第五章・我儘④
走る、走る、走る。
ただまっすぐに、横に仲間を引き連れ、目の前にいる獲物に向かって走り出す。
後もう少し、先行する。そして右肘を引き、拳を向ける。
「お――ぉぉぉぉおおおおおおお‼‼」
そして明目掛けて、その拳を勢いよく突き出す!
「クッ――⁉」
その勢いにたじろう明は、思わず身を引く。
結果、拓海の拳は空振り、その隙を突かれて槍を大振られる。
「ガ――はぁ―――⁉」
痛い。痛い、痛い、痛い痛い痛い痛い⁉
脇腹を抉るようにめり込み、勢いづけて振りかぶられて拓海は吹き飛んだ。
そのまま壁に背中が激突し、そして床へ前のめりに落ちる。
逃げたい、胃液が逆流して吐きそう。
そんな弱音が、口が出そうになる。
――でも、それも傷付いた〝真里華〟達が目に入ればそんな欲求は消え去り、少し喉から這い上がってきた胃液を飲み込んで身体に力を入れる。
「まだ、やれる……!」
強がりを口にして奮起し、痛む脇腹を抑えながら立ち上がった。
「治癒」
「すまん……」
「いきなり先行するからこうなるんだよ」
「反省してる……」
怒られながら治癒される拓海をみて、明は臆病者と罵ったことを内心謝罪し、取り消す。
すると、明の中に疑問が芽生えた。
「……テメェの覚悟は見せてもらった。だが聞かせろ、なんでテメェ自身が出向いた? たとえヒーローになるっつっても、危険な地に自ら踏み込む必要は――」
「確かに、ないな」
明の言葉を遮り、言葉を紡ぐ。
「そして、別にお前たちと敵対する理由にもならない。さっきのは嘘じゃないし、本音だ。――けど、建前でもある」
「建前、だと?」
「あぁ、そうだ。ヒーローになるならない以前に、お前達を前に拳を握る理由はたった一つ」
あんなにも優しくて、健気な真里華を――
「〝真里華〟達を、てめぇらは傷つけた」
その時、拓海の雰囲気はまたガラッと変わる。
「それだけだ、それだけで俺にとって理由になる。一発でも殴らなきゃ気が済まなくなる……!」
(誰だ、こいつは――⁉)
一瞬明が、目の前にいる男を、拓海でない別人のように見えたくらいに。
「……本当に、それだけなのか」
だが、気を抜くわけにはいかない、怯むわけにはいかない。
ただ明は、目の前の獣を睨み、槍を構えながら問う。
「あぁ、そうだ。〝てめぇらにとっては〟たったそれだけの事だよ。――けど、俺にとっては違う」
あの人が死んだ時だって、そうだった。
「あいつらは、俺のとっての原動力なんだ」
俺よりも悲しいはずなのに、泣きたいはずなのに、ただ自虐する俺を慰めようとしてくれてた。
「あいつらがいるから、俺はここにいて、生きている」
どんな時も傍にいてくれた、笑ってくれた、信じてくれた。
「あいつらには、返せないくらいの恩がある。叱ってくれたり、背中を押してくれた恩が」
だから泣いてるところを見た時、誰よりも守りたいと思った。
――いつの間にか、好きになってた!
「だから俺はあいつらを守る。ヒーローとして前に立つ」
あいつを傷付けようとする奴を許さない、〝殺したい〟程に憎い。ただ殺人者になればあいつが悲しむから、殺さないだけ。
「そして、どれだけ正論を並べられようとも――!」
ならどうするか? ――決まっている。
「全部一蹴して、あいつらのヒーローとしてぶん殴るんだ!」
あいつの――〝真里華〟のヒーローとして、二度とそんなことができないように懲らしめるだけだ――!
「……テメェ、意外と我儘だろ?」
寒気がする。彼の纏ってる雰囲気がそれだけだとは到底思えない。
そう、もっと。もっと狂気に満ち溢れた我儘を、この男は持っている。
「あぁ、そうだよ。俺は我儘だよ。今言った事だって半分くらい、もう半分は自分でも狂ってるとしか言えないくらいに我儘さ。――だがそれがなんだ?」
これヒーローだ、紫苑拓海だ。常人と同じ考えを持ってどうする。
「なぁ、知ってるか? ヒーローってのは大体狂ってないとやってられないらしいぜ?」
「なにを―――」
「発射!」
その時、拓海の後方より無数の弾丸が放たれた。発砲したのはもちろん亮。
明は慌てて回避し、体制を整えようとするが、それを許す程亮も拓海も甘くない。
「シッ―――!」
縫うようにジグザグに、獲物を狩る狼が如く明の間合いを詰めた亮が、明の命を断ち切らんと双剣を振るう。
「チィッ!」
だがそれは、明の槍から逃れることはなく、あえなくして双剣は防がれた。
始まるつばぜり合い。
どちらも一歩も引かず、ただ剣と槍の間に火花が散るのみ。
「おい、相坂亮。テメェも何を考えて創喚者が前に出るなんて――」
「バカみたいな真似を容認してるってか? 簡単な話だ」
騎士にとっては当然の疑問。
しかしてそれは剣と共に、亮は笑みを浮かべながらその〝常識〟を押し破る!
「利口な奴より、ああいう気持ちの良いバカのがオレは好みだからだよ!」
槍を弾き返した勢いで振り抜いた剣は明の腕を掠り、流れ出るは熱。
「――拓海ッッ‼」
「あぁ!」
そこで明に隙が生まれる。ならば、拓海は再び拳に力を込める。
その力は、短い爪が掌の皮を突き破り、一筋の血が流れるほど。
それもそうだろう、この拳にはお返しが込められている。
さっきの一撃と、美月と、来華と、時亜と、そして――真里華を傷つけた分をただの一撃に込め――
「お――ぉぉぉアァァァァァァアアアア‼‼」
無防備なその腹を、我が牙が、鋼と化したその拳が――火炎の如く苛烈な蒼い光を纏う右拳が下から貫いた。




