第一章・従姉弟③
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そうして何事もなく時間は過ぎて放課後に。
真里華の追及から最後まで逃れる事が出来た拓海は、固まった身体をほぐすようにぐーんと背伸びする。
「おい、紫苑。今日どっかいかねぇか?」
そんな拓海に近寄ってきた村井は、後ろに高山含めた数名を連れて遊びに誘ってくる。
「あー……ごめん。今日は生徒会あるんだ」
「そっかー、わかった。じゃあまた今度なー」
「うん」
名残惜しく遊びに行く友人達を見送り、ため息を吐く。
自分から生徒会に志願したのだから、仕方ないと言えば仕方ない。
(好きで生徒会に入ったわけじゃないけど)
そうもう一度深く嘆息しようとして――こそこそと逃げようとする馬鹿の首根っこを掴んだ。
「……やぁ、同志」
「よお、楓。どこに行く気だ?」
「帰ろうと――」
「すんなアホ。お前も生徒会だろうが。……言っておくが忘れたとは言わさねぇよ?」
そう先に言っておくと、楓は小さく舌打ちする。
……舌打ちしたいのはこっちなのだが。
「………それじゃあ行こうか、真里華」
「う、うん」
だがその気持ちをぐっと抑えて首根っこ掴みながら苦笑いする真里華と共に楓を引きずって生徒会室へ向かう。
その間、何度か脱出を試みていたが、最近鍛え始めた拓海から逃げる術なんてない。
しばらくして諦めたのか、されるがままになった楓はぶさくさと文句を言い始める。
「全く、一体どうして私も君も生徒会なんぞになってしまったのか」
(それはこっちが言いてぇし、お前のせいだろうが!)
そう怒鳴ったところですっとぼけたりするに決まってるので、口には出さない。
拓海が生徒会に入る事になったのは、楓に安易に借りを作ってしまい、それを良い事に〝一々制服に着替えるのが面倒だから校則変えてくれ〟なんて無茶ぶりを要求してきたからだ。
借りを作ったのが悪いし、拓海の性格上、それを無碍にすることができない。
だから生徒会に入ったり、色々と頑張ったわけだが、まぁそれを実現する事はまず無理。
その頃には、拓海の事も、それが出来ないという事も分かった上で言っていたのだと、家達楓という人のなりと共に嫌というほど理解していた。
そして同時に〝このままこの女の言いなりになるのはいやだ〟と、その頃の拓海にしては珍しくムキになっていたのも覚えている。
どうしてやろうかと模索した結果、ちょうど生徒会の枠が空いていたのを聞いて巻き添えにしたのだ。
(本人に伝えた時の引きつった顔をみた時、すっげぇ清々しかったなぁ)
それを機につるむようになって、今となっては友人なのだから、人生何が起こるか分からない。
(思えばこれがあったから放課後も真里華とずっと一緒にいられるわけだし、どっちかっていうと感謝すべきなんだろうけど)
だからと言って素直に感謝するのも癪だし、そもそもただの結果論に感謝するつもりはないが。
「あっ、そうそう」
ふと楓は思い出したように口を開いた。
「会長、帰ってきてるらしいよ」
………。
「「はっ?」」
一瞬、何を言ってるのか分からなくして沈黙し、理解と共に唖然とする。
一、二、三秒。
「おま、なんでそれをもっと早く知らせなかったんだよ⁉」
硬直から解かれた拓海は、掴む場所を首根っこから胸倉に変えて問いただす。
当の楓は「だって聞かれなかったし」などとそっけなく屁理屈を言うばかり。
(強引に連れ出したのは間違いだったかな。少し反省―――いや、よくよく考えたらその前に言う機会なんていくらでもあったし、謝ったら謝ったでその隙をつけ狙ってきそうだからやめとこう)
それに今そんな事は重要じゃない。帰ってきたなら来たで早く出迎えてやらないと。
だって拓海の従姉弟なのだから。
「楓、もう問い詰めたりしないからさっさと〝リア姉〟の今いる場所を――」
〈――拓海!〉
教えやがれ、そう続けようとした時、突如亮の声が脳内に響く。
心話による通心会話だ。
「チッ……《共鳴接続。対象選択・相坂亮》」
こんな時になんだ、と苛立ちながら拓海も亮に心話を繋げ、思い話す。
〈なんだ亮。こっちは今取り込み中なんだが――〉
〈敵襲だ!〉
――どうやら、従姉弟を迎えに行くのは後回しになるようだ。
***
少し時間をさかのぼって。
他味方騎士達と別れた亮は何をするわけもなく、ブラブラと町を歩いていた。
ここ一ヶ月いつもこうで、ただ町の様子や人波を見守ってるだけ。
だがそれは、戦争ばかり世界にいた亮にとって、夢のような光景。
だからか、その顔には自然と笑みがこぼれてしまう。
「ん~、これもうんまいっ!」
その途中、拓海から手渡された小遣いを使って、移動販売車から購入したミニカステラの美味しさに思わず舌鼓を鳴らす。
合成食料や非常食ばかりで味気ない食事で生き長らえてきた亮にとって、カステラに限らず、現代の食べ物全てが革命だった。
(そんな反応を拓海の前でしたら、苦笑しながら気まずそうにしてたっけ)
普通に物語を書いていただけなのだから、気にしなくてもいいのに。
変なところで見た目通りの真面目さを披露する創喚者に苦笑しながら、座って食べようと〝みつるぎ第二公園〟にたどり着き、木造ベンチに座る。
(今日は誰もいないなぁ……)
いつもと違って人がいない事に疑問を浮かべつつ、黙々とカステラを頬張っていると、突如前に一人。横に一人の気配が。
「美味しいですか?」
まるで包囲されているような状況に首を傾げていると、横に座る――声的に女はそう聞いてくる。
目線を向ければ、そこには麗しい淑女がいた。
ここ、日本には似合わないウェーブのかかった金色の髪。
端麗な顔立ちにある翡翠の眼は、落ち着いた色を宿している。
(このドレスからして、どっかのお嬢様か? 日本には似つかわしくないが、こんな女がなんだってこんなところに――)
「――質問の答えはまだですか?」
「あっ? ……まぁ美味いよ。正直言って、毎日食べていたいくらいに」
「それはよかった。私もあそこのカステラは昔からお気に入りなのです」
なんでどこの店か分かったのか、そう疑問を口にしようとした時、そういえば紙袋見ればすぐに分かるかと気付いてすぐさま口を噤む。
そのついでのように、目の前に向く。
そこにいるのもまた美女。
白銀の長い髪に、真紅の眼。
そして色素の薄い肌はアルビノであることを示している。
白のラインとスカーフが添えられる紺のセーラー服を着る彼女は、ただジッと亮を視て佇んでいる。
――ゾクッ。
ただそれだけのはずなのに、全身の毛が総立ちする感覚を覚えた。
冷ややかな寒気が襲い掛かり、亮の身体の芯を凍てつかせるような錯覚を覚える。
これは、殺気。感情のこもらない冷たい殺意だ。
(こいつ、まさか――⁉)
「それだけに、残念でならない」
その時、横に座る女は立ち上がり、手に持つ鞄からナニカを取り出す。
「貴方と私たちは――」
彼女が取り出したもの。それは黄色のブックカバーに包まれる一冊の本。
(――やっぱり、こいつら!)
見間違えることなんてない。あれは正しく、創喚書。
「敵対する者同士であることに」




