第一章・従姉弟④
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「チッ――!」
それを理解したと共に立ち上がり、袖裏に隠しておいたナイフを取り出した。
これだけの至近距離だ。今なら殺れる!
そう判断した亮は、創喚者であろう金髪の少女に近付き、徐にその凶器を突き出す!
「私の事を忘れていませんか? 健忘症ですか?」
「――⁉」
しかし、それが彼女に届く事はなかった。代わりに甲高い音が周囲に響く。
先のアルビノの少女が金髪の少女の目の前に立ち、亮のナイフの行く道を、いつの間にかその手に握っていた小太刀で遮っていたのだ。
その表情は変わらない。だが、その眼の色は剣呑なものが見て取れる。
(やはり騎士だったか――!)
「私の前でやれるなどと思っていたのですか? だとしたら貴方は相当の馬鹿という事になりますね、この低能」
「グッ――⁉」
息を吐くように罵ってくる騎士は、亮のナイフを弾き返し、手の小太刀を逆手に持ち替える。
「とりあえず消えてくださいな」
さらに騎士の標準能力である《霊化》で消していたのであろうもう一本の小太刀を空いた手で逆手に握りながら、左の小太刀で線を勢いよく引くように亮の首目掛けて薙ぐ。
「嫌だ、ねッ!」
なりふり構っていたら首をとられると悟った亮は、あえなく霊化を解除。
右手で右腰のカリバーンを鞘から引き抜き、なんとか盾として防ぐことができた。
「ふぅ……」
亮はカリバーンをそのまま左手に持ち替えると共に弾き合い、距離を取ったところでその安堵から息が漏れる。
だが油断できない。こういった女が厄介なのは、嫌というほど知っている。
なんせ、劇中の相棒がそうだったから。
(今はそんなことを気にしている場合じゃない)
一刻も早く創喚者を呼ぶのが先決だ。
「……この公園にオレ達以外に人影がないのはアンタの仕業か?」
緊張感漂う臨時態勢の中、亮は拓海に心話の回線を開き、敵襲を知らせながら一つ黄の創喚者に尋ねる。
「答えはYESですよ、創喚者を連れていない騎士さま。これは結界によるものです。改編結界となっていると言っても、この公園になにか手を加えているという事はないのであしからず」
「結界……なんで、この公園が結界に」
「私がこの公園……いえ、この町を愛しているから。後は言わなくとも察せますよね?」
つまり、舞台そのものがここ〝御剣町〟ということか。
(あの騎士からして、世界観までは同じじゃないようだが)
そこはどうでもいい。とにかく、今必要な情報は得た。
「そこまでです、創喚者。これ以上はあの低能に情が移ります」
ここまでの情報を拓海に横流ししていると、横から黄の騎士が割り込んでくる。
しかもその背中から五本の刃が顔を出していた。
それらは宙に浮いていて、まるで彼女に剣の翼が生えたようにも見える。
「それもそうですね……」
そろそろ来る――それを肌で感じ取った亮は、徐にカラドボルグを引き抜く。
〈みつるぎ第二公園か……それなら身体強化すれば五分で着く。それ以上の短縮は無理だ〉
そのタイミングで、そこまでの情報を受け取った拓海の心話が届く。
「………」
……正直に言えば、非常に厳しい。
創喚者なしで五分も持たせろというのは、あまりに現実的ではない。
騎士と創喚者はその一組そのものが一つの勢力と言って過言ではないからだ。
離れてしまえば、騎士であろうとただの一人に成り下がる。
つまりこの状況は、たった一人で一つの国を相手にしているようなものなのだ。
(だったらずっと離れないで暮らせと言うのは、創喚者達には無理な話)
ニートや不登校なら、関係ないんだろうが、それはそれ。
難しいところなのは変わりない。
だけど――
〈……やっぱ無理か?〉
ふと、沈黙していた亮に、拓海は心配そうに尋ねる。
自分でかなり無茶な事を言っているというのが分かっているからこその言葉。
しかし、それでも拓海はそう言わなければならない。
仮にも拓海は命令する側だし、状況からしてそれ以外に選択肢はないから。
〈ハッ――五分程度、余裕で持たせてやるよ!〉
だからこそ、亮は虚勢を張る。
大丈夫だと、何も心配するなと。
自分自身を騙せるくらいに、自信満々に伝えた。
〈でも、なるべく早く頼むぜ〉
〈はは……了解。すぐ向かうから待っててくれ〉
〈おう!〉
それでも念には念を入れ、冗談のような本音を洩らしつつ心話の回線を切る。
ここで亮は初めて耳鳴りがするほどに場が静まり返っている事に気付く。
浅い息遣いすら聴こえ、もはや心音すら聴こえてきそうなほど静寂。
所謂、嵐の前の静けさだ。
「「「………」」」
――汗が伝う。
下手に動けば殺られると感じ取ったせいか、胸が痛いほど高鳴っている。
一、二、三。
流れる汗が顎の真下に通過し――地面に向かって落ちる。
『ッ―――!』
それを合図に、亮とアルビノの少女は弾けるように飛び出した。
互いにその命を刈り取ろうと、死神の鎌のように自らの得物を振りかざす。
その時、〝無〟を表していたはずの彼女の口元が、ニタリとうすら寒いものを感じる笑みを浮かべていて―――。
「…………はっ?」
ザクン――ッ、と。
亮の右腕が、鮮血と共に宙を舞った。




