第一章・従姉弟⑤
何が起きた? 何が、なにがなにがナニガ―――⁉
理解する暇もなく、明確な〝死〟を表す小太刀をアルビノの少女は歌舞くように舞い振るうのを視界に捉える。
その先は、首。
一撃で仕留めるのに最適な急所。
それを理解していても、両サイドからの攻撃に対処できる手段は―――。
「……いや」
――ないわけでもなさそうだ。
亮は頭上に降っていたものをみてニヤリと笑う。
まずは亮からみて左サイド。
小太刀に向かって、手に持つカリバーンで振り下ろす。
そうすれば小太刀の刀身に皹が入り、その地面に叩きつけられた。
続いて右サイド。
迫りくる右の刀に、あろうことか亮は空を見上げ―――。
落ちてきたカラドボルグの柄を咥えた。
「なっ――⁉」
目を丸くする少女に眼もくれず、そのまま首を右側に傾けて、カラドボルグの刀身を盾に小太刀の行く末を止める。
「ふぁっ―――!」
そして軽やかに跳躍。お返しと言わんばかりに少女の脳天目掛けてカリバーンを振り下ろす!
「チッ!」
舌打ちを一つ。
少女は小太刀を盾に、打ち下ろされたカリバーンの一撃を防いだ。
「ッッ―――⁉」
想像以上に重い一撃に、左腕にかけて全身に衝撃。少女の軽そうな身体は後ろに向かってふわっと浮き上がるように吹き飛ぶ。
地面に足が着くと、靴底をすり減らしながら金髪の少女の隣にまで下がり、そして止まった。
「大丈夫ですか、沙良」
「えぇ、一応は」
沙良と呼ばれる騎士は、小刻みに震える左腕を右手で押さえながら創喚者の問いに応える。
「少々、侮りすぎたようですね。創喚者を連れてない騎士はゴミクズ同然だと高を括ってました」
「それは流石にナメ過ぎだ……」
「そのようですね、低能と言ったのも訂正しておきます」
「そいつは重畳………」
亮は真っ青な顔で律儀に受け答える。
アドレナリンが切れたようだ。
亮の右腕があったはずの切断口が熱く、強烈な痛みが襲い掛かってくる。
白かったジャケットも真っ赤に染まり、傷口からは今もなお血が溢れ出している。
この身が騎士でよかった。
そうでなければ、今頃亮は出血多量で死んでいただろうから。
(まぁ、そんなことはどうでもいい。今考えるべきなのか、なぜさっき突然オレの腕が斬れたのか、だ)
一度、沙良の周囲を観察する。
そこには、ひび割れた小太刀を消し、創喚者から新たに小太刀を創喚してもらっている光景があっただけで、特に目新しいものは――
(……あれは)
ふと目に入ったのは、沙良の翼のように浮遊している五本の小太刀達。
そのうちの一本が血だらけになっていて……
「……流石に気付かれましたか。そう、貴方の腕を斬り飛ばしたのは私に付き従うこの浮遊刀。跳ぶ瞬間、貴方は私にしか意識が向いていなかったので、その隙に一つ死角に入り込むようこっそり一刀飛ばした結果です」
「そういうことか……」
あの小太刀は単なる飾りとは流石に思っていなかったが、まさか自由自在な自立武装だったとは。
生き物ならば斬ろうとした時点で殺気が、殺意が宿る。その時の寒々しい〝予感〟を感じ取れれば、防ぐ事が出来ただろう。
だが無機物が殺気を飛ばす事はできない。自然という意味では生きているかもしれないが、生命という意味合いでは、決して生きているとは言えない。
意思でも持っていれば訳が違ったかもしれないが、みたところそんな様子は一切ない。
……反則的な武器だ。これでは常に周囲に気を配らないといけなくなってしまった。
(それがどれだけしんどいか、なんて考えるまでもない)
この状況で一番簡単な対処方法は迅速に沙良、もしくはその創喚者を倒すこと。だが、こちらに創喚者がいない時点でそれはできない。
今の状況では、勝ちに行こうとした時点で隙を突かれてDEAD ENDだ。
ならどうするか? それはもはや、亮の頭では気を配ることくらいしか思い浮かばない。
それに。
(それは〝今〟のオレのままであればの話だ)
適した種族に変貌れば問題ない。
幸い、周囲に気を配るのが得意な種族を良く知っているし、時々劇中でも変貌している。
……ただ、亮の気が進まないだけ。
「はぁ………」
深く嘆息しつつ、亮は種類だけは無駄にある〝力〟から一つ選択。
――〝戻れ、元れ、還れ。我ら魔獣が本質へ〟
残量がなくなるように、亮が使える最高の術を唱える。
「何をするつもりかは知りませんが、隙だらけですよ!」
その時、当然ながら気付いた沙良が仕掛けてきた。
背に控えさせていた浮遊刀五本を全て飛ばし、不規則な軌道を描きながら、亮の肉体を貫かんと迫る。
「ッ―――!」
応戦する。
だが口で剣を操る事に慣れてないせいか、成す術なく斬り裂かれていく。
そしてトドメだと言うように、沙良はその手に持つ二刀で彼を真っ二つに引き裂こうと振り抜き――
そのまま小太刀は何事もなく亮の身体をすり抜けた。
「……えっ?」
どういうことだ、と沙良は何度も瞬きする。
目の前には確かに彼がいる。なのにどうして、手ごたえ一つ無い? いや、それどころかなぜ彼は傷一つついていない――⁉
「ハァ――!」
そんな疑問に誰も答えてくれず、さらに白い刃が沙良の頭上に降り注ぐ。
咄嗟に身体が動き、小太刀を盾にすると、衝撃が沙良の全身に伝わる。
衝撃を受け流し、後ろに下がりながら沙良は思考する。
(分身やその類いではないようですね……私の攻撃はすり抜けたのにも関わらず、こうして彼の攻撃は当たっている。つまり、彼はちゃんとそこにいるということ)
その事実が彼女を混乱させる。
なにか術を使っているのは分かる。だがどういうものなのか見当もつかない。
(……いえ、今そんなことを考えてる場合じゃないですね)
とにかく。下手に斬っても無駄という事を受け止めた沙良は、ただ思考をフル回転させながら、亮の動きをジッと見守る事にする。
(……なんとか、誤魔化せたか)
それこそが亮の狙いだ。引き裂かれるような痛みに耐え、必死に引きつりそうな顔を抑える。
〝幻すは我が身なり〟
それが、沙良を悩ませる術の正体。妖力を使った上級術の一種だ。
妖力は、魔獣たちが使う、幻影や幻覚などと言った精神を犯す術式が主に存在する力。
なのだが、この術はそんな簡単なものではない。
術者の肉体を一時的に文字通り〝幻〟にしてしまうものなのだ。
魔獣と言うのは、そもそも大気中に充満するエネルギーが悪性化したモノが形を成して顕現した生物。
だから本来は実体のない存在で、この術は本来の姿に近付くだけのもの。
とはいえ、妖力が切れればまた実体化するし、痛覚はそのまま。
攻撃はすり抜けたとしても、そのダメージは決して誤魔化せない。
(そのせいでショック死した魔獣は腐るほど見てきたしな……)
妖力を上げれば本来のあり方に近付くから、ダメージは薄れていく。しかし、如何せん亮が持つ力の容量全てが微々たるもの。
殆ど軽減できていないダメージを受けているという事なのだ。
それでも、気絶すらしないで立っていられる亮は異常でもある。
しかも殆どその効力が切れていたから、あと一撃沙良が追撃していれば、そのまま成す術なく殺れていただろう。
(我ながら、悪運の強いこと。……さて)
術の効果が切れても尚、注いできた妖力が薄れてきている。
そろそろ残量が欠片もなくなるらしい。
――三。
思わず、汗だくの顔をニヤリと歪める。
二、
その顔をみて沙良が焦り、思わず浮遊刀を飛ばすが――
一。
(遅い)
―――肉体が、唸りを上げた。




