第一章・創喚③
「にゅふふ、相変わらず二人は仲が良いようで大変よろしい」
「えっ?」
「その声は……」
二年ほど前に良く聞いた声。今でもたまに聞くおっさん臭い口調。
振り返ると、そこには小柄の少女が一人。
灰色に染まる天然パーマ、爛々と輝く太陽の如き赤い瞳。
小さいサイズでも、袖で手が隠れる程ぶかぶかな〝拓海と同じ男子用制服〟を着ていて、頭のてんぺんが拓海の鳩尾に届くかの瀬戸際な程にコンパクトで、何のことかは言わないが色々スレンダーな彼女。
「やっほー、兄貴。先輩」
そんな彼女――葵時亜は、それはそれは素晴らしいニヤけ顏を二人にお披露目していた。
「や、やっほー……?」
キョトンとした表情で、真里華はその言葉に何故か木霊返す。可愛い。
(まぁ、考えてみればこいつも此処に来るよなぁ)
この少女は、拓海と真里華になついている。
そもそも、二人のいるこの学園に来ると前々から聞いていたし、聞いていなかったとしても、ここに来るだろうと安易に想像できた。
まぁ、そんなことはどうでもいい。それよりも、だ。
「トキ、お前その髪どうした?」
「えっ?」
「えっ? じゃないだろ、確かお前普通に黒髪黒目の純日本人だったろうが。それがなんでいきなりそんな奇抜な色になってるんだよ。ここは二次元ではないんだぞ」
「………」
「トキ?」
「あ、あぁ! これね。これは高校生になるからって事で、身も心も一新するために染めたりカラコン入れてみたりしてみた結果なんだ。そう、所謂高校生デビューってやつだよ!」
「なるほど、それでよくある茶髪だったりするのも面白くないから奇ば――ンンッ! 独創的なその色にしてみようって事か?」
「その通り!」
「アホか」
面白い事や、普通とは違うことが好きな彼女らしい考えではあるが、我が〝弟分〟ながら馬鹿すぎやしないだろうか? ああいや、馬鹿だったな。
「アホとは何さアホとは! 大体、会っていきなり質問するのはマイナスじゃないかな!」
何の点数か知らんが、確かに。色のインパクトで忘れてしまっていた。
「改めてやっほ、トキ」
「今言っても遅い!」
ごもっとも。
全く、と口をへの字にする時亜。しかしそれはすぐに笑みに変わり、困ったような笑みを浮かべる真里華に抱き着いた。
「それに比べて先輩は可愛いなぁ、もぉ〜」
「ちょっ⁉︎ もう、トキちゃん!」
(あぁ、尊いな。うん、尊い)
色々と染まってしまっている拓海は女の子二人がじゃれ合うこの光景をもっと見ていたいと思いつつ、名残惜しくも話を切り出す。
「重ねて悪いんだが、俺今から用事あるから真里華の事頼めるか?」
「用事? なにかあったっけ?」
「あぁ、いつもの奴だよ」
「いつもの……って、家達さんとの?」
「そうだけど」
「…………ふぅん…………」
質問に答えると、あからさまに不機嫌顔となった真里華を見て、あらかた内容を察したのか、時亜はジト目で拓海を見てくる。
「……なーんで兄貴は見た目に似合わずそう隅に置けないんだろうねぇ? 三、四年の付き合いになった今でも理解できないよ。今世紀最大の謎の一つにいれても良い気がするよ」
「同感だけど、一言余計っていうかスケールでか過ぎだろ」
「あっ、でもそんな兄貴を僕は尊敬してるよっ」
「全然信じられねぇよ馬鹿」
……全く。少し見ていなかったが、相変わらずのようで安心した。
「どこまでで良い?」
「玄関まで」
「りょーかい、借し一つね」
「分かった分かった」
「やりぃ! それじゃあ任せてよ!」
……早まっただろうか? いや、〝彼女〟に比べれば全然常識的だし、大丈夫だろう。きっと、多分、恐らく。
「じゃあ頼む。真里華もまた後でな」
「……うん」
(なんで不機嫌になっているのかはまた後で聞くとして)
今は急ごう。
拓海はいちゃつくようにからかい出した時亜と、それに対して可愛らしくおろおろとする真里華から背を向け走り出す。
先輩、同級生、後輩達を追い越し、校門へ。潜って向かう先は校舎ではなく体育館倉庫裏。
そんな拓海をみていた周囲はぼそぼそと噂し出す。
『おい、あれみろよ。あの前髪で顔隠してる奴』
『うっわ何アレ、いかにも根暗って感じでキモいんだけど。あれがなに?』
『ほらあの噂の……あれがそうらしいよ』
『噂の……あぁ、もしかして〝仲介くん〟?』
『そうそう〝仲介くん〟』
『あれがねぇ……』
(っ――いた)
不快、嫌悪、嫉妬、欲望。
様々な感情が入り混じる視線と言葉に、無視を徹底して耐えながら、目的の倉庫裏に到達する。
するとそこには女の影もなく、代わりに厳つい顔をした男と、一見さわやかそうに見える笑みを浮かべた男がいた。
「やっと来たか……遅えよ、俺様を待たせやがって」
「っ、ご、ごめん、なさい……」
今にも掴みかかってきそうな形相で怒鳴る男――蛇居に、拓海にびくびくと脅えながら謝罪する。
まるで、さっきとは別人のような雰囲気。暗い、暗い、根暗のような印象だ。
――だが確かに、それは見た目のイメージ通りでもあるし、これこそが今の拓海の本質だと拓海本人は自称している。
「まぁまぁ、蛇居。それくらいにしておきなよ。この根暗を痛めつければ気持ちがすっきりするだろうけど、そうしてこの事が周囲にバレたら、全てが水の泡になるんだ。だからここはぐっと抑えて、ね?」
と、邪居を窘めたのは傍らの男――吸値。
女子の心を溶かす甘いマスクは、この場ではその毒たる胡散臭さを隠そうともしない。
「……チッ」
苛立ちを込めたのか、わざわざ大きく舌打ちし、「先行ってる」と蛇居はどこかへ行ってしまった。
「……さて、根暗くん。いつものように、あの忌々しい人形風情から渡された紙を渡すんだ」
「は、はい」
彼女に告白紛いな事をして、断られるどころか無視された事を未だに根に持っているのか、いつになく辛辣だ。
その言動に向かって反論したくてもできない拓海は言われた通り、その紙を差し出すと、吸値はひったくるように奪い取り、内容を確認する。
「確かに、これがぼく達の知りたかった情報だね………一応確認なんだけど、見ては?」
「い、いないです」
「そうだよねぇ、ぼく達トモダチだもんねぇ。ぼく達が嫌だと思う事はしないよねぇ―――嘘だったらタダじゃおかねぇけど」
「ッ……!」
吸値のボソッとドスの効いた脅しに、拓海は芯から震えあがった。
その言葉はまるで鎖のように、拓海の心を絡み縛る。
「まっ、とりあえず今日のところはもう良いから。また今度も頼むよ、仲・介・く・ん」
そう言いながら、上機嫌で去っていく吸値を見送ると、拓海はそこで崩れ落ちるように座り込み、膝を抱えて顔を隠した。
緊張が解けたせいか、ここでため息を一つ。
拓海は、こういう時はこうやって塞ぎこみ、そしていつものように思うのだ。
(何時、なんでこうなったんだっけ。あいつに出会った日から? 高校に上がった日から? ――いや、違う)
紫苑拓海は弱いのだと、無力なのだと思い知った『あの日』からだ―――。