第六章・一歩③
「あれ、もしかして聞こえてたかな。聞いていた通りさ。今までの情報はその為。ありがとう、紫苑くん。君のおかげで上手くいきそうだ」
ははっ、
「おい、良いのかよ。こいつにそこまで話しちまって」
「良いさ、これはぼく達相手に反抗で来たご褒美。それに、彼みたいな貧弱な奴にぼく達を止められると思う?」
「それもそうか」
ははは――
「あっ、そうか。そういえば副会長は君の幼なじみだったね。だからあんなに反応していたわけだ。……どうだい? 君もぼく達と一緒に楽しむ―――」
「あはははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは―――‼‼‼」
笑う、哂う、嗤う。
呆然する二人など気にも止めずにただ狂笑する。
「な、なにをそんなに笑っているのかな?」
何故問われているのか理解できない。
これを笑わずにいられるか!
(――守っていたつもりだった)
こういった輩から、少しでも遠ざけるようにと、自分を身代わりにして。
ヒーローになれなくても、いずれあいつの隣にいれなくても、せめて遠回しにでも守ろうと。
でもその実、俺はあいつを逆に陥れようとしていた。
「逆に、守られていたんだな」
「気味悪ぃ……やっぱ所詮根暗だな。行こうぜ」
「そうだ―――ね?」
唐突に無言になった拓海を怪訝に思いながら、立ち去ろうとする二人の肩を拓海は掴む。
今なら、まだ間に合うだろうか。
こんなに馬鹿で愚かな俺でも、真里華を守るチャンスが。
――いや、違う。間に合わせるんだ。
(もう〝誰か〟になんか頼ってられない)
得体の知れない誰かなんかに、真里華は任せられない――だから!
「今度は、俺が守る番だ」
鎖は粉々に砕け散った。
代わりに燻るのは、ただ怒り。
感情宿すは己が左手。
そして、拓海は獲物を定めるようにクズ共を、獣の如く睨みつける!
「いきなりなに睨んでんだ? あ? 殴られたくなければ離せ――」
「離さねぇよ。離せばてめぇらは真里華のところにいく。そうだろ?」
突然雰囲気の変わった拓海に二人は怯み、頷く。
「だったら行かせねぇ。てめぇらみたいな奴等に、真里華を好きになんかさせない。死んでもさせるか」
「………悪ぃ、俺様馬鹿だからさ。てめぇの言ってること理解できなかったわ。もう一度言ってくれるか?」
額に血管が浮き上がり、今にもブチ切れそうな蛇居は威嚇を込めて問う。
暗に訂正しろと言っているのだろう。今までなら、それだけで脅しが効いたのだと思う。
だがそんなの拓海にはもはや通じない。
それどころか拓海はニヤリと笑みを浮かべ、逆に挑発するように、決意を言葉に乗せる!
「あぁ、そうかい。じゃあお馬鹿な蛇居さんに分かりやすく言ってやるよ―――テメェらみたいなクソッタレから、俺が一生かけて真里華を守るって言ってんだこのクズ共がァ‼︎‼︎」
「良く分かった歯ぁ食いしばれェ‼」
すると瞬く間に、蛇居の右ストレートが拓海の顔に直撃した。
「根暗、風情が、出来も、しねぇ事、ギャアギャア、ほざいてんじゃ、ねェよ!」
拓海は言葉を一切発さず、ただ彼の思うままに一撃、二撃、三撃と何度も殴られる。
殴られている間も、拓海の眼は死んでいない。
それどころかますます鋭さが増しており、優位に立っている筈の蛇居がうすら寒いものを感じるほど。
気のせいだと自分に言い聞かせながら、最後の一撃だと言わんばかりに大振る右拳。
それを待っていた。
拓海はそう嗤い、ぼそりと一つ。
「正当防衛」
「―――ぁぇっ?」
蛇居は一瞬、何が起きたのか分からなかった。
空ぶっている右手。
懐に入り込んで、左拳を蛇居の鳩尾に食い込ませている拓海。
愚かにも反撃してきた。そういつもなら考えていたが、今回は違った。
その反撃は、今まで喰らった事がないほど強力だったのだ。
「ァッ――ガッ―――⁉」
開きっぱなしとなった口から胃液が流れ出し、鳩尾を抑えながらうずくまる。
「おいおい、なに座ってんだよ」
「ひっ⁉」
見下ろす拓海の眼に、その形相に、蛇居は思わず悲鳴を上げる。
それはまるで、自分を虫――いや、ゴミとでも思っているような眼。
見下されるのを嫌うはずの蛇居も、そんな殺意すら込もっていそうな眼に、抗議の言葉すら浮かんでこない。
「まだ一発。後一四発残ってるんだ。さっさと立てよ」
計一五発。それは拓海が殴られた回数。
さっき大人しくしていた理由はそれだ。怒りに任せてそのまま殴ってしまえば、端からみれば悪人は拓海となる。
だが正当防衛であるなら別だ。拓海にも傷がある時点で、誰が悪なのかが人目では判断しきれなくなる。
それをずっと狙っていた。あと隙を突けばこっちのもの。
そんな拓海の考えをなんとなく察した蛇居は、もはや拓海に対して恐怖一色で見ていた。
逃げなきゃ、と拓海に背中を向け、走り出す。
だが、それは間違った判断。覚束ない脚で逃げられるわけないのに、立ってしまった。
「正当防衛」
「ギャ―――⁉」
そんな蛇居の首根っこを掴み、逃げる事も座る事も出来なくした拓海は自分が殴られたようにその顔面を殴る。
勿論、一発では終わらない。
ただ無表情に、作業のように「正当防衛」と言いながら、殴り続ける。
「……ん?」
そして一四発目。ついに蛇居はうめき声すら出さなくなる。
顔を見てみれば気を失っていた。
いかつい顔をしている割には大したことなかったな、と拓海は舌打ちして地面に下ろす。
流石に気絶した相手に追い打ちをかけるのはどう足掻いても悪人だ。
下手をすればこいつら以下になる。
では残り一発はどうするか。……そんなの決まっている。
「連帯責任でお前が食らえ」
「ッ――⁉」
いつの間にか腰が抜けていた吸値に目線を向ける。
蛇居も、吸値も同罪だ。殴ってないから吸値は殴らないなんて事は絶対にしない。
いや、恐らく計画したのはこの男。蛇居のような脳筋に、こんな陰湿な事は考えられない。
つまり本来なら一番殴らなきゃいけない相手ということ。
なれば、左肘を引き、今日一番の力を込める。
「ま、待ってくれ! 交渉、そう交渉しよう! 金ならいくらでもやる! 欲しいものならなんでも――」
「それで逃して、お前は真里華に手を出さないって保証はあんのか?」
無言になる。狙いは顔面。
「や、やめて……! そ、そうだ! 副会長! 副会長の処女は君に上げよう! だから―――!」
「俺が今一番欲しいのは真里華の安全だ、ゲスが」
そして、そのまま拳を突きだそうとした。
その時。
「おい! お前ら何やってる!」
前方より、男の声。
その方向を向けば、いかにも運動系の先生がいて……
「せ、先生、助けてください! 紫苑くんがぼく達を虐めて……! 蛇居くんが必死に抵抗したんですけど!」
「はぁ?」
こいつ、何を言っている?
拓海の受けた傷は、見た目からして、どれよりも範囲が大きい。
さらに、いまこの状況は一対二と、明らかに拓海が不利。まぁ、それを打開してしまったわけだが。
そして拓海自身情けないと思うが、その見た目は貧弱そのもの。
これを見て、拓海全面的に悪いとは誰が――
「なに⁉ おい、紫苑! 今すぐ職員室に来い!」
「はっ? ――まさか⁉」
吸値と、先生――いや、この男のゲスい笑みを見て全てを察した。
こいつら、最初っからグルか!
今思えば、この男。見たことがある。
確か真里華がいるクラスが体育の時、必ずその近くにいた奴だ。
別に〝そのクラスの担当でもなんでもない〟のにも関わらず。
つまりこの男は、真里華に性的な眼で見ているということ。
ならば、吸値達との協力関係にも頷ける。
殴りたいが、ここで先生である男を殴れば、それこそ拓海は詰みとなる。
それが分かっているからこそ、この男は姿を現したのだろう。
「この、ゲスどもが……!」
「先生になんて口聞くんだ!」
「先生、こうなったらこうしましょう。彼にぼく達と同じ目……いや、それ以上の身に合わせるんです」
急に元気になった吸値は男にある提案をする。
その内容は、ゲスどもが考えるにふさわしいものだった。




