エピローグ
こうして、櫂達三人は真里華が通報し呼び出された警察によって逮捕された。
もはや吸値としての権力を扱う事が出来ない故、警察は彼らを躊躇なく捕まえることが出来るし、正当に罰せられるはず。
処罰は長い期間、少年院に放り込まれるなのは確定。
少なくとも、彼らの人生が表舞台に上がる事は二度とないだろう。
他協力者の洗い流しもされるだろうから、どれだけ釣れるか見物ではあるが……それはそれで、拓海達が知る必要はない。
余程多ければ、テレビで報道されたりもするんだろうが。
ただ今は、今頃警察の対応に追われ、校内放送にて今日の行事などを明日に繰り上げた教師たちを讃えたいと、拓海は思う。
――さて、この後すぐさっきの生徒たちに囲まれるんじゃないかと考え、一足先に帰路に着いた拓海はというと………
***
楓、時亜と別れ、帰ってすぐあきれ顔の亮に傷を治してもらった後。
「なーに書いてるの、拓海」
自室に引きこもって、原稿用紙の上でペンを走らせる拓海の肩に、真里華はそっと手を置いて聞く。
……今日のあの出来事のせいだろうか。
真里華の距離がいつもより近い気がする。いや、絶対近いぞこれ。
「あ、あぁ、日記だよ。夢現武闘会なんて言うとんでもない非日常にとび込む羽目になったからな。忘れられないだろうが、一応書いておこうと思ってな」
そのせいかおかげか、スキンシップというか、さりげないボディタッチに気が気でない拓海は、それでも平然を装って答える。
「なるほどね。でも、原稿用紙で書く必要あったの?」
「……必要以上にあるのがこれだけだったんだ」
ノートなんて、授業用かメモ帳代わりにしか使ってないし。
そもそもノートはでかいだけのメモ帳かプロットまとめ用と思ってます。
「そっか」
「うん」
『…………』
沈黙する。
ただ〝サラサラ〟〝カツカツ〟と、文字を書く音がこの部屋を支配している。
だが、嫌な感じはしない。
むしろ心地良いような……どこかくすぐったい雰囲気。
「―――ねぇ」
そんな、いつまでもこうしたいと思える数秒の静寂。
拓海がペンを置いたのを機にそれを破ったのは、真里華だ。
「あの時のって、どういうこと……?」
「あの時のって?」
「吸値くんみたいな人達から一生かけて守る……っていうの」
またしても沈黙。
ただし、二人の鼓動は打って変わって早鐘を打つが如くうるさい。
――思い切って、告白するべきだろうか。
拓海の頭を占めるのはその一点。
この真里華の反応からして、少なくとも脈ありなのは間違いない。
それが分からない程、鈍くはない。そんなのは物語上くらいだ。
悩んで、悩んで。
悩み続けた末、導き出した答えは――
「……待っていてほしい」
「えっ?」
猶予の要求だった。
「確かに、俺はその……多分真里華が考えているような気持ちを持っているのは、間違いないと思う」
「!」
「でも! ヒーローになると言った手前、まだ何も終わっちゃいない。それどころか始まったばかりなのに、流されるままに言っちゃいけない気がするんだ」
確かに、もしかしたら勘違いという、疑念がないとは言い切れない。
だがそれ以上にこのまま流れで告白するのは、なにか違う気がする。
ヘタレだと誰かに言われようとかまわない。
実際その通りだと、拓海自身思っている。
だが、こういう男なのだ。
ケジメを着けてからでないと、進めない、前を向けない、――始まらない。
そんな不器用な男。
それを拓海が、それ以上に真里華が嫌というほど知っている筈だ。
だから。
「だから、待っていてほしい。いつかきっと、ちゃんと俺の言葉で伝えるから」
***
(――ずるい)
真里華は耳まで真っ赤にしながら、そう思わざるを得なかった。
そんな真剣な顔で、眼まで合わせてくるなんて、惚れた身としてはたまったもんじゃない。
……卑怯にも程がある。
そんな顔で、そんなこと言われたら――
「………うん」
待つ以外の選択肢がなくなってしまうではないか。
「そっか……! よかった………」
ホッと息を吐く拓海を見て、真里華は不思議と悔しさでいっぱいになる。
紫苑拓海という男に惚れ、その気持ちと彼に振り回され続けて早十年近く経つ。
それがやっと報われる日が訪れたのかと思いきや、何時になるかわからないおあずけ。
流石の真里華もこのままただ待っているだけではいられない。
――そうだ、こうしよう。
「拓海、目瞑って」
「はっ? なんで――」
「良いから」
いきなりなんだ、とぶさくさ言いながら、拓海はしっかり目を瞑ってくれる。
想い人の無防備な姿に、ドキドキと胸を高鳴らせながら、そっと湧き上がってきた必要以上の欲望を抑え込みつつ、顔を近付け―――
「私を守ろうと頑張ってくれて、ありがとう」
そうその頬に、キスを落とした。
「? ―――っ⁉」
反応は遅れたが、理解した拓海は一瞬で噴火のように真っ赤にしてその場から後ずさる。
「ま、まままま真里華⁉ 今のって……!」
「ん~、なんだと思う~?」
そう真里華はいたずらっ子のような笑みを浮かべ、問い返す。
「え⁉ えーと……」
そう言い淀みながら俯く拓海に、大成功だと真里華はくすくすと笑う。
これから散々待たされるのだ。
こうやって意識させてやるくらい罰は当たらないだろう。
自分としても、役得だし。
「おー、おー、微笑ましい限りだねぇ」
「ホントだねぇ」
***
「「は――⁉」」
気が付けば、ニヤニヤと扉の前に亮と来華が陣取っていた。
しかも、亮のその手にはさっき使われたビデオカメラがあって……
「「ゴチです」」
「「返せぇ‼︎‼︎」」
さっきまでの甘々な雰囲気は一瞬でなくなり、こんな狭い部屋の中で鬼ごっこが始まった。
「勝手に撮ってんじゃねぇよ! ていうかカメラなんざ俺が書いてる物語にないのになんで使えてんだ‼」
「赤の創喚者に心話で教えてもらった」
「てめぇか楓ぇーーーー!」
いつもいつも、どこまで歪んでんだあの野郎!
野郎じゃないよ、なんてニヤニヤ顔で言ってくるところが思い浮かんできて俄然腹が立った拓海は、いつかしばこうと決意しつつ、カメラに二人して手を伸ばすも、一切届かず。
「「はぁ…はぁ…はぁ………」」
拓海と真里華は揃ってバテる羽目になった。
一方の亮と来華は汗一つかいていない。
そりゃそうだ、身体強化もしていないのに、創喚者が騎士に敵うはずもない。
「いつか、ぶっ飛ばす……!」
それでも悔しい拓海はすまし顔の亮をみてイラッときたのか思わず口走る。
「やってみろよザーコ」
当然耳に届いていた亮はニヤリと笑い、子供みたく挑発する。
それにまんまと引っかかった拓海は、いくらか回復した体力を使って走り出し、勿論気付いていた亮は扉の向こうへと逃げだし、部屋から飛び出す。
「待てオラァ!」
「待つバカなんざいねぇよバーカ」
まるで子供の喧嘩。
そんな二人をみて冷静になった真里華と来華は顔を見合わせて笑い、二人を追いかけて部屋を出るのだった。
***
遠くで聞こえる騒ぎ声が、誰もいない部屋に響く。
開く窓から一陣の風が吹き、日記代わりの原稿用紙は部屋中に散らばる。
その中の一枚に、何故かタイトルが。
それは、あの本屋の名前にして、中立区域の名称。
未来から聞き出していたその名は――
夢と現の交差点。
創喚者編Ⅰを最後まで閲覧いただき、ありがとうございます。
引き続き、創喚者編Ⅱを書いてきますので、よろしくお願いします。




