第六章・一歩⑤
――どうやら、なんとか最悪の事態を避けることができたらしい。
拓海は安堵と共に息を吐く。
そんな拓海に、さっき良くも悪くも暴動のきっかけを作った三笠は表情一つ変えないで『ぶい』とピースを向ける。
そんな彼女をみて、なぜかドッと疲れが出た拓海は、さっきより大きくため息を吐いた。
「――ごめんなさい! セッティングで遅れました!」
その時、もう一人の主役が、楓と時亜を連れて現れた。
傍らにいる二人は、ビデオカメラを接続した授業で良く使われるプロジェクターを、台に置いて持ってきている。
「これはこれは、副会長。おはようございます。……そのプロジェクターは一体?」
「それを今から説明します」
媚びるように礼をする吸値を彼女らしくない冷たい対応でいなしつつ、講堂に備わっている薄いスクリーンを二人が開いていくのを確認した真里華は、他生徒たちの方を見ながら話し始める。
「えー、まず一応聞かせてもらいたいのだけど……いま、どういう話をしていました?」
『紫苑くんが副会長を陥れようと計画して、その協力を断った吸値くんを虐めていたと聞きました』
「そう、彼はそんな事を言ったのね……ありがとう」
真里華はそれを聞きながら、拓海の前に立つ。
その手は、徐々に拓海の顔をへと近づけていき……
拓海は思わず、力いっぱいに眼を瞑った。
『えっ?』
「大丈夫。私を信じて」
――だが拓海達の予想とは裏腹に、手は拓海の〝頬〟を優しく触れていた。
殴られた痣に触れて、少し痛い。
でもひんやりとした冷たさが、拓海を落ち着かせ、その優しさに身を委ねていく。
「ど、どうして……⁉ その男は、貴女を陥れようと――!」
「傷だらけになって、どれだけ私達を心配させれば気が済むの?」
「ごめん……」
「まったく」
キョドる吸値の言い分を無視する二人。
スクリーンが完全に開き、時亜が再びプロジェクターの後ろに立ったのを頃合いに、真里華はもう一度席側を向く。
「さて、皆さんには分からないことが沢山あると思う。『なぜ私は〝私を陥れようとしたらしい相手〟にここまで優しくするのか』、『そもそも吸値くんのいう事は本当なのか』。その答えはそのビデオカメラにあります」
そう言って指差すのはプロジェクターに繋がるビデオカメラ。
しかし答えがそこにあるとは、どういうことなのか。
ビデオカメラの中に、何が残されて………
(まさか―――⁉)
拓海と吸値は、同じ結論に至ったのか、どんどん顔色が変わる。
拓海は真っ赤に、吸値は真っ青に。
対照的な二人は、揃って真里華の顔を見る。
そこには、ほんのりと顔が赤い真里華がいて……
「実は私、拓海を尾行してあの場にいたの」
その時、蛇居を介抱する男が飛び出した。
向かう先は時亜のいるプロジェクター。
伸ばす手はビデオカメラに向き、まるで握りつぶそうとするかのように掴もうとして、
「まぁ、それを黙って見過ごすわけないよねぇ」
瞬間、男がひっくり返る。
それは合気道。相手の力を利用して投げ飛ばす護身術。
ひっくり返された男は、何をされたのか理解できないまま身体を、そして頭を地面に打ちつけし、そのまま気を失った。
「……あれ、大丈夫なのか?」
「だいじょーぶいっ。体から先に落ちてるから、気絶程度で済んでるはずだよ。体の方は……まぁ、両肩脱臼は確定かな。肩からいったし」
「そんなことはどうでもいいでしょ。トキちゃん、早く映して」
「りょーかーい」
もはや障害となるものはいない。
真里華にしては珍しく傷付いた者を気遣うことなく、無慈悲にそう命じると同時に、漸く硬直から解放された吸値が走り出す。
だが、その途中でコケ、無理に力を入れようとして足が攣っていた。
普段から運動していない証拠だ。拓海でさえ、嗜む程度には鍛えているというのに情けない。
しかしこれで、誰も止める者はいなくなった。
「ストップ! ストォォォォップ‼」という拓海の叫びも虚しく、スイッチは押され、講堂全体が暗転し、映像はプロジェクターを通してスクリーンに投影された。
「あぁ………」
哀愁漂う声を上げ、拓海は顔を隠したい気持ちに駆られる。
確かに、今この映像が最後まで流れることで、拓海の疑いは晴れるだろう。
だが思い出してほしい、あの時、拓海は何を言ったのかを。
さっきからざわめきが止まらない。
序盤から既に吸値の言い分と食い違っている事に驚いているだと思う。
『――もう一度言ってくれるか?』
あっ、マズい。
「止め――」
『あぁ、そうかい。じゃあお馬鹿な蛇居さんに分かりやすく言ってやるよ―――テメェらみたいなクソッタレから、俺が一生かけて真里華を守るって言ってんだこのクズ共がァ‼︎‼︎』
『『『………おぉ』』』
「ぁぁぁぁぁあああああぁぁぁあぁ」
これ、なんて羞恥プレイ?
真里華の手によって拘束が解かれた拓海は、すぐさま真っ赤になった顔を手で覆い隠す。
まるで告白。まるでプロポーズ。
それを全生徒の前で公開されている事が、恥ずかしさを越えてもはや爆発しそうだ。
絶対もうみんなにバレてる。
多分、鈍感な真里華にも流石にバレてる。
きっとそうだ。でなきゃあんなに真っ赤になってない。
――しばらくして。
 




