第一章・創喚②
私立碧海学園。
拓海と真里華の二人も通う、それなりに偏差値が高いだけのごく普通の学園だ。
今日から新年度が始まり、後輩を招き入れてまた学園が始まる。
「さて、真里華。一つ聞かせてほしいんだが……なんで今日はそんなツンツンしてんの?」
その校舎に向かう途中、道端に落ちていた空き缶をゴミ箱に捨てつつ拓海は聞こうと思っていた話を切り出す。
「え、えっ? 私はいつも通りのつもり――」
「これがいつも通りだったら、俺の記憶は全部夢の出来事だったことになるな」
もしここで肯定されたら間違いなくぶっ壊れちゃうので冗談はそこまでにしてほしい。
「………べ、別になんでもないわよ。えと、ただ今日から私達は高校二年。後一年すれば、車の免許が取れたり、男子も結婚できる歳になったり、就職の事も考えないといけなかったりするでしょ? そうなると、今まで通りじゃ甘やかしすぎになると、私を思ったのよ!」
「だから、厳しくしていたと」
少々言い草としてはグダグダだし、お前は母親かと言いたいが――
「確かに一理ある。そもそも今までがおかしかったくらいだしな」
「そ、そうでしょ?」
拓海や真里華のような常日頃から一緒にいるような幼なじみは、一般的に言って早々いない。
この二人だって、いつまでも一緒にいれるとは言えないのだ。悲しい事に。
一応、家事などは自分でも出来る。
だが、やってくれる真里華に甘えてたのも事実。
中学後半あたりから、なんとかしなくちゃいけないという思いは、少なからずあったのだ。
それは本気で考えていたわけじゃなかったし、そのような事を考える度に、いつものように〝いつか〟と先延ばしにしていた。
けど、真里華からこの話を切り出されたのだ、そろそろ潮時なのだろう。
――だけど、だからこそ拓海は、名残惜しさに無意識ながら本音を零した。
「今までの真里華のが好きだったけど、なぁ――」
「でも私自身違和感あったし、何より性に合わないからまたいつも通りにするね」
「えっ?」
「………なに? やっぱりさっきの方がよかった?」
普段余程の事がないと考えを変えない真里華が急に改めた事に眼を見開くと、そんな拓海に真里華は顔を赤らめながら、首を傾げつつ選択肢を提示する。
「いや、そんな事はない。……けど、ふーん。まぁ真里華がそうと決めたなら良いんじゃね?」
と、拓海はぶっきらぼうに言うが、内心では嬉しかった。
だって、もしかしたら自立という事で真里華の作るご飯を二人で食べることは愚か、こうやって一緒に登校することだって出来なくなってしまっていたかもしれないのだ。
それが白紙に終わって、まだ今まで通りでいられるというのなら、嬉しいに決まっている。
「じゃあそうする。――で、それはそうと私も聞きたい事があるんだけど」
「ん? なんだ、言ってみろよ」
「今日、何時に寝た?」
「………」
にっこりと笑みを浮かべる真里華に拓海は沈黙し、顔を引きつらせた。
「私、今日は早めに……少なくとも〇時には寝なさいって言ってあったわよね?」
「ソウ、デスネ」
バレている――遅くまで起きていた事が知られている。しかし何故?
「そうよねぇ~……でもなんで目に隈がうっすら見えたり、足が少しフラフラ気味なのかしら?」
あっ、そりゃバレますわ。
「――で、どうなの?」
「えっ、と………」
拓海はどう言うべきか、と目線をあちらこちらに漂わせ、必死に頭を悩ませる。
(どうする? どうすればいい? どうすれば、どう言えば怒られずに済むんだ⁉)
何を考えていたのかと思えば、謝罪の言葉ではなく、誤魔化す為の理由付け。
なんとも情けない男だとつくづく思う。
尻に敷かれた男ってこんなものなのかな、と思いながら導き出された言葉は。
「忘れ――」
「忘れたなんて言ったらもうご飯作ったり起こしてあげたりしないから」
「ごめんなさい」
あえなく撃沈。当然だし仕方ない。
「まさかとは思ってたけど、やっぱり遅くまで起きてたのね」
「はい……」
はぁ、とため息を吐く真里華に肯定しつつ、小さなものとはいえ、約束を破ってしまった拓海は気まずさから表情を曇らせる。
拓海が夜更かしをするようになったのは小学六年辺りから。
つまりいつもの事だから、怒っているというより呆れの方が真里華の中では優っている。
でも身体に悪いのは知っての事。だから拓海を思っていつも注意してるのだが、こうも落ち込まれると強く言えない。
「反省してるようだし、このくらいにしておくけど、出来るだけ早く寝る事だけでも、頭に叩き込んでおくように」
「肝に命じます………」
我ながら甘いとは思う。けど、この一連の流れも二人の関係を表す一部なのだ。
「それじゃあこの件はもうおしまい。キリも良さげだし」
「……みたいだな」
気が付けばもう学園も目と鼻の先。周りには同じ制服を着た学生がちらほらと見かける。
(って事は時間的にそろそろいつもの場所に行かないとまずいか……)
しかし、真里華を一人にするのは少し思うところがある。今はまだ真里華の友人は未だ見かけないし、どうするべきか。
そう悩んでいるその時だった。