第一章・従姉弟⑥
身体が熱く、身体中が蠢くように変貌しようとしていた。
皮膚が、眼が、髪が、腕が、脚が。
別の自分へと変わり果てていく。
犬歯は伸び、眼に野生を宿すと、耳が引っ込むように消え――
ひょこっと、亮の頭にふさふさの獣耳と、後ろ腰にふさふさの尻尾が姿を現した。
「おや」
「まあ」
その様子をみていた沙良とその創喚者が驚いたような声を上げた。
戦闘中にも関わらず、この場の空気が緩むのが分かる。
それでも沙良は小太刀を停止させずにそのまま飛ばしてきた。
五刀は亮の周りをくるくると回りだす。
まるで虫のように煩わしい浮遊刀は、亮を警戒させてその場から動けなくする。
「――穿て」
沙良がポツリと呟いたその時。前方に浮かぶ小太刀が亮に向かって撃ち出された。
その先の心臓を貫かんと、迫る刀。
対し亮はカリバーンを振り下ろし、小太刀を叩き折る事で危機を回避する。
――だが続くように、亮の真後ろにも刃が迫っていた。
当然ながら、亮は気付かない。
このままでは亮の背中から心臓を串刺しにされ、絶命し、消えてしまうだろう。
――前と同じならば。
「―――――」
今の亮の五感は、通常の数倍は研ぎ澄まされた状態にあった。
耳は確かに後ろからの風を切る音を捉え、
同時に鼻は、独特な鉄の臭いを捉える。
同じように研ぎ澄まされた第六感と風から感じる機微な動きは、周囲の浮遊刀の距離感と、撃ち出されるタイミング、そして今まさに迫りくる死を亮に教え――
「―――捉えた」
自身を狙う、刃の全てを捉えた。
振り返りながら、カリバーンで薙ぐ。
するともう目前に迫っていた小太刀を捉え、その勢いのまま叩き折った。
「なっ………チッ!」
舌打ちを一つ。
予想だにしなかった展開に焦った沙良は残り三つを一斉射する。
それらは正確に亮の死角に潜り込んだ。
だがそんな事をしたところで、今の亮に捉えられないものはない!
「ふっ!」
払う、
「はっ!」
払う。
「ダァアアァッ!」
薙ぎ払うッ!
振るうその場所に眼もくれず、ただがむしゃらに振るっているような白い剣は、一度すら外すことなく、浮遊刀の脆い部分を叩く。
そうすれば、三つの浮遊刀はバラバラに砕かれ――その場に落ちたのは命ではなく、消えようとする小太刀の残骸となった。
鼻や、耳。そして第六感なる不確かなものを頼りにこの場を切り抜けた今の亮は、ただの人に非ず。
狼の耳と尻尾を兼ね備えた獣――そう、ここにいるのは獣人そのものだった。
「……捉えた」
次に目は絶句する沙良を捉えると同時に走り出す。
それはまさに狼。風を切り、獲物に食らいつこうとする獣のよう。
「ッ―――!」
剥きだされた刃に、浮遊刀を精製する暇がないと悟った沙良はその身で応戦。
お互いの剣が何度も交錯し、衝撃によって身体ごと弾かれ、また交錯。
「……これが噂のヤ〇チャ視点ですか」
その繰り返しの光景は、沙良の創喚者には剣戟と残像しか見聞きする事が出来ない。
常人には到底たどり着けない領域。そんなものが、彼女の目の前で繰り広げられていた。
「―――来ましたか」
何度目かの交錯。その時、沙良の浮遊刀の創喚が完了し、定位置たる沙良の背に付く。
沙良が一振りすれば、浮遊刀も後に続き、計六刀の刃が亮を千切りせんと迫りくる!
「グッ――ゥ―――⁉」
カリバーンとカラドボルグを盾に。
連続して襲う衝撃は、左腕と歯に重くのしかかる。
「しかし、なんとも愛らしい姿になりましたね。わんちゃんですか?」
「狼だ……!」
そのまま沙良が押し込む形で始まるつばぜり合いの中、余裕を取り戻した沙良はゲスい笑みを浮かべた。
打って変わって、一切の余裕のない亮は投げやり気味に反論する。
――本当にアイツにそっくりだなぁ、全く!
「あら、なんか嬉しそうですね……ドMなんですか? この駄犬」
「ちっげぇよ。単にアンタを見て、アンタと同じある性悪女を思い出してただけだよ」
「あら、奇遇ですね。私も貴方を見ていると、貴方に似たある馬鹿を思い出します」
「そう、かい……!」
そう言いながら、目いっぱい左腕を力任せに振るい、コケそうになりつつ沙良を払いのけた。
バク転で距離をとれば、亮のその場で身体を捻りつつ跳び上がる。
その身はベーゴマのように回り、その勢いは剣にも乗った。
これは亮が繰り出す、我流剣術が一。《迅狼》と同頻度で使う技。
回転によって刀身に勢い、風圧を乗らせ、圧力の大きな獣の牙として突き立てるその技の名は――!
「《砕牙》―――――‼‼」
迫りくる牙に、沙良は焦りもない。
なんせ、沙良には今、彼にはいない人がいるのだから。
「なっ―――⁉」
別方向から、なにか小さなものが近付いてきていることを感知する。
亮からみて七時方向。距離はすでに半分を切った。
回避不可能。防御不可能。直撃する――⁉
「ッッッ―――⁉⁉」
鉄を叩く音、そして左足に鈍い音が鳴る。
見れば、左脚は折れ曲がり、カリバーンは纏う圧力が消されるどころか、既に沙良を捉えていなかった。
咥えていたカラドボルグを離してしまい、そのまま地面に俯せになって倒れた亮の視界が捉えたのは、今まさに地面に落ちた二つのコイン。
さらに飛んできた方向を辿れば、そこには沙良の創喚者がいて……
浮遊機能を使って創喚書を浮かせたことで空いた両手には、片手ずつ抱える一ダース分のコインがあり、全身には青いオーラが纏われていた。
「あの創喚者が、これをやったっていうのか……⁉」
方向性は違えど、拓海と同じ武闘派の創喚者だったらしい。
拓海と言い、今回の夢現武闘会は一体どうなってるのだ⁉
「前回はそうでもなかったようですが、元々は御剣町には道場持ちの伝統ある武道家の家が粒揃いしてますからね。ここで祭りをするなら、大体こうなりますよ」
心を読んだように、沙良は亮の疑問に答える。
夢現武闘会は、前回からここが祭りの会場になっただけで、最初からここだったわけではない。
京都や、大阪でもやっていたし、アメリカやロシアのような外国でもやっていた。
さらに前回は武闘派な創喚者がいなかったのならば、亮が知らなくても当然というもの。
「頭がすっきりしたところで、死んでくださいな」
納得した亮をみて沙良は右の刀を振り上げ、間髪入れず振り下ろした。
どんな状況だろうと、もう慢心しない。これで終わりにする。
一撃で息の根を止めるならば、首一点。これを切り落とせば、沙良たちの勝ちだ。
それに亮自身に、打つ手はもはやない。
だが、亮をここまで追い詰めるのに時間をかけ過ぎた。遅すぎた。
「………やっと来たか」
戦いが始まって、五分が経過。
それは、破裂にも似た発砲音と、亮の言葉と笑み。そして手に持つ小太刀が粉々に砕けたことで気づかされた。




