第四章・夢④
「――それから、他の誰かが警察と病院に連絡したみたいで、すぐに救急車が来て搬送された。けど、治療が間に合わず、そのままあの人は亡くなった。……以上が理由だ」
「………」
そうして拓海は一息つき、亮は言葉を失っていた。
覚悟はしていた。きっとそれなりの理由はあるのだろうと。だが、ここまでのものとは誰が思うだろう。
ただの小学生が、突然目の前で憧れの人が死ぬところを見るなど、トラウマどころではない。人生すらも変えてしまう筈だ。
――そうか。その結果が、今の拓海だと言う事か。
「……それで、引いた車の運転手は?」
思う事、言うべき事。それらは別にあるだろう。
だが亮が最初に聞いたのは、その先の事だった。
「逮捕された。原因は飲酒運転だってよ。笑えないか? そんな奴のせいであの人は死んだんだ」
何度呪っただろうか、何度思っただろうか。死んだのが彼ではなく、あの運転手なら良かったのに、と。
「まぁ、でも」と拓海は顔を再び伏せた。
「それは俺にも言えるんだ。だって俺が、もうちょっとしっかり右左みていれば、助かった筈なんだ。あの人は死なずに済んだんだ……」
だから、拓海は自分が嫌いになった。ヒーローの器ではないと、断言した。
それからだ。拓海がこうなったのは。時間が経つ事に、諦め癖が付いたり、臆病癖が付いたりした。
こうなってしまえば、慕ってくれてた奴等は真里華を除いて次第に離れていくのは当然と言えるだろう。
「……だから、ヒーローになるのを諦めたのか?」
「まぁな。でも、きっとあんな事が起きても諦めてたと思う」
「なんでだよ」
「だって、ヒーローだぜ? そんな子供みたいな夢をいつまでも持っている方がおかしい。普通に現実知って、それで終わりだろうさ。――だって、それが現実なのだから」
「……そうか」
そう言うと、亮は漸くスッキリしたような、清々しい顔になった。
「これで、お前の疑問は晴れたか?」
「あぁ、良く分かったよ――アンタがまだ、ヒーローになりたいと思っているって事がな」
「――――はっ?」
この男は、何を言っているのか。
まだ俺がヒーローになりたいと思っている? そうこの男は言ったのか? 自信満々に。
「……面白い冗談だな、相坂亮。そういう結論に至った根拠を教えてほしいくらいだ」
「……自分で気づいてないのか?」
「何を――」
「アンタ、 ヒーローという夢を貶すとき、苦しそうな顔をしてたぜ?」
えっ―――?
「いや、正確にはそれが現実なんだ、って言った時だな。……よくよく考えれば、普通本当に諦めてたらそんな言葉でないしな」
やめろ――
「臆病癖が付いたのは本当だろう、自分が嫌いになったのも本当だろう。でも、アンタの本心は実のところ一切諦めていない。それどころか意地になってるんだ。でもこの夢は本来叶わないもの。それをどうすればいいのかわからないんだろ?」
うるさい―――
「だから自分の心に嘘を吐いて、諦めたフリをして、小説を書くことで密かにその気持ちを発散して誤魔化している――」
「黙れ‼」
拓海は次々と自分の内側を晒されている状況に我慢出来ず、黙らすために亮の胸倉を掴んだ。
「あぁ、そうだよ! 俺は本当のところまだヒーローに憧れてる。でも怖いんだ! 叶わない夢を見るのが――現実を突きつけられるのが‼」
叫ぶ、叫ぶ、叫ぶ。
怒りに任せて吐き出す、吐露してしまう。それでも構うか、夢幻に何を言ったところで何も変わらない、変えられない。
「俺とは真逆にいるお前に、俺の気持ちを語る資格なんかねぇ……! 資格があるのは、同じような苦しみを味わった真里華だけだ! 他の奴なんかに言われる筋合いはないんだよッ‼」
それも文字一つ変えるだけで人生を変えられるような作られた奴なんかに、現実に生きる俺の苦しみが分かってたまるか――!
「……あぁ、そうだな。すまない、無神経だった。確かに、自分の気持ちを他人にぶちまけられるのは不愉快だわな」
「分かってるなら――!」
「だが一つ言わせてもらうが――アンタはそれで良いのか?」
「―――――……」
たった一言。何度繰り返したか分からない自問の問い。
されどそれは他の誰にも聞かれなかった言葉。
それは確かに、拓海のどこかに種火となって放り込まれた。
「それでアンタは納得するのか? 夢を諦めてアンタはこの先、純粋に笑えるのか? ――幸せになれるのか?」
亮によって問われ続けた拓海の胸中は燻りだしている。何かが湧き上がってくる。だがそれでも……
「だったら、どうすればいいって言うんだよ……俺の夢は、現実味の欠片もない、子供か馬鹿がみるものだ。それをどうやって叶えろって言うんだよ………」
「――夢現武闘会」
「えっ?」
未だにぐだぐだ言う拓海を見た亮はそこで、あの祭りを話題に出した。
「忘れたか? 祭りの最後に待っているのは《黄金の果実》っていう願望石だ。それも、どんな願いでも叶えられる万能のな」
そういえば、そうだった。じゃあそれさえあれば、ヒーローに……? いや、でもそれは嫌だ。
願うだけでヒーローになるなんて、拓海の中のヒーロー像が許さない。――許しちゃいけない。
「本当に願うのかどうかは、アンタの自由だ。それでも、夢を見る理由にはなる。戦う理由にはなる。なら、参加する価値はあると思うけどね」
「えっ?」
「だって、ヒーローって言うのは〝守る〟のが仕事なんだろ? それなら、その守るべき対象があの祭りに参加している事だし、丁度良いと思うんだが」
「あっ………」
そうだ、武闘会には時亜も、真里華も参加しているのだった。
それに、忘れていた。昔あの人が言っていたじゃないか。
『ヒーローって言うのは様々な形がある。別に世界を守る事だけがヒーローじゃない。家族や友達、好きな人だけを守る人も、それだけでも立派なヒーローなんだ』
あの人の事で悔いているのなら、夢を諦めきれないのなら、真里華が好きなのなら、
まだ叶えられるチャンスがあるというのなら――!
〝ドクン、ドクン〟
「さて、では改めて、別の質問をしよう。――紫苑拓海。アンタは、何に、どんなものになりたい?」
〝ドクン、ドクン〟
さっきとは雰囲気が一変した拓海に、亮はニヤリと笑みを浮かべながら問う。
もう分かっているのだろう、拓海の出した答えを。それでも尚、その口から聞きたいと言っている。
なら、応えてやろう。答えを、覚悟を、決意を。
「俺は――ヒーローになりたい。誰かを守るんじゃなく、真里華と、そして周りにいる人だけを守るような、そんなヒーローに――!」
今一度揺らがぬように、自分の声で叫ぶのだッ!
「俺は、なりたい!」
〝ドクン――!〟




