第五章・我儘③
一方、少し離れたところに。
紫の騎士、ミラーナとその創喚者がいた。
「あらラ、黒いののペースに呑まれたまま戦いが始めちゃったカ。加勢したいところだけド……」
「それは私を退いてから言うのだな」
その目の前には、楓とその騎士。背丈の大きいその血のように赤黒い色をした剣を軽々と振り回し、そして剣先に突きつける。
「だよネ~、キミ強そうだから戦いたくないんだけどナ。どうするノ、創喚者」
「どうするも、こうするもぉ。相手が家達さんだから、逆に足止めするのがアス達がするべき仕事だよぉ。スペック云々はどうであれ、一番厄介なのは間違いないからねぇ」
口から発せられるのは、元気のいい張りのありながら、舌ったらずで言葉の端を伸ばす声。だがそれも、楓を前にして強張り、サイドテールを揺らしながら静かに佇んでいる。
「流石、よく分かってるじゃないか。流石は同志とつるんでただけはあるね、枢木氏」
紫の創喚者――拓海達とも縁のある少女、枢木明日葉は楓の言葉に困った笑みを浮かべる。
「久しぶりぃ、家達さん。相変わらず若干皮肉ってるねぇ」
「それが私の持ち味だと自称しているからね……で、一応聞きたいんだけど敵対する理由は?」
「最後まで勝ち残ってぇ、黄金の果実を手に入れたいからだよぉ」
それは誰もが望むこと、この武闘会に参加する創喚者が唯一共通する点だ。楓が聞きたいのはそこじゃない。
「その願いはなんだって聞いてるのだよ」
「それは答えられないかなぁ」
そう言われるのは分かっていた。単に聞いてみただけ。
だが答えないのなら仕方ない――
「それなら、力づくで聞かせてもらおう。勿論、同志の前でね――サトル」
「御意」
楓は赤の騎士――サトルに一声。それは楓らしい命令。その意味はたった一つ。
『目の前の敵を打ち負かせ』
「ッ! ミラーナちゃん‼」
「キャハッ!」
ミラーナとサトルは地面を蹴り、目前に向かって跳びチェーンソーを、大剣を振るう。
火花が散り、二人の得物は交錯し弾かれる。
だが構わない、ミラーナはほくそ笑む。
その瞬間、サトルの視界から突如ミラーナは消える。当のミラーナはサトルの真後ろに。
たとえどれだけこの男が強者であったとしても、それはミラーナには関係ない。ただ転移して、ただ敵の後ろに付けばいい。
チェーンソーによる轟音で気づいたようだが、もう遅い、直撃コース。
後はそのまま、躊躇うことなくチェーンソーを突き出すのみ!
「グッ―――⁉」
そして突き刺さる、血が流れる――
「……えっ?」
だがなぜ肉が細かく刻まれない? 貫通しない?
何故、チェーンソーの回転刃が詰まったように止まっている?
なぜ彼は笑みを浮かべ、躊躇せずチェーンソーの刃をぐっと握っているにも関わらず血が一切出ないのだ――⁉
「そら、あっち行け」
重さを感じない、腕だけを振り回してミラーナもろともチェーンソーを投げ飛ばす。
動作とは裏腹に勢い良く飛んでいく。だがミラーナはそれに逆らうべく左方向の、ギリギリ届く壁にチェーンソーを叩きつけるように振るい、別方向に勢いつけることで勢いを殺し、難なく地面に着地する。
これくらいなら、ミラーナならなんとかなる。だがこの男、まるで人間とは思えない力………
「まさか――」
「察しがついたか。そうだ、私は人間じゃない。無銘であるが吸血鬼だ」
そう言って背中からコウモリと同じような翼を生やすサトルを見て、やはりと明日葉は納得する。
だがまさかこのような人外を見る事となろうとは夢にも思わなかった。
「なに、そう驚く事ではない。なんせ私達騎士は物語から生まれた存在、いわば偶像だ。なら、私のような化け物がいても別に不思議ではない」
「……それもそうだねぇ」
第一に、これから先同じように人外を主人公とする創喚者だっているはずだ。ここらで慣れておかないと後が持たないだろう。
「能力発動、《夜の魔霧》」
その時、楓の呪文と共に四人は黒い霧に包まれた。
周りは見えない、だがここにいる四人ははっきり見えている。
「油断大敵。戦うのは騎士でも気を抜いてはいけないよ」
そういいながら、彼女の表情は勝利を確信していた。ニヤニヤと笑みを浮かべ、何が聞けるのか心底楽しみにしているのがパッと見でも理解できる。
(その表情、流石にアスでも壊したくなる――!)
「従騎士、創喚!」
これを従騎士と定めて良いのか分からないが、その表情を崩すのに丁度いいのが、山ほど明日葉が描いた本にいるのだ、それを使わない手はない!
「《ミ=ゴ》、《ショゴス》!」
魔法陣から姿を現すは、異形の化け物。《闇に蠢くモノ》とテケリ・リと鳴く《粘液状生物》。
その姿は、この世のものとは思えない程に醜悪で、見ているだけで発狂しそうだ。
もっとも、それはそう言った能力で、創喚者である明日葉には効かない。騎士であるミラーナには効くが効果はない、発狂しない。
だって既に発狂してるから。
明日葉は内心で謝りながら、一時的にも発狂させようとこの二体を楓達にけしかける。
「消し飛ばせ」
「開放――喰らえ、《フルンティング》!」
だがそれは、一瞬にして失敗という終わりを告げる。
その光景を目にした明日葉とミラーナは、目を疑った。
獣、と呼んでもいいのだろうか? サトルが跳び上がり、剣先をミ=ゴとショゴスに向けた時だ。
突如剣の刀身が割れ、そこから化け物の頭が飛び出すと、瞬く間に異形二体が〝喰われていた〟のだ。
「ふむ、化け物相手だとあまり喰ってくれないのだが、今回は気が向いてくれたようだな」
その言葉から察するに、アレにはどうも意思があるらしい。
それにさっきサトルが言っていたその剣の銘、聞き覚えがある。
「枢木氏ならもう大体わかっているだろうけど、サトルが持っている剣はフルンティング。元はかのベオウルフが持っていたとされるあの名剣さ」
「やっぱりねぇ。でも、さっきの剣から出てきたのはなんなのぉ?」
「あれは単なる私の想像から生まれたものさ。本来のフルンティングでは、刀身が血をすするごとに堅固になるとされている。それを私は、フルンティングに閉じ込めた化け物に喰わせる事で、剣とサトルが強くなる、という風に曲解しただけ。あと、血をすするという点で、吸血鬼であるサトルに似合ってるから持たせたというくらいかな」
確かに、戦う前とサトルの雰囲気というか、空気が違う。
眼も爛々と輝いている。牙もむき出し、フルンティングも凶悪なオーラを纏っている。
「これだけサトルが急変したのはそれだけが理由じゃない。この霧――《夜の魔霧》にもあってね。この霧が包む空間は、夜と同じ効力を持つのさ」
夜……なるほど、吸血鬼と言えば、夜で本領発揮するというイメージがあるし、こういった能力は必要不可欠だろう。しかし……
「今は現実の方では夜だしぃ、今使う必要あったのぉ?」
「あるさ、だってどうやらこの神殿に朝とか夜とか概念がない……いや、正確には時間の概念がない、というべきか。どうもここは種族によって有利になったり不利になったりようなものは、全て排除されてるようなんだよ。当然、罠の類いもない。ふふ、まったく同志らしい」
選定するのに、試練など無意味という解釈は、確かに拓海らしいものだ。
ここに納められていたのはカリバーン。そのカリバーンに意思があるのなら、確かに試練で試す必要はない。
持つにふさわしいか、ふさわしくはないかは、カリバーン自身が決めるのだから。そういう意思を尊重させる描写はなんとも彼らしい。
「まったくの同感だけど、随分と嬉しそうだねぇ」
「それはそうさ。相棒がらしくあるのなら嬉しいに決まってる。……まぁ、今そんなことはどうでもいいね」
それよりも、こちらが手の内を晒したのだ。相手の手の内も設定を晒すことで見せてもらうとしよう。
「さっきのモンスター達。あれは確か神話生物……名前はミ=ゴとショゴスと言ったかな。なるほど、君の描くそれの題材はクトゥルフ神話か。そしてその騎士を見る限りだと、彼女はSAN値がゼロになった状態。つまり、永久発狂状態のキャラクターを主人公にしたのか、考えたね」
見透かされようとしている、明日葉の手札が、全てが。
邪魔しようとミラーナをぶつけても、サトルがその邪魔をして、黙って聞かされる状況になっていく。
「ミ=ゴ達を創喚したところを見るに、ミラーナ氏の陣営は本来ならプレイヤーではなく、クトゥルフ側。つまり敵側。あの転移は神話生物と手を組んだ際に手に入れた技能ってとこかな?」
そう言って、楓は明日葉の顔を伺う。その口元は、目は笑っている。
あれは、焦るアスは観て愉しんでる顔だ。
「無言を貫こうとしても無駄だよ、既に私は君を掌握った。物語の方も大体読破した」
そして楓は笑みを深くする。
――あぁ、どうも明日葉達は敗北が決定づけられたらしい。
嘘偽りなく、明日葉は強い。ミラーナも、その紫の創喚書だって出来のいいものだろう。
「さぁ、ここから先は私達の独壇場だ」
ただ、今回は相手が悪かった。
なんせ相手は、ありとあらゆる情報を持つ、拓海から言わせれば〝チート〟そのものである情報屋。
ホームズと呼ばれるこの家達楓だったのだから。
――でも、だからって、
「それは、やってみないとわかんないよぉ? 技能発動、《身体強化ぁ》」
諦めるつもりは、毛頭ない!
小細工なし、そう言わんばかりに技能にて身体強化を施されたミラーナは、ただまっすぐにサトル目掛けて突貫する。
「そうこなくてはね――技能発動、《身体強化》」
そんな彼女を観て嬉しそうに、楽しそうに笑いながら、サトルをさらに強化し、静かにミラーナを迎え撃ったのだった。