第六章・一歩②
「ん~……」
亮、来華を入れた四人での食事の後。
早く起きていた事に驚かれたりしたが、それ以外は新鮮な感じに楽しく朝ご飯をご馳走になり、いつもより余裕に仕度をしていた。
「……なんだよ、拓海。そんなに唸って」
ふと、カラドボルグ他アーティファクトの手入れをしていた亮は、小物入れらしき場所を漁るパジャマから制服に着替えた拓海に問う。
「あぁ、いや。実はどうせ色々一新するんなら、遅い小さな高校生デビューでもしようかなーって思ってるんだけど……真里華ー! 髪留めピンってどこにあったっけー?」
「小物入れになかったー?」
「なかったから聞いてるー」
台所で皿を洗っている真里華に大声張り合って聞いても、望んだ答えは得られない。
母の持っていたのがあったはずなのだが……。
「というか、今の会話まるっきり夫婦じみてたな」
「本人らは全く気付いていないだろうけどね」
……騎士二人がなに話しているかなんて分からない。分からないったら分からない。
「もう、しょうがないわね」
粗方片付いたのか、エプロンを脱いできた真里華が懐から私物らしきシンプルなヘアピンを一つ取り出す。
「はい、これ。余り物だけどあげる」
「良いのか?」
「良いから、こうしてる。だから、ほら」
真里華はそっと拓海の手にピンを握らせると、その綺麗な双眸はより一層輝かせて、ジーッと拓海を捉えて離さないでいた。
(やっぱり真里華も顔と目をみて話したかったんだろうか)
だいぶ我慢させちゃったかな、そう申し訳なく思いつつ、拓海が左半分の前髪を躊躇いながらヘアピンでまとめ上げる。
黒ぶち眼鏡の奥にはぱっちりと開いた目。
顔の造りは童顔で、パッと見では儚げな印象を受ける。
男なのに白いその肌は、彼にとっては似合うものであり、なぜ男として生まれてきたのかと疑う程。
その姿は、正しく少女のようであった。
「うん、うんうんうん! 似合う! 似合ってるわよ拓海っ!」
鬼〇郎ヘア――正式名称・アイハイディングコウワを髪型とした拓海をみた真里華は寄り一層目を輝かせる。
何を考えてるか分からないが、その気迫には流石の拓海もたじろっている。
場に変な空気が流れる。
その空気を変えるためか否か、亮は口を開き、拓海はそれに乗っかりだす。
「アンタ、なんで男として生まれてきちゃったんだ? 顔だけ見ればまるっきり可愛い女の子だぞ、おい。それとも女の子だったりすんの?」
「正真正銘の男だよ! 自分の創喚者の嫌がる事を言って何が楽しいんだ」
「悪い、オレは存外正直者でね、思った事は大体すぐ口にしてしまう癖があるのさ。しっかしもったいないなぁ」
「男として生まれてきたものはしょうがないだろ……」
こうなるから嫌だったのだ。
男として生まれてきたのに、こういう顔だという事を弄られる事が多々あったから。
(でもまぁ、それは別に慣れてるからいいんだけど……)
問題は、この顔のせいで何度か男に告白された事があるという事。
だから馬鹿にされようとも、根暗ヘアでいたのだ。同性に告られるよりは、拓海にとってずっと良かったから。
――けど、それも今日で終わりだ。
馬鹿にされる日々。〝仲介くん〟と呼ばれる日々とは、今日を以ってさよならするべきなのだ。
「たく……っと、悪い。今日は早めに楓との用事済ませてくるわ」
楓には、個人的に頼みたい事もある。
だから拓海は一足先に鞄を持って玄関に向かおうとする。
「え? でも、まだ三〇分もあるし、もう少しゆっくりしてても――」
「めんどい事は先に終わらせときたいから、悪い」
本当にごめん。
そう口にすることなく謝りながら、玄関の扉を開ける。
「むぅ………」
(今度ちゃんと埋め合わせしよう)
そう後ろの唸り声を聞いて決意しながら、外に出た。
一応、しっかりと鍵を閉め、そしてスマホ片手に走り出す。
メール内容を打ち、楓に送信しながら、住宅街を走り抜け、その先にある学園へと疾走。
校門を潜り抜け、そのまま昨日と同じ体育館倉庫へ到達した。
「はぁ、はぁ……流石に、早く来すぎたか」
乱れた呼吸を整え、左手に持つ鞄を邪魔にならないところに置きながら額に流れる汗を拭い、ジッと待ち続ける。
――バイブ音が鳴る。
ロック画面から確認し、望んでいた内容に笑みが浮かぶ。
その時。
「―――あっ? 誰だてめぇ」
(来たっ)
吸値と蛇居だ。
彼らの姿を、声を認識するだけで心臓が跳ね上がる。
「……し、紫苑です」
外にまで聞こえてきそうな心音が押さえるようにしながら、彼の疑問に返答した。
そうすれば、彼らの表情は一変し、驚愕の視線を拓海に向けられる。
「これは驚いた。まさか君、俗に言う男の娘ってやつかい? はは、気持ち悪いね」
ビクッと震えてしまう。
臆病癖は、未だ拓海を鎖となって縛りつける。
――もがこうとする拓海を、未だ鎖は離してくれない。
(このままじゃ、嫌だ!)
ヒーローになりたいと思うなら、こうなりたいと本気で思えるものがあるのなら、臆病のままではいられない。
「……気に入らねぇな、その眼」
睨めなくても良い。
ただ、目の前を、先にあるものを真っすぐに見据える。
一体何があったのか、昨日とはまるで違うと二人は確信する。
ただ脅えて従うだけの人形が、生意気にも目を合わせてくるだけで十分に察せる。
不愉快そうに顔を歪ませ、舌打ちする吸値はただ無言で手を差し出し催促。
応じるように、同じように拓海は無言でその掌に紙を置く。
彼は昨日と同じように確認した後、苛立たしそうにしながらそのまま立ち去ろうと――
「あ、あの!」
したその時、拓海は大声を張り上げて二人を止めた。
キレている。特に蛇居のその眼はそれを物語っており、今にも拓海を蹴り飛ばしたくてしょうがないとギラギラの眼光は言っている。
(怖い、けど!)
抗わなくちゃ、もう終わりにしなくちゃ。前に進めない。
今、今日なんとかしないと、この先つまづく気がする。
だから俺は―――!
「今日を以って、〝仲介くん〟をやめます。もう貴方達の言いなりにはなりません……!」
ここでこの鎖を、振り払うんだ!
「アァ⁉ テメェ何言って――」
「蛇居」
今にも殴りかかろうとする蛇居を、吸値はその肩を叩いて止めた。
「おい、なんで止め――」
「本気だね?」
「はい」
この場は静寂する。
それを破ったのは、ため息を吐く吸値だった。
「……蛇居、諦めよう。もうこの根暗――いや、紫苑くんはぼく達の玩具にはなってくれない。強制すればそれこそ計画が台無しになる」
「けどよ……!」
「大丈夫。もう必要な情報は得られた」
思ったより、あっさり引いてくれた。
なんだか拍子抜けで、力んでいた身体が一気に解れる。
(なんだか奇妙だけど、これでヒーローとして前に―――)
「――後は副会長をおびき寄せて、ぼく達専用の人形になってもらうだけさ」
「……………………………あっ?」
今、この男はなんて言った?
おもちゃにする? 誰を? 副会長って誰?
―――そうだ、真里華だ。




