第六章・一歩⑥
映像は途切れ、講堂が明るくなる。
まるで初々しいカップルのように真っ赤にする拓海と真里華と、そして今にも吐きそうなくらい青い顔をしている吸値を中心に、この場は沈黙。
拓海は、無数の生温かな目の元に晒され、吸値は逆に蔑みを越えて嫌悪の目が集まっている。
立場は逆転した。吸値の本性もこの白日の下に晒された。
――あと一押しだ。
「以上が、私が目の当たりにした光景です。勿論、一切手をつけていない天然もの。加えて……」
真里華は楓に目線を送ると、懐からメモ帳を取り出し、読み上げる。
「五月一三日。対象は女性。人目に付かない場所に連れ込まれ、襲われる」
突如、吸値が反応する。
見るからに変な汗を身体に滲ませ、充血し、瞳孔を開き切った目を楓に向けている。
「六月一七日。対象は男性。ぶつかったからという理由で蛇居含める取り巻きに襲わせ、病院送りにした上に彼の夢を潰えさせる」
「やめろ」
「八月七日。対象は男性。ある女性のガードが固いからそれに対する計画を練るために情報が必要だからと言って情報屋と親しい彼を脅して〝仲介くん〟として利用する。同志、紫苑拓海の事だね。ちなみにこれを境に彼は今日までまともな学園生活を送れてなかったりする。かつあげもされてたしね」
「やめろ……!」
「一〇月五日。……これは酷いね。対象は女性。告白してきたから好きにしてもいいと解釈されたのか、まるで人形のように扱われるようになり、複数の男性にたらい回しにされたり、とにかく女性の尊厳というもの全てを滅茶苦茶にされた」
「やめろォ‼‼」
「やめない。一二月二五日。クリスマスだね。対象は男性。彼女がいるなんて生意気だ、とか言って病院送りに。その後、彼女も襲われかけたらしい。未遂で済んだのはこれだけみたいだね」
「――ここまでがこの一年、吸値がやってきた事の一部さ。それらすべては、吸値の権力がどうのこうの言いくるめて口封じされているよ」
(流石……)
どこから仕入れてきたのか。
恐らく吸値怖さに被害者全員が誰にも言っていないだろう事をあっさりと言ってのけた。
彼女の事だ、あれだけと言わずすべての経歴があのメモ帳に眠っているのだろう。
その情報の信頼性も、彼女自身が知らしめている。
やはり、情報屋ホームズの名は伊達じゃない。
それを知っているからこそ、吸値はガクッと俯き、突如「く、くく」と笑い出し――
「ク、ハハハハハハハハハハハハハハハハハ‼」
そして本性を曝け出した。
「そうだよ、全て事実。今言われた事を、ぼくはやってきたさ!」
突然の暴露に、未だ信頼していた人たちは揃って青ざめ、硬直している。
中には泣きじゃくる人もいて、もしかしたら自分もいずれ被害に遭っていたかもしれないと想像したのか、女子数人が口に手を当てて、今にも吐きそうにしている。
「だが、それがなんだ? ぼくは偉い。有名会社の御曹司。それなのに好き勝手しないなんてもったいないだろ!」
「もしそうだとしても、だからと言って限度がある。既に警察にも連絡してあります。詰みですよ」
真里華はそう言って吸値は指差すが、駄目だ。それでは決定打にならない。
「くくく、まだわかっていないようだね副会長」
「なにを……!」
「ぼくの権力の事さ。ぼくが父に媚び売って後は命令一つすれば、いくらでも金が出る。同じように凡人の家一つ消す事だって可能なんだ……後は言わなくても分かるだろ?」
「っ!」
今まで通り、もみ消せばいい。
そう彼は言っているのだ。そして同時に脅してもいる。
今この場にいる生徒全員が危険に晒されているということ。
今世稀に見る根っこから腐ったクズ野郎。
それを拓海は良く知っている。
「それは、どうだろうな?」
だから恥ずかしい思いをした分、おいしいところは貰っていくとしよう。
「どういうことだい? 君に何かできるとは到底思えないけど」
「そうだな、俺一人なら何もできない。下手をすれば、お前が言うように家を失ってしまう恐れがある」
だけど、俺は一人じゃない。頼もしい味方がいる。
「俺が、考えなしにお前らに反抗したとでも思ってんのか? なぁ、情報屋」
「流石に驚いたけどね、同志がこんなこと言い出すなんて誰が思うか」
「利用するような形だし、嫌だったか?」
「まさか、むしろ嬉しいよ。やっと決心してくれたかってね」
「そいつはよかった」
そう笑い合いながら楓はポケットから〝予備の〟スマートフォンを取り出す。
「スマホがなんだって言うんだい? まさかそれが切り札とでも?」
「あぁそうだ。お前も知っているよな? ホームズっていう名は苗字だけで名付けられたんじゃない。その〝チート〟と言っても過言じゃない情報収集能力と、その副産物である妙に大物な人脈を持っている事からまるで〝シャーロック・ホームズのようだ〟という事から来ているのはさ」
「そうだね。それがなんだと――」
言いかけて、硬直する。
まさか、まさかそんな………!
「今このスマホは、あるところにさっきから繋がりっぱなしなんだ。繋がり先は」
「自分で確かめてみるといいよ」
そう言って、楓はスマホを吸値に渡す。
吸値は恐る恐る耳を当て――そして、顔はついに真っ白になった。
あのスマホと通話状態にあるのは吸値の父本人。
情報屋として兼ねてより常連だったその父と繋がりがある事を楓本人から聞かされていた拓海は、倉庫裏に行く途中に〝万が一の時の為に準備しておいてほしい〟と頼んであったのだ。
今思えば、この時の為の拓海の前で口を滑らせたのかもしれない。
その時、吸値は力なく崩れ落ちた。
地面に落ちる前に楓はスマホをキャッチし、暫し会話しながら、拓海にサインを出す。
あのサインは成功。
つまり、吸値はたった今縁を切られたのだ。
「〝その馬鹿が逮捕されれば、マスコミに嗅ぎ付けられてしまうだろうが、これは仕方ない。君たち被害者の事を思えば安いモノだ。――本当に、すまなかった〟……だとさ」
通話を切り、スマホを懐に戻しながら楓は拓海に報告する。
父親は子と違っていたらしい。むしろなぜ彼からこんな男が生まれたのか。
まぁ、どうあれ因果応報。自業自得。
これで完全に退路は断たれた。
「チェックメイト。終わりだ、吸値 櫂」
「う、うわああああああああああああ!」
自暴自棄となったか。
吸値は……いや、もはや吸値ではなくなった櫂は拓海に向かってがむしゃらに突進し出す。
「あぁ、そういやもう一発残っていたな」
自分から殴られに来るとは、良い心がけだ。
と、拓海は左手に力を込め、
「お前のせいだ! お前のせいでぼくの人生――ゴッ⁉」
「知るか、そんなこと」
向かってくる櫂の顔を思いっきりぶん殴った。
口から歯がボロッと落ち、そのせいか血を垂れ流しながら地面にうずくまる。
こんな男に俺は脅えていたのか。
そう冷たい目線を彼に送りつつ、この場から立ち去ろうと……あぁ、一つだけ忘れていた。
「もし逆恨みなんかして真里華を襲ってみろ―――その時お前がどうなろうと誰も保証しないからな」
「………」
拓海は櫂に殺意丸出しの目を向け言い、今度こそその場から立ち去ったのだった。
***
この瞬間を以って、紫苑拓海は弱い仲介くんなどではないと生徒全員の前で証明された。
もう後には戻れない。
既にヒーローとしての道を踏み出してしまった。
それは、表舞台から降りる事が出来なくなったことを意味する。
いつか後悔するかもしれない。
こんな夢なんて、持たなきゃ良かったと、心の底から思う日が来るかもしれない。
でも、立ち止まれない。立ち止まるわけにはいかない。
それが紫苑拓海だから。
望んだ未来に向かって突き進むのが、ヒーローだから。
――結末を迎える、その時まで。
次で創喚者編Ⅰエピローグです。




