第五章・我儘⑦
「―――完敗。負けたよ、紫苑拓海」
その場で倒れ伏し、どこかスッキリした顔で明は言った。
対して、もはや重りとなってしまった右腕を抱えながら、拓海は渋い顔を見せる。
「………お前、手加減しただろ」
「……ばれたか」
「当たり前だ。仮に渡り合える威力を身に着けても、それに技術が伴っていない状態で戦闘のプロに勝てるわけがない。ましてや、魔術師が魔術を使っていない時点で普通に分かる」
あまり俺を嘗めるな、そう言わんばかりに睨むと、明は「まったくだ」と笑う。
「だが、別に最後まで手加減してたわけじゃない。最後の最後は本気でやろうとした。それに慢心もしてたし、自業自得だ」
そう言って、明は諦めたように脱力する。
「悪いな、創喚者。オレのせいで初日で幕引きとなっちまって」
「……謝らないでください、明さん。短い間でしたが、楽しかったでした」
なんとなく友情が芽生えたような良い雰囲気になっているが……どうも勘違いしているらしい。
「えーっと、悪いけど俺、お前らを蹴落とすつもりはないぞ?」
『……はっ?』
訂正すると、明と未来は揃ってポカーン、としていて、ちょっと笑ってしまう。
「……あのな、お前を殴るとは言った。倒すとも確か言った。けど、お前たちをこのままこの祭りから降ろすつもりはない。というか、死なないとはいえ一度殺すような真似をする覚悟なんて出来ちゃいねぇよ」
死なないと言っても、とどめを刺すのが騎士だとしても、殺す事には変わりない。そんな覚悟を、現実に生きる拓海が持っているはずがない。
しかし、覚悟していただけに拍子抜けするというか……まさか夢物語の中で生きる明を人間として扱うとは思ってもみなかったからか、言われた本人はただただ呆然としている。
「そもそも、俺は本気の出していないお前に勝ったところで全然嬉しくない。勝つなら本気のお前に、真っ向から挑んで勝ちたい。武術を少しでも嗜む者なら誰だってそう思うもんだろ。だからお前にはまだ消えてもらうわけにはいかない」
それに……と、拓海は目線を真里華に向ける。
(好きな人の前でヒーローらしくないところを見せたくないに決まってるだろうが)
「なーるほど。くくく、青春してンねぇ」
「うるせぇ」
明の意地の悪い笑みと周囲からの生温かな目に、拓海は顔を引きつらせながら、その顔は赤い。
当の本人たる真里華はちんぷんかんぷんだが。
「あぁ、もう! ムカつく! だったら代わりに一つだけ命令してやる!」
「おう、なんだ」
「俺達の仲間になれ!」
「………」
腕を治せ、と言われると思っていた明は絶句する。
まさか、他の創喚者に仲間になれと手を差し伸べるバカがいるとは思わなかったのだ。
そう、普通はあり得ない。だと言うのに、周りにいる他創喚者二人――真里華と時亜は笑っていた。
「拓海なら、そう言うと思ってた」
「全く、さっきまで戦ってた相手に良くもまぁ、そんな事が言えるよね。その我儘っぷりが、兄貴らしいんだろうけど」
片や嬉しそうに、片や呆れ気味に。
それぞれ言い方は違っても、目は同じ。拓海を見る目は信頼の色から変わりない。
「さっき言ったように、俺は全力のお前をぶっ飛ばしたい。けど、そこまでの実力になるまで時間がかかるし、それまでにお前らに他の奴らにやられてもらっては困るんだ」
それに――
「俺だって、いつか誰かにやられる可能性が高いし、やられない為には、お互い戦力がいるだろ? だったら手を組むのが一番だと俺は思ったわけ」
「ヒーローとしても、このまま放っておくのも難だから、だろ?」
「良く分かってるじゃないか」
そう言い合って、二人は笑う。
この男は、何時だってそうだ。
心境は今と違っていても、ずっと本質だけは変わらず。どんなやり方であっても、臆病風に吹かれても、心底我儘であろうとし続けた。
普通とは違う、他から見れば間違っている。
そんな事は重々承知の上。
それでも、と彼はその想いを胸に突き進んできた。
だから根暗であってもこの二人の信頼を得て、失わずに済んでいたのだと思えるし、今それを一層頑固としたのだと思える。
「――まさか、敗者が勝者の言うことを聞かない、なんて言わないよな?」
そうニヤリと笑って、動く左手を差し伸べる拓海。そんな拓海に、明は呆れたように笑みを返し、
「……まさか。そんな非常識な事は言わねェよ。なぁ、創喚者」
「はい。これからよろしくお願いします」
未来と共に、その手を掴んだ。




