第五章・我儘②
「勝負あり、だな」
結界を発動していた本人、未来がそれを解くと、真っ暗の中の住宅街と、一同に露わになる。ボロボロとなった白と緑。
それに対しピンピンしている青と紫は、身体の力を抜いてジッと見下ろす。
「どうよ、てめぇら。地べたに這いつくばってる気分はよ?」
「……なかなかどうして、予想よりも屈辱的ね」
前のめりに倒れる美月は、戦意を失っていないその目で睨み、それに対し明は笑う。
「そいつは結構。わざわざ結界を張る準備だけをして待ち構えてた甲斐があったってモンよ」
正直、まだ慣れない時期に置いて、どちらが先に結界を張るかの勝負となる。
なんせ、自分にとっては良く知る場所だろうが、相手にとっては全く知らない場所に放り込まれたようなもの。
どんな危険があるかすらも分からないのだ。どうしても後手に回らざるを得なくなる。そしてこの結界は決着がつくまで消えない。であれば、どちらが有利かは明白だろう。
「さて、こうやって先延ばされるのも嫌だろうし、そろそろとどめを――」
「明さん」
槍を天に翳し、今にも振り下ろさんとする明に待ったをかけたのは、その創喚者の未来だ。
「あっ? なんだよ創喚者。今更怖気づいたのか?」
「いえ、そうではなく、ルーンルインが」
「……あぁ、なるほど」
指摘したのは、その槍、ルーンルイン。前のように青かったその刃は赤く染まっていて、違う点と言えば湯気が出ていることくらい。
――湯気?
おかしい、例え砲撃をしたことによって熱がこもっているからってあんな……、
今にも発火するのではないかと疑う程まで、煙りが出るはずがない。
「危ねぇ、危ねぇ。サンキュー創喚者。思わずもろとも吹っ飛ぶところだった」
「いえ、そろそろ本当に熱で明さんも気付いたことでしょうし、大したことないですよ」
「そうかい――っと」
吹っ飛ぶ? 少々不可解な会話に白と緑は頭を傾げるが、構わず明はルーンルインを下げ、自身にその刃を近付ける。すると、
彼は突如、その槍で自らの手を僅かであるが斬りだした。
呆然、唖然。何をやっているのかと思われる中、傷口からは血が溢れ出し、それを明は惑うことなく刃になぞる。
すると、真っ赤になっていた刃は急激に冷め、元の青い槍に元通りとなっていた。
(どういうこと? あの現象は、あの槍は一体――⁉)
「これでよし。んじゃ、今度こそこれで――」
と、明が再び槍を振りかざそうとした、次の瞬間。
「改編結界発動! 指定《選定の神殿》‼」
――塗り替えられていた。
何が? 今ここが、現実がだ。
色を塗り替えられるように、目に視える世界が改編される。
現から、夢に。住宅街から、見知らぬ神殿に。
そして再び、結界は創喚者と騎士たちを閉じ込めた。
振り振りかざそうとした槍を止め、今度は周囲に向ける。
閉じ込められたとしても良い、別に良い。だって改編した本人を倒せばいいだけの事だから。問題はその人。
さっきの声が聞こえた方向を振り向く。
そこにいたのは、四人。そのうちの二人は明達は知る由もないが、他二人はさっき見ている。
(あぁ、やっぱり来てくれた)
時亜は、真里華は、安堵と信頼の眼をその二人に向ける。
時亜がああいった眼をしたのは、彼を焚き付ける為。導火線に火をつけるため。
残念ながら、それを自分がすることは叶わなかったようだが、来てくれたのだ。それはもう良い。
ただ一つ思う事は、今まで見てきた立ち向かう拓海と違い、目の前を真っすぐ見据えている。
その眼差しは、不意に時亜をときめかせるほど。
当然ながら、真里華も同じ。ただ真里華は小さな頃にあの目を見ている。
希望に満ち溢れ、なにかを守ろうとする――まるで、〝ヒーロー〟を目指していた時のような……。
(あの騎士のおかげかな)
だったら感謝したい。そして安心しよう。
彼を支えてくれる相棒がいるのなら、きっと大丈夫。だから後は任せよう。
「今更ご登場かい――相坂亮、紫苑拓海」
そう、黒の騎士と創喚者たる亮と拓海。この二人に。
***
「………っ」
亮、楓、そしてその騎士を連れ、再び彼らの前に立った拓海は、ここにきて足が震わせてしまう。
怖い――その感情が拓海の心を蝕もうとしている。やはり臆病癖はそう簡単に治らない。
「足を震えてる。怖いんだろ? そりゃそうだよなァ、臆病者なんだから」
誰に聞いたのだろうか、その口ぶりだと拓海がいなかった理由を知っているらしい。
……確かに、その通り。拓海という男は臆病者。はっきり言ってクズとも言える。
でも決めたのだ、もう自分を抑え込むのをやめると。
怖いからって足を止めるのをやめるのだと。
「まぁ、それでも立ち戻らずに来たことは褒めてやる。でもどうするつもりだ? テメェらと一緒にいたこいつらはもうこんな状態。また仲間を増やしたみたいだが、それはそれ。オレ達に勝てる勝算はない」
それでも怖い。でも前に進まなくちゃ。でも――
「だというのに、テメェは何しに来たんだか? なんだ、正義の味方のつもりか?」
でも――でもなんだ? まずい、頭がこんがらがってきた。
「そうだと言うのならやめとけ、テメェみたいなのには似合わない」
というか、さっきから煩い。整理したいのに出来ないじゃないか。
「テメェは所詮脇役くらいが限度だ、主役になんてなれっこねェ」
あぁ、もう――
「だからよ、さっさと負けを認めて素直にやられて―――」
「知るかぁぁぁぁああああああああああああああ‼︎‼︎‼︎」
絶叫、一蹴。
今の拓海ではしそうにないと思っていた事。それはここにいる者達に衝撃を与え、絶句した。
静寂する。
この妙な沈黙は自分のせいだと自覚する拓海は、何処か気恥ずかしさを覚える。
だけど、おかげで色々吹っ切れた。
「メンタル弱い俺を、口だけで楽に一人下そうとしてるのか知らねぇが、さっきからうるせぇんだよこの早漏‼︎」
「なっ――」
まさかここまで言われると思っていなかった明は絶句を通り越して唖然とした。
それに気付かない拓海はそのまま言葉を紡ぐ。
「確かに怖いさ、勝算だってあんまりないだろうさ。本来なら、俺みたいなのは表舞台に上がれない脇役にしかなれないんだろうよ」
でも――
「だからって引き下がれるか。そもそもそんな事俺には関係ない」
そうだ、どんな正論を言われようとも、どれだけ論破されようとも諦めるわけにはいかない。
「何があっても、俺はヒーローになる。ただ、それだけだ!」
「拓海……」
名を呟かれる。その方向を見れば、そこにはボロボロの真里華がいて、驚きの表情が浮かばせている。
そんな彼女に安心させるように微笑んだ後、再び明を見据える。
「……ヒーローになる? それがテメェの夢、願いか? それこそ夢は夢でしかないものの筆頭じゃねェか。悪い事は言わねェからやめとけ――」
「夢を現に、現を夢に」
「はっ?」
何をトチ狂った事を――そう思っていると、拓海はニヤリと笑みを浮かべた。
「お前の言う通り、こんな夢、本来は諦めた方が良いんだろうな」
「だったら――」
「でも、今ここにお前達がいる。夢は現実になるんだって、その身を以って体現しているお前達がな」
「!」
だから俺は希望を持つ、前を向く。
だって、夢は夢でしかない存在が、目の前にいるのだから。
「なら俺も、逃げるのをやめる。そして夢は叶えられるのだと、この身を以って証明してみせる!」
そう宣言した拓海は、徐にグリモワールを開き、ページをめくる。
目的のところでページを止め、文字をなぞり、目の前に浮かべ――
「技能発動―――《身体強化ァ》!」
球体の光となったそれを両手で抱え、そのまま自らの身体に押し付け、取り込んだ。
――そうすれば、拓海の肉体は唸りを上げる。
奴を殴れと、真里華達を傷つけたあの野郎を許すなと吠え、牙を剥き出そうと衝動的なモノが拓海を誘う。
(いや、これは俺が単にそうしたいだけか………)
ならば委ねよう、その衝動に。
今の拓海は、ヒーローであり真里華達を守ろうと外敵を喰らわんとする獣。
であれば、拳を握り、獲物を睨め。遠慮する事はない。
「おおぉおぉおぉおおおおおおおおおおお―――‼︎‼︎」
なんせ奴は、この俺を怒らせたのだから―――!
「まさかテメェ……騎士の相坂亮じゃなく、創喚者であるテメェ自身を強化したって言うのか――⁉」
獣のように雄たけびを上げる拓海に、明は――いや、拓海みていた騎士達は驚愕する。
外観としては、全身に青い輝きを纏っているのみだが、それこそが身体強化をしているという証。
前代未聞だ。闘うべき騎士ではなく、守られるべき創喚者にバフを掛けるなど。
そしてなにより、それを騎士の亮が一切咎めないのはどういうことだ⁉
「さて、いけるか? ヒーロー」
そんなこと知る由もないと言うかのように、亮は獲物を睨む彼に問う。
彼はもはやただの創喚者と言うべきではない。誰かを守るために身体を張ろうとする、ヒーローに成ろうとする者。
「あぁ、もちろん」
ならば、それを咎めるべきでなく。付き添うだけでもなく。むしろ彼と共に在るべきなのだ。
「さぁ、亮――」
そう、俺達が歩むべき道を、一緒に―――!
「突き進むぞ!」
「了解!」




