楓の相槌と共に二人は立ち上がると、ズボンやスカートに付いた砂や葉を軽く払いながら、拓海はある事に気付く。
(やべぇ、クラス表見忘れた)
そのクラス表は校門前にある。走っていったとしても間に合わない。
……仕方ない。あまり利用するようで気が乗らないが、背に腹は変えられない。
「楓、俺のクラスってどこか教えてくれないか?」
聞けば、「あぁ、そういえばクラス表見ていた様子はなかったね」といち早く察してくれて、快く了承。
「同志のクラスは二年四組。私と同じクラスだよ」
「おっ? マジか」
「マジさ。それだけじゃなくてね……」
すると楓は、なぜか間を置き、ニヤニヤと拓海をみている。
何故だろう、どこか腹立たしい。
そんな不可解な苛立ちを抑え込んでいると、今やもう特別番組枠となった某クイズ番組の如く長い間は終わりを告げ……
「―――なんと! 今回赤羽氏も同じクラスになったんだよ! たしか八年ぶりだったよね?」
――いま、なんて言った?
拓海は瞬間、呆然とする。なぜ八年ぶりな事を知っているのかなども気にならない。ただ理解する為に頭を回転させる。
理解するのに一秒。硬直から解かれるのに二秒。
「……マジかぁ」
計三秒経過した後、しっかり受け止めた拓海は、上を向いて目を覆った。
声色はどこか疲れのようなものを感じ取れる。
「? どうしたんだい、同志。嬉しくないの?」
「いや、嬉しい。すごく嬉しい」
けど、素直に喜べなかった。
だって、今朝感じた予感が、面倒な方向で的中するのが確定したのだから。
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