第一章・従姉弟①
「全く、昨日も同じ指摘したが、もしかして気ィ抜いてンのか? 確かに、ここ最近何も起きなかったけどよ…」
自分の力をその身を以って味わった拓海は、真里華に膝枕してもらいながら亮の治癒を受けつつ、明の呆れ混じりの説教を聞く。
明の言う通り、あれからというものの何事もない。
拓海の右腕は完治し、身体強化を何度もする時間もあったほどだ。
腕がああなったのはぶっつけ本番で全力強化したせいであって、少しずつ強化して慣らしさえすれば亮達同様に全力で肉体を強化しても何ら問題はない故の行為。
実際、もう拓海が全力強化して殴っても、腕が死傷する事はなくなり、脱臼したり筋肉痛を引き起こす程度になっている。
だからとて、気を抜く事はあり得ない。なんせ……
「〝武闘会は本格始動した。それにこういう時に急に来たりするから一切の気を抜くな〟、だろ? 分かってるよ、それは」
この場にいない、オーディンがそれを表している。
お互いの事を良く知らない未来や、少し遠い姫凰学園にいる明日葉の事を考慮し、今ではすっかり集合場と化した此処に、二度目来た時には既にいなかった。
変わりにとして小屋のテーブルには一枚の紙が置かれていた。
内容は以下のものとなっている。
『拝啓、創喚者達。
お主らも知っての通り、今日より夢現武闘会は正式に幕を開ける。
それに伴い、ワシはこの中立区域から身を引き、《黄金の果実》がある《ヴァルハラ》へと場所を移させてもらう事にしたのじゃ。
ヴァルハラがどこにあるのか、どんなものなのかは〝その時になれば自ずと分かる〟じゃろう。
ワシはお主らにこの祭りでみれる〝夢〟を楽しんでもらえることを心から願っておる。
では、ヴァルハラが出ずるその時まで、暫しの別れじゃ。元気でな。
PS・ここはそのまま残しておく。好きに使って構わん』
正式に――つまり、欲望にまみれた創喚者達も揃って行動を始めるという事。
だから何時どんな時に仕掛けてくるか分からない。
確かに、お互いに誰が創喚者や騎士なのかなんて創喚書でも見ない限り人目では分からないし、実際こうして一ヶ月も平穏だ。
だがだからこそ気を抜いていれば、唐突の危機への反動がでかい故、反応が遅れてしまう。
それで狩られたなんて結果は笑いのネタにもならない。
故に気を抜くなと言われるし、拓海もそれはなんとなく理解している。だからこそのこの訓練であるし、毎日の筋トレや動きのイメージトレーニングも欠かせない。
それなのに拓海の動きを鈍らせているのは、それが理由じゃなかった。
「ただな……どうもまだこういう事が怖いらしくて……」
「こういうことってなんだよ」
「傷を付けること、付くことがだよ」
「……あの時は、オレをあそこまでボコってた癖にか?」
「お前のいう事ももっともだ。実際、俺自身だって驚いてる」
今はあの時の怒りによって荒療治となったのか、臆病癖は緩和されているとしても、いきなりあそこまでアクティブに動けるようなら、前の拓海は根暗だと言われていない。
(確かに、あの時のシオンを見た時に感じた殺気にも似た威圧感らしきものは、あれ以来感じていない。無意識下だったのは分かってはいるが、だからって別人のように見えるほどなど………)
なんらかの武術の一種か? そうなると……
「アカバ嬢、シオンと話してたその件。オレ達も同行してもいいか?」
「多分、良いと思うけど……どうして?」
「気になる事は、知ってそうな奴に聞く方が良いと思ってな」
「よくわかんないけど……了解」
オーケーを貰えた事に安堵しつつ、ルーンルインを魔術で隠す。
「そら、今日の鍛錬は終わりだ。早くしないと遅刻するぜ?」
「えっ? ……あっ⁉ 拓海! もうこんな時間!」
「やっべぇ! 急ぐぞ!」
「う、うん!」
やれやれ、とあたふたする拓海と真里華を見てこの場にいる騎士たちは苦笑する。
「周りに目を配りながら、身体強化すれば、誰にも見られずに間に合うか……よし! 亮、渡した鍵は持ってるよな!」
「これだろ?」
「それ! 先に返っててもし、出歩いてても良いし、自由にしてろ! ただ他の創喚者とかに襲われたら心話で連絡。良いな!」
「了解」
「よし! んじゃあ行ってき、ます!」
「ふぇ⁉ た、拓海⁉⁉」
身体強化し慣れない真里華を横抱きに、拓海は《身体強化・速度型》の力が秘められる球体を踏みつぶし、常人ではありえないスピードで、碧海学園へと疾走していった。
お姫様抱っこだったため、真里華の顔が沸騰するヤカンのように湯気が上がりそうな程真っ赤になっていたりするのはご愛敬。




