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夢と現のクロスロード  作者: 佐月栄汰
創喚者編Ⅰ
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第六章・一歩④

 拓海は今、全生徒の前に晒されていた。

 講堂のステージの上で、椅子に腕ごときつく縛りつけられ、身動きが取れない。

 その横には気絶している蛇居もいて、協力関係にある先生の手によって介抱されている。


「突然、呼び出してすまない。今日は今まで隠していた事を告白しようと思う」


 拓海の前に立つ、外面モードの吸値は口を開くと、周囲は騒めきだした。

 それもそうだ、なんせこの男は一応、御曹司。ある有名な会社の社長の息子だ。

 こうやって講堂を貸し切りにしたりしても、他先生方が何も言ってこないのは、その権限のおかげ。

 それに加え、〝性格も良い〟吸値くんが、縛りつけられたボロボロの男の横でそんな事を言うのだから、当然と言えば当然だろう。


「実はぼくは今ここに縛り付けられている彼、紫苑拓海くんに虐められていたんだ。今は先生のおかげでこうやって拘束する事が出来たんだけどね」

『嘘っ、吸値くんが?』

『というかあいつ、根暗野郎かよ⁉︎ あんな顔してたのか……』

『でもあんな奴なんかに吸値くんを虐める事なんて出来るの?』

「君たちの疑問ももっともだと思う。けど油断しないで欲しい。こんな見た目をしていても、凶暴。あの屈強な蛇居くんすら打ちのめしてしまったくらいだ」


 騒めく。

 信じられない物をみるような眼が、拓海に集中する。

「彼がぼくを虐めていた理由は一つ。副会長を陥れる陰湿な計画を断ったからさ。そんな酷いことぼくには出来ない。でも協力しろ、と言ってぼくを脅してきたんだ」

 それは、本当は拓海が言いたいこと、言うべきこと。

 でも吸値の本性など、皆は知る由もない。今この場ではその言葉は真実となる。

 拓海が集める眼は、徐々に蔑みへと変わっていき……


「今日こそは決着をつけようと、蛇居くんに頼んで仲介を頼んだんだけど、結局ぼくの代わりに傷付くだけになっちゃって……先生が来なかったら、どうなってたか」


 気が付けば、拓海は完全な悪者へとなり代わっていた。

 吸値に集まるのは労わりや同情の眼。


『吸値くん、可哀そう……』

『吸値くんに謝りなさいよ!』

『てめぇみたいなクズが、学園に通ってんじゃねえよ! 退学しろ、退学‼』

「………っ」


 拓海に降りかかる暴言の嵐は、止まることはない。

 こうなると、もはや違うと言っても逆効果。嘘つきというレッテルも同時に張られてしまう。


(どうすればいい……どうすれば――!)


 だが一度燃え盛った夢を鎮火するまでには至らない。

 無駄に終わるかもしれない。だけど、だからってこのまま引き下がれない。

 ヒーローを目指しているのに、悪人のままでいられない!

 そう思いながら、口を開いて――


「ちょっと待った」


 そして、再び閉じた。

 平坦で、そこまで大きいとは言えない声。

 しかしここにいる生徒よりもトーンの高いせいか、講堂全体に響き、全員の鼓膜に伝わったその声は、なぜか静寂へと導いた。

 その先にいたのは、若干幼く見える少女。

 色素の薄い長い髪を三つ編み一本に纏め、翠の眼はジト―とこちらに向いている。


(あの人は、確か真里華の友達の、みささぎ三笠みかささん? どうして………)

「彼はそんな事をするような人じゃない」

「……君、彼の肩を持つのかい?」

「当然。真里華マリの幼なじみがこんな目に合っているのに、黙ってみているほど私は薄情じゃない。本当なら、他の誰かさん達がするべきなんだろうけど、今はいないから」


 そう言われてみれば、拓海と近しい人が揃っていない。

 いや、楓にはある事を頼んであるから、そのせいだと分かっている。

 だが、真里華は? 時亜は?

 そう目を全体に向ける暇もなく、三笠は言葉を紡ぐ。


「だから私が言う。その人は、私が図書室で目当ての本が取れなかった時、代わりに取って渡してくれた。それだけじゃない。何気ない事でも、困っていた時には助けてくれた」

「あっ――」


 確かに、そう言った事をした記憶がある。

 その時の人が陵さんだったとは、全く気付かなかった。


「皆も、そういうことなかった?」

『え? ―――あっ! そういえば、書類落とした時とか率先して拾ってくれた!』

『俺も、教科書忘れた時、今日は執筆デーだからとかなんとか言って貸してくれた!』

『俺も俺も! 購買で百円が足りなかった時、躊躇いもなしに貸してくれたぜ! ちなみにまだその百円返してない』

『『いや、早く返せよ』』


 次々と声を上がり始める。

 そのほとんどが元クラスメイトだ。

 確かに、言うような事をした覚えはある。

 だが、それは拓海にとっても、記憶に残りにくい小さな人助け。

 だけどそれは、決して無駄ではなかった。


「そう、彼はそういう人助けばかりやっている。なんせ子供の頃、ヒーローを目指していたらしいし」


 そんな余計なことを話している程、真里華は余程彼女を信頼しているらしい。

 真里華であっても、不用意に拓海に許可なくヒーロー云々を誰かに話すことは今までなかった事だから。


「第一に、彼はそんなことする必要がないくらいに真里と仲が良い。貴方の言っている事が全面的に矛盾している」


 ふと、その本人がなにやらこちらに目線を送ってくる。それは平淡ながらどことなく挑戦的だ。


「そもそも、なんでこんな晒し上げのような真似をする必要があったのかも説明してほしいところ」

「ちっ……!」


 何をするつもりだ、という疑問に返ってくることなく、三笠は口を閉ざす。すると抑えがなくなったみたいに、全体的にざわめき出す。


『そう言われると、確かにあいつが、紫苑がそういう事をやろうとするとは思えねぇよな』

『だな……』

『てめぇら、吸値を疑うのかよ!』

『吸値くんが傷付いているのに、なんで疑うの!』

『その理由が矛盾しているから言ってるんだろうが!』

『ていうか、その吸値のどこが傷付いているのか教えてくれよ! 見た感じピンピンしてるじゃねぇか!』


(そういうことかよ……!)

 少なくとも拓海が悪人確定する事から逃れることはできたが、そのかわり雰囲気が騒々しい。

 このままでは、下手をすれば今にも暴動が起きてしまう――それだけは防がないとッ!


「皆、落ち着いてください! こんなことで喧嘩しないで!」

 そう言っても、やはり収まることはない。

 それはそうだ、ただの一言で収まるようなら、人生はこんなにもハードではない。

 むしろ、さっきの静寂が異常なのだ。

 それは分かっている。分かっているが……なんか段々ムカついてきた………!

『ヤんのか、アァ⁉』

『上等だくそ野――』


「いい加減にしろぉぉぉぉおおおおお‼‼」

『『『―――ッ⁉』』』

 我慢の限界だった拓海は絶叫、一喝した。

 その一喝は思ったより効果があり、さっきとは嘘のように静かになる。

「頼むから、落ち着いてくれ。こんなことで騒ぎ起こしたって、何になるって言うんだ……」

 そして拓海は未だ怒鳴りたい感情を抑え込み、押し殺した声で懇願した。

 それを嫌でも感じ取った怒鳴り合っていた者共は、一人として残さず気まずそうに顔を逸らす。

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